scene19 2人で海へ
【ペーパードライバー】
お昼の忙しい時間が終わり、3人で休憩室にいるとお店の電話が鳴っているのが聞こえた。今の時間、カウンターを担当しているのはどらさんだ。
「はぁい、毎度ありがとう御座います! 幕内でぇす!」
どらさんは、声が大きいので電話対応の声が休息室まで聞こえてくる。
「ああっ! うんうん……あぁぁ……そう! いいかもしれない! ちょっと待ってね………えぇぇと……うん明後日休みだよ! あぁぁ! 頑張ってね! はい、失礼しますぅ!」
否応なしに聞こえてくるド◯えも◯の大きな声、親しく話していたから電話の相手は、知り合いか友達か……とにかく声が◯ラえ◯んにしか聞こえないと3人で話しながらクスクス笑っていた。
「どらさん、誰と話してたんだい?」
村田さんが聞くと……
「あ? あぁぁ……うん知り合いだよ、ちょっとした知り合いハハハハ!」
その時は、どらさんのこの答えを気にも止めてなかった。
その2日後、その日私は公休日だった。朝、起きて朝食を済ませ2階に上がり昔読んでいた小説『ジャン・バルジャン物語』を手に取りベッドに寝転がった、と同時にリビングから私を呼ぶお母さんの大きな声が。
「君子ぉ! 幕内から電話よぉ!」
「えっ? 幕内から!?」
私はベッドから飛び起き、何事かと部屋を飛び出し『ドタドタドタ!」と騒がしくリビングへ降り電話を取った。
「もしもし君子です!」
「あぁ! きみちゃん!」
電話の向こうは、どらさんだった。
「どど、どらさん! どうしたんですか!? 忙しいんですか?! 今直ぐ行きますから!」
「ああ! きみちゃん、お休みの日にごめんね、いやいや、忙しくないんだけど……今日暇かなって思って……暇ならあのね……」
「大丈夫! 全然っ暇です! 今直ぐ行きますから!」
『ガチャン!』
私はどらさんの話を最後まで聞かず、受話器を置くと大急ぎで2階に戻りそこら辺にあったTシャツにパーカー、デニムのパンツにふらつきながら足を通し大急ぎで家を出た。
お店まで走れば10分程度、私は『皆待ってて!』と思いながら走った!
「ハァハァハァハァ……着いたぁ……皆さんお疲れ様です!!」
そう言いながら勢いよくお店に入ると……
「今日は、きみちゃん!!」
「えっ? えぇぇぇぇっ!? ち、千隼……さん?」
店内の椅子に座った加藤千隼が満面の笑みで私を迎えた。そして奥からどらさんが、いそいそと出てきた。
「もう! 事情を話そうとしたら電話切っちゃうんだから! あのね、千隼がきみちゃんの休みの日にデートしたいってさ! 相談があったのよ! だから今日か休みだよって教えてあげたら『その日に伺います』って! だから2人でデートに行っといで!」
私の頭の中は、余りに急な出来事を処理出来ず、思考が一瞬停止した! そして……
(あの時の電話の相手は、千隼さんだったのかぁ……さてはどらさん、私が断ると思って黙っていたなぁ……しかし、私は『千隼さん』って呼んでるのになんでどらさんは呼び捨てなのよ!)
そう思い、さっきからどらさんを睨んでるけどわざと目を逸らして鼻歌歌ってる!
「あ、あのおぉぉ……きみちゃん……嫌なら……いいんです……無理しなくていいですから……)
寂しそうに笑いながら呟く千隼。
「い、い、嫌だなんて! そんな事ありません! 只々……ちょっと急な話しだったのでちょっとびっくりして……」
「じゃぁ決まり! デートに行っといでーと! なんちゃって!」
村田さんが全然笑えない冗談を言ったと同時に内藤さんが私達2人を店の外に追い出した。
外に出た私達、すると千隼が私の目を見つめ、笑いながら言った。
「僕ね、車をレンタカーで借りてきたんだ! 熊本の天草って海が綺麗なんでしょ!? 海を見に行こうよ! でね、僕色々調べてきたんだ!」
そう言いながらスマホの写真を私に見せた。
「ほらほら! ここだよ! 海が青くてとても綺麗だよ!僕、ここにきみちゃんと行きたい!」
そこは熊本県牛深市にある茂串海岸だった。市内からだと片道4時間位かかる。
「私、車の免許もってない……しかもそんな遠くに行った事もないし……」
「大丈夫大丈夫! 僕運転するの大好きだし免許だってほら! 持ってる!」
そう言いながら得意げに自分の免許証を私に見せた。
「ふぅぅぅん……東京でも車に乗ってるんだ」
「あ、いや……免許は持ってるけど車は持ってないんだ……その……僕の住んでる所は車が無くてもさほど困らないし……車って持ってるだけでお金もかかるし……」
「えっ? じゃぁ運転した事は?」
「うぅぅぅぅん…………2、3回……かな?……でも大丈夫! 身体が運転を覚えてるから! さぁこっちこっち! 車を止めてるから!」
千隼に付いていくと近くの駐車場に止めてあったのは小さくて可愛い赤い車。
「ごめん、もっと大きい車にしようと思ったんだけど……これより大きいと運転が怖くて……」
そう言って照れながら頭を掻いていた。そして助手席のドアを開け……
「きみちゃん……さぁどうぞ!」
「ありがとう……ございます……」
そう言って乗り込んだ。そして運転席に千隼が乗り込み、シートベルトを締め、ブツブツ言いながら何かを確認し始めた。
「これがハンドル……これがウインカー……真ん中がアクセル? いや右がアクセルか……」
言っている事は、よく分からなかったけど『この人本当に運転出来るの?』と思ったのは確かだ。
「よし! 分かった! エンジンかけます!『キュルルルル……ブォンッ!!』ではぁ……いざ、海へ!出発ぁぁつ!!」
千隼の声が車内に響く!
scene20へ……行ってきます!




