scene18 女優来店 其の弐
【纏ったオーラが全然違う】
坂東明華が来店し『千隼は私と付き合ってます!』と宣言したあの日、あの後千隼から、何事も無かったのように家電が掛かってくる。明るく話す千隼……私は、坂東明華の事に触れずにいたし、その事(お店に来た事)を言うつもりもなかった。
でも、ちょっと……ほんのちょっとだけ彼女との関係が気になり始めた。そんなある日の事だった。
その日、私はカウンター業務から始まった。開店準備を終わらせ、屈んでショーケースに飲み物を補充していた。
「お茶の在庫まだあったかなぁ……炭酸ジュースも意外とお弁当に合うみたい、結構一緒に売れるなぁ」
独り言を言いながら補充をしていると……
『カラ、カラカラ……』
後ろからゆっくりと戸が開く音が。私は、立ち上がりながら入口の方へ振り返りながら声をかけた。
「いらっしっゃ……い……まぁ……せ………」
声を出しながら次第に愕然とする私。何故なら振り向いた先に立っていたのは、白い大きめのつばが広い帽子をかぶり、高級ブランドのサングラス、白いタイトなワンピース、細い足元には白いピンヒール、手に白にゴールドのチェーンが巻かれた高級ブランドのハンドバックを下げ、おまけに高身長でスタイル抜群! どこから見ても文句なしの『女優』だった。しかも坂東明華とは比べ物にならない程の、強力な雰囲気を醸し出している本物の『女優』がお店に入って来た! その姿に私も含め、奥に居た三人衆もあっけに取られていた。
女性はお店に入ると、カウンターの中にに戻った私の所へ真っすぐ『カッカッカッ……』とゆっくりと歩み寄り、私の目の前で止まった。その立ち姿は、背筋が『シャン!』と伸びてとても美しく、ほのかに甘い香りを纏っていた。
(この人……すっごい……いい匂い……)
私は、ちょっとたじろぎながら注文を聞いた。
「あああの……ご、ご注文がお決まりでしたらどうぞ!」
するとまたサングラス越しにじっと見つめ、暫く沈黙する女性。私が……
「あ、あのぉご注文はぁ……」
そう問い掛けると……
「あっ……ああ、ごめんなさい、じゃぁ幕の内弁当を頂こうかしら?」
「幕の内一つお願いします!」
「あいよっ!」
その女性は注文の後、後ろの椅子に座って待っていたけど、顔には、うっすらと笑みを浮かべ、そしてその視線は、サングラス越しではあったけど確実に私を見つめていた。
「幕の内弁当をお待ちのお客様、お待たせいたしました!」
すると椅子からすっと立ち上り、来た時と同じように『カッ、カッ、カッ……』とゆっくり歩み寄って来た。そしてそのまま私を見つめながら話しかけてきた。
「あなたがきみちゃ……君子さん?」
「は? あ、は、はい…」
私が答えると徐に帽子を取り、サングラスを外して自己紹介を始めた。
「初めまして君子さん。私、加藤千隼と同じ事務所に所属しています、白石川貴子と申します。以後お見知りおきの程、よろしくお願いします」
お辞儀をしながら丁寧に自己紹介をされた。私も相手の正体が分からないまま礼儀として、緊張しながらも自己紹介をした。
「じ、神……君子です。よ、よろしくお願いします……」
しかしその直後、その女性が……
「クッククッ……プップッハッ……アハッハッハハハハッ!!」
いきなり笑い始めた。
私は女性が笑い出したその瞬間、何が起きたのか全く理解できずあっけに取られ口を『ぽかぁん』と開けてしまった。
(なんで? なんで私……初対面のこの人に笑われてるの?)
