scene17 坂東明華
【顔ちっさ! しかもナイスバディ!】
本日、朝からカウンター業務の日。カウンター業務は、メニュー看板出し、暖簾がけから始まり、店内清掃、買物袋とレシートの在庫確認、冷蔵庫への飲み物補充等々、やる事は結構あった。
朝の業務を全て終え、カウンターに戻った所で『カラカラカラ……』と入口が開く音が聞こえた。
「いらっしゃいませ!」
そう言いながら振り向くと、入って来たのは、背の高い女性、グレーのパーカー、タイトなデニムのパンツに茶色のブーツ、長い艷やかな黒髪に深くかぶったキャップ、どう見てもこの辺りでは、滅多にお見掛けしないオーラを醸し出し、シンプルなその服装が逆に似合いすぎ、この界隈では完全に浮いた存在になっていた。
その女性は、店内をキョロキョロと見渡した後、ゆっくり『コツコツコツ……』とカウンターの前に歩み寄ってきた。
「ご注文がお決まりになりました承ります」
そう声を掛けた。でもその女性は、多分サングラス越しにじっと私を見つめていた。不思議に思った私は……
「あのぉ……お客様?」
サングラス越しに見つめ返しながら声を掛けると『はっ!』とした様子で慌てて注文をした。
「じじ、じゃぁ幕の内弁当を一つください」
(声、可愛いなぁ顔もちっちゃいし……)
そう思いつつ厨房の方を向き注文を入れる。
「幕内一つお願いします!」
「はいよっ!」
注文を伝え、振り返ると女性の視線が私の顔にロックオンのまま。
(何?! この人!)
私はちょっとムカついて思わず
「あのぉ、私の顔に何かついてます?」
不思議に思いながら声を掛けると、またまた『はっ』とした様子を見せ、徐に帽子とサングラスを取ると慌てて話し始めた。
「すす、すみません、わわ、私、坂東明華と申します。は、初め……まして……」
そう言いながら深々とお辞儀をした。
(さか……とう……坂東……明華……ああっ! 彼と写真に写っていた女優さんだ……)
続けて……
「あ、あのぉぉ……私の事、ご存じではないですか?」
(何? 初対面なのに上から目線のこの態度!)
と思いつつご存じだったけど……
「私、テレビ見ない人なんで……存じ上げないです」
(言ってやったぜっ!)
そして……
『ヒソヒソ……ヒソヒソ……ボソッ……」
後ろから何やらヒソヒソ声が……ゆっくり振り返ると、奥の厨房から幕内三人衆がニヤニヤしながら私達2人のやり取りを見ていた。
女優が返す。
「あのぉ……そのぉ……単刀直入に聞きますけど……ち、ち千隼さんとは、どういう関係ですか?」
(あぁ……やっぱりそっち? 面倒臭い事になってきたぁ……)
「どういう関係とは、どういう事でしょうか?」
私も負けずに聞き返す。すると言いにくそうに……
「あのぉ、そのぉ千隼と……つ、つ、付き合っているのですか?」
(はぁぁやっぱり面倒臭い奴(話)だったぁぁ……)
そう思いながら、言いたくは無かったけどこう答えた。
「彼とは……家電友達です……」
「プッハァー!! ハッハッハッッァァァ! でたぁぁぁ! 家電友達!」
奥から幕内三人衆の大爆笑が聞こえる。
(ここから聞こえるなんて3人共どういう耳してるの!)
すると女優の顔が見る見る真っ赤になり……
「家電友達って何なんです?! 私を馬鹿にしているのですかっ!!」
私の返しに、女優は怒りながら言い返してきたが、私は淡々と女優を諭した。
「いいえ、馬鹿になんてしていません。私、携帯電話を持っていないので……だから家電です」
すると女優は、すっと背筋を伸ばし、顎をくいっと上げ、言い放った。
「わ、私、千隼と付き合っています! これ以上、千隼に近づかないでください! 失礼します!」
そう言い残しお店を出ていこうとした。でも私は女優を呼び止めた、何故なら……
「お客様! お待たせいたしました! 幕の内弁当、600円です!」
注文した幕の内弁当を忘れていたからである。
にっこり笑顔で弁当を差し出した私。女優は仏頂面で千円を差し出し、お釣りを返した後、店を出る彼女に……
「ありがとうございました! またお越しくださいませぇ!」
普段言わない台詞を付け加えて送り出した。この様子を見ていた3人が手を叩き、大笑いしながら裏から出てきた。そしてどらさんが私の背中を『パンパン』叩きながら言った。
「きみちゃん、やるじゃないのっ! 女優になれるんじゃない!?」
あんな人と付き合ってられない! もう呆れて何も言えなかった。
scene18へ……はぁぁぁ………続く




