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scene16 私を忘れて

その日の電話の内容は近々、仮面ライダーに悪い怪人役でゲスト出演するので、その撮影で忙しくなるという話だった。


加藤千隼は、本当に人気俳優らしく本人曰く、仕事が沢山来るのは有り難いけどドラマ、映画、CMとひっきりなしに仕事が入るから体が持たないとマネージャーに言うと、逆に増やされて困っているとの事だった。


私は、時々相槌を打ちながら黙って聞いていたけど、話の最後に労いの言葉を掛けた。


「大変だね……身体、気を付けて頑張ってね」


「うん……頑張るよ。ありがとう、きみちゃん……」


そう千隼が言った後……しばらく沈黙が続いた。


その沈黙を破った彼の優しい声……ゆっくり呟いたその言葉は……


「好きだよ、きみちゃん……すごく会いたい……今すぐ、きみちゃんの傍に飛んでいきたい……」


なんと突然の告白! びっくりした私は……


「!!! じじ、じゃぁおお……おやすみなさい!」


『ガチャン!』


慌てふためき、急いで電話を切ってしまった。


(な、な、何、今の? 台本? 台詞の練習⁉) 


私の心臓は、全力疾走した後のようにバクバクになった。その電話の後、本当に仕事が忙しいのかしばらく電話が掛かってこなくなった。



【やっぱり……こうなると思っていた……】


彼が言った通り、忙しいのか電話がぱったりとこなくなり、私も幕内の新しいメニュー開発を担当するなど、ちょっと忙しくなったので、あまり彼の事を考える余裕がなくなっていた。


そんなある日の事、出勤して着替えをしていると村田さんが、またいつものように興奮した様子で駆け寄ってきた。


「きみちゃん、これ見てっ!」


村田さんが差し出したのは、携帯画面の新聞記事。見出しは『超人気俳優、加藤千隼の熱愛発覚! お相手は同じ事務所の坂東明華』続けて……


「ほらこれもっ!」


矢継ぎ早に見せられたのは、彼が女性の手と腰に手をまわしている写真だった。私は、その写真を見て正面を向き直し、着替えを続けながら言い放つ。


「これがどうかしたんですか?」


「どうかしたって?………きみちゃん!」


「こういう世界の人は、こういう世界の人と一緒になるのが一番いいんですよ。一般の善良な女の子を巻き込まないで欲しいですね」


私はそう言いながらも心の中では『やっぱりね……』とちょっと悲しくなった……でも、『そんな事言ってられない仕事仕事!』と気を取り直して三角巾を頭に巻いていると、カウンターの外からお客さんの声が聞こえた。


「すみませーん!」


私は胸の中のモヤモヤを振り払うように大きな声で返事を返しながら小走りで表に向かった。


「いらっしゃいませ! お待たせ致しましたぁ……あ?……」


私は言葉を失った、なんとカウンター前に立っていたのは加藤千隼だった! 

その顔は、前回来た時より打って変わってとてもにこやかで爽やかだった。


「おはようございます、幕内の皆さん!お久しぶりです! やっと熊本に、ここに来る事ができましたぁ!」


なんとタイミングが悪い、そしてこの溌溂とした挨拶! 私が(あぁぁやばい……)と思っていると……


「いやぁ朝一の便できちゃ……」


そう言い終わる前に幕内三人衆がまるで忍者の様に裏から出てきて、内藤さんが暖簾を引っ込め入り口の鍵をかけ、どらさんがブラインドを下ろし、村田さんが携帯の画面を見せながら彼に詰め寄った!(この間僅か数秒)


「あんた! いったいこれはどういう事なんだい! ふざけんじゃないよっ!」


村田さんが江戸っ子言葉でまくし立てた。


「あんなに嫌がってたきみちゃんに言った事は嘘だったのかい! きみちゃんの心を弄びやがってこの人でなし!」


(嫌がっていたのは、本当だけど私は、弄ばれていないです!)