私の表情を見た女性が慌てて弁解をした。
「あっご、ごめんなさい! でもあなたに会ったら、あの気の強い明華が私の前で泣きじゃくったのを思い出しちゃって、我慢できなかったのよ。本当にごめんなさい!」
私には、それでもこの女性が何を言っているのか全く理解できなかった。その後、女性の気持が落ち着いたところで話しを始めた。
「坂東明華、覚えてる? ここに来たうちの事務所の女の子。千隼が時々行方不明になるから私とマネージャーがその理由を問いただしているのを、彼女がこっそり聞いていてね。その後、泣きべそをかきながら、私の所に来て君子さんの事を聞いてきた訳。明華、千隼に気があったから……面白そうだったから『熊本の弁当屋『幕内』で働いている女の子』と教えてあげたら『会ってくる!』って言って事務所を飛び出していったの。あの子、人一倍気が強くてね。その明華が帰って来て開口一番『私あの子に絶対負けないんだから!』って大泣きしながら抱きついてきたのよ!あの明華を泣かせる女の子がどんな子か気になって私も会って見たくなったの!」
(なんで私の事を勝手に教えるの? この人完全に個人情報保護法を無視してる!)
一方的に話すその女性にちょっとムッとして言い返した。
「私は見世物ではありません! それに千隼さんの事は、なんとも思っていません! ただの友達です!」
私のちょっと怒ったような口調に、女性は優しく微笑みながら諭した。
「あん……気を悪くしたのなら御免なさい。ここに明華が向かうように仕向けた事は謝るわ……でも明華には……いい薬になったと思う。あの子あんな性格だから、スタッフにも共演者にもあまり受けが良くなくて悩んでいたの。でも……事実貴方に会って帰ってきてから、明華の態度がちょっと変わってきたの。勿論いい方向にね! 君子さんのおかげよ、ありがとう……」
(この人、明華さんの性格を変える為にわざと私の事を教えた? こうなる事を予測していたの? だとしたらこの人……相当頭の切れる人だ)
「それにうちの千隼が好きになった女性がどんな子なのか、知っておくのも私の仕事の内だから許して頂戴ね!」
(『うちの千隼』ってまるで母親みたい……)
「千隼は、本当に優しくて素直な子。でもこの世界に本当の友達なんていない……やっかみもあるけど、どの現場に行っても千隼の周りには誰もいない……いつも独りぼっち。寂しい思いをしているの。だから君子さん、千隼に優しくしてあげてね。それと明華と千隼は、何でもないから気にしないでね!」
私は女性に改めて聞き返した。
「あのぉ貴子……さんは、千隼さんをよくご存じなのですか?」
「私が? 千隼の事を? ふふっ……よおぉぉく知っているわよ! 加藤千隼は、私がスカウトしたんだから!」
そう自慢気に言い放った。そしてお弁当を受け取って帰り際に一言
「ごめんなさい、余計な事を言ってしまって『千隼に優しくしてね』なんてあなた達二人の問題よね」
まるで母親のような優しい話し方。
「お弁当美味しそう! 飛行機の中でいただくわ。それと私がここに来た事、千隼には内緒にしててね! じゃぁまたね!」
(またね?)
そう言って右手を高々と上げてお店を後にした。女優さんが帰った後どらさん達が表に出てきた。
「『若手ナンバーワン俳優、加藤千隼』『売れっ子女優、坂東明華』『大女優、白石川貴子』幕内の弁当だけ買って東京に帰る……か」
「大女優?」
「そう、白石川貴子。元宝塚の女役トップスター。映画、舞台、ドラマ何でも出来る大女優、お芝居がとっても上手でバラエティもできるし頭も切れる超ベテランよ。でも最近テレビの中では、お見掛けしてないわねぇ……」
「いっその事、彼女に頼んでさ、ウチの弁当を東京で販売してもらおっか!」
「いいねぇ! じゃぁさ、弁当の名前は……『空飛ぶ!幕の内弁当』なんてどうだい?」
「いいねぇ!」(3人でハモる)
なによ、3人でハモっちゃって好き勝手な事言ってるよ!
scene19へ……もう誰も来ないよね!?