彼は、困った表情で身ぶり手振りを交えながら弁解した。


「ちょ……ちょっと待ってください! 僕は、坂東明華さんの事をよく知りません! 確かに同じ事務所ですが、この前ドラマの撮影で初めてご一緒しただけで、話した事は一度もありません! この記事も今初めて見ました!」


「じゃぁこの写真は、なんなんだい!」


彼は、携帯の写真をじっと見て何かを思い出した様子だった。


「この写真は……確か……撮影のクランクアップ後の打ち上げの時だと思います。  

僕の記憶が正しければ……確かぁ……お開きになって帰ろうとしていた時に、いきなり後ろから誰かが僕の肩につかまって来たんです……それで後ろを振り向いたら、女性が前に倒れそうだったので咄嗟に手を貸した時だと思います、周りに沢山のスタッフさんや役者さんもいたんですよ! 本当です!」


私には、どうでもいい話だったけど、頷きながら聞いていた村田さんにちょっと笑ってしまった。話を聞き終わった後、村田さんが私を見て言った。


「だ、そうです、きみちゃん」


(『だ、そうです』じゃなくて私にはどうでもいい話。でも本当はちょっと安心していた)


彼の話(言い訳)が一通り済んだところで、ため息をつきつつ、注文を聞いた。


「はぁぁぁ……ご注文をどうぞ……」


少し動揺した千隼が注文を入れる。


「じ、じゃぁ幕の内弁当を一つ……くださ……い」


「はい、幕内一つ入りまぁす」


そして彼は椅子に座った。椅子に座った千隼は、多分……私を見ている。がっつり見ている、確実に見ている。


私は、目線を合わさないように下を向いているけれど、ずっと彼からの視線を感じていた。


「心配かけてごめんなさい……」


彼の沈んだ声に反応した私は、顔を上げた。そして目線が合った私に、微笑みながら呟いた。


「きみちゃん……すっごく会いたかった。僕、嬉しいです」


私は、すかさず目をそらし顔が赤らんだのを感じながら問いかけた。


「き、今日は、な、なんですか?」


「お弁当を買いに来たんです。それときみちゃんに会いに……」


「い、いい、忙しいってい、い、言ってたでしょ?」


「撮影がちょっと落ち着いて、休みが取れたのできみちゃんに会いに来ました!」


会話の合間にさりげなく入る聞き捨てならない台詞に、私はまたしどろもどろ。それを見かねたどらさんが気を利かせてくれたのか……


「きみちゃん! 今日は、月中であまり忙しくない日だから上がっていいよ!」(きゃぁぁどらさん、余計な事言わないで!)


「あ、あい、いや、それは……」


焦って口がもごもごする私。でも彼の方から……


「お気遣いありがとうございます、でもこの後11時の飛行機で東京へ帰ります。明日の撮影の台本を覚えておきたいので」


『へぇぇぇ……ほぉぉぉ……』と関心の声を出す三人衆。彼は、お弁当を受け取ると『また来ます!』と言って満足げに帰って行った。


どらさんが店外に出て帰って行く彼の後姿を見送った後、私に言った。


「東京から熊本まで……わざわざうちの幕の内弁当を買いにねぇ……しかも滞在時間わずか30分程……きみちゃんどう思う?」


それに対して私は、きっぱり言い放った。


「どうもこうもないです、来るのは彼の勝手ですし、何度も言いますけど私は、加藤千隼に興味ありません!」


そう強がりを言った私……。でも彼がここに来るたびに心の中がざわつく。そして……彼の声を聞く度にいつも思っていた。


『早く私の事なんか忘れてほしい……一時の感情に流されないで、早く忘れてほしい、私の気持ちが、揺らぐ前に、早く私を忘れて欲しい……』


そう強く願っていた。そして今日、彼に会ってその思いが一層強くなったのを感じた。


 

波乱のscene17へ……続く

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