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scene15 家電友達 

そして次の日、朝から気が重くてうんざりだった。もう何も考えずに普通に暮らしたいだけなのにとか思っていると、なんだか段々腹が立ってきた。


幕内三人衆は、朝から私の顔を見るたびにニヤニヤ……それを見て益々腹が立つ私。鍋を洗う手が荒々しくなる、あぁぁ……いかんいかん……落ち着け……と自分に言い聞かせる。


そして閉店前の時間、加藤千隼が予告した通りお店に来た。


「あ……こ……こんにちは……」


若干緊張しているのか、言葉が詰まった彼。


私は日中、誰かさん達に散々イライラさせてもらったお陰で、比較的落ち着いていた。


「もうすぐ終わりますから、ここで座って待ってて下さい」


私は、彼をテーブル席に案内して椅子を引いた。すると青年は、私を見て申し訳なさそうに弁当を注文した。


「すいません、あのぉぉ……幕の内弁当を一つお願いしてもいいですか?」


「どらさぁん、幕内一ついいですかぁ?」


「あいよっ!」


そっけなく厨房に向って注文を入れる。


待っている間、彼は落ち着いた様子で壁にあるメニューボードを見つめていた。


そして閉店作業が終わり、彼のもとへ行くと、彼は椅子からゆっくりと立ち上がり、私と向かい合った。始めて……その時、彼と目が合い……しっかり見つめあった瞬間だった。


「お待たせしてごめんなさい、ご用は何でしょうか?」


「あ……あのぉ……これ……」


彼は、そう言いながらジャケットの、内側に手を入れ、内ポケットから何かを取り出そうとした。


『手紙を渡したい』その事を知っていた私は、その手がジャケットから手紙を取り出す前に言葉を投げかけた。


「ごめんなさい、手紙は受け取れません。言いたい事があるのなら今、ここで手短にお願いします。そして……もうここには来ないでください」


彼は一瞬驚いた表情を見せた。そして、胸に入れた手をゆっくりと戻し、姿勢を正すと大きく息を吸って意を決したように話し始めた。


「僕、貴方と友達になりたいです! 確かに僕は、貴方に酷いことを言ってしまった……これは取り返しがつかない事実。だけど僕は貴方と友達になりたい! だからできれば……携帯電話の番号を……教えて欲しい……です……あっ電話がだめなら手紙を書いていいですか? 返信はいりませんから……」


その言葉を聞いた私は……


(何言ってんのこの人? 友達になりたいって小学生かっ!)


そう思いつつちょっとイラっとして大きくため息をつき、言い返した。


「はぁぁぁ……私は携帯電話を持っていません。テレビも全く見ないから貴方がどういう人かも知りません。それと返信いらないなんて、手紙を出しても私が読まなければ、意味ないんじゃないですか? 私は中を見ずに、そのままゴミ箱に捨ててしまうかもしれませんよ!」


きっぱり言い放つと


「それでもいいです……書いても……いいですか?」


なかなか食い下がらないので、私は『面倒臭い奴だな!』と思いながら、そこら辺にあった広告紙を切った小さな注文用のメモ用紙に(掛けれるもんなら掛けてみろ!)と思いながら『カッカッカッ!』と雑に自宅の電話番号を書いて渡した。メモを渡すときに……


「私、電話……苦手なんですけどね……」


と一言付け加えた。


メモを受け取った彼は、嬉しそうな笑顔を見せ、直立不動になって大きな声で自己紹介を始めた。


「僕、加藤千隼と言います! 幕内の皆さんよろしくお願いします!」


そう言いながら頭を深々と下げた、そして出来上がっていた幕の内弁当を持って、意気揚々と帰っていった。


あっけに取られ黙り込んだ4人、そんな中、どらさんがぼそっと一言……


「『手紙を書いていいですか?』なんて……ひょっとしたらあの子……いい子……かもしれないね……」


それを聞いた私は焦る必要もないのに……


「あ、ああんな紙切れ、す、すぐに捨てちゃいますよ。それに家電ですよ? 今時の若者が家電に掛けてくる訳ないじゃないですか!」


 そして……その日の夜、帰宅して夕食を済ませお風呂に入り、自分の部屋でくつろいでいる時の事。下からお母さんの呼ぶ声が……


「君子おお! 加藤さんから電話よおおお!」


「うぅぅん……加藤? 加藤千隼!!」


私は名前を叫びながらベッドから飛び起きた。 本当に家電に掛けて来るなんて! 私の考えは甘かった。しかし今更居留守を使う訳にもいかず、下に降りて渋々電話に出た。


「もしもし……君子です……」


そう言うと……


「千隼です今日はありがとう!今東京に着いたよ!お弁当は飛行機の中で食べたすごくおいしかった!いつも美味しいんだけどね!声が聞けて嬉しい!それから僕もきみちゃんって呼んでいいかな?それじゃおやすみなさい!」(ガチャッ)


 すっごい早口で一方的にしゃべられ、私はなにも返せなかった。私が『電話が苦手』と言ったからかな……だから気を使ってくれたのか……な。それにしても早口で何言っているのか分からなかった。


何の酔狂か、こんな私に興味を持ってもらって悪い気はしていないけど……私は加藤千隼に全く興味がない。いいや……興味が無いように自分を仕向けている……。人見知り症候群に陥り、人と深く付き合う事が怖くなった事も影響しているのだけど……。


私は、お弁当屋さんのアルバイト。彼は、煌びやかなテレビの中の人。住んでいる世界が全然違う。そんな私が彼と、まともに付き合える訳がないし、そんな彼が私をまともに相手する訳ない。人間関係で悩むのはもう……沢山……。


【美香、爆笑】


連日、雨模様が続いていたある日の事、美香先生が傘もささずにずぶ濡れになりながらお店に入ってきた。


「どうしたんですが美香先生! 傘もささずに?」


美香先生は、ずぶ濡れになっている事などお構いなしに、バックからスマホを取り出し、それを触りながら興奮した様子で捲し立ててきた。


「ねぇねぇ!この幕の内弁当、ここのだよね!『幕内』の幕の内弁当だよねっ!」


美香先生が私の目の前に差し出したスマホの画面、それは確かに幕内の幕の内弁当だった。


「そ、そう…みたいですね……」


そう答えると美香先生は、益々興奮して早口で言い始めた。


「これ加藤千隼のSNSだよっ! この間この町で映画のロケあったよね? 千隼ここにきたのっねぇ?!」


「うぅぅぅん……」


私がお茶を濁そうとしていると、どらさんが後ろから…


「来たよ、何回もね」


そう言うと、どらさんは事の経緯を美香先生に話した。すると浮かれて興奮していた美香先生の表情が、一変して悲しい表情に変わった。私は美香先生が心配するから正直、言って欲しくなかったけど、案の定…… 


「ごめんね、きみ先生……何も知らずに……思い出させてしまって……本当にごめんなさい……」


私の為に……また泣かせてしまった……。でも私は『私のせいで美香先生が彼の事を嫌いになってしまう』と思い、直ぐに取り繕った。


「み、美香先生、もう彼から謝ってもらったので今は、何とも思ってないんです。気にしないでください!」


そう言うと今度は村田さんが怒り気味に言い始めた。


「もう、しつこくてね! 追い返せって言ったのに、役者の口車に乗せられて電話番号まで教えるし、本当にお人好しなんだから」


(もうっ! 村田さん余計な事を!)


それを聞いた美香先生は、とても驚いた様子で私の顔を見ながら聞いた。


「えぇぇっ? 加藤千隼に電話番号教えたの! じゃぁ千隼から電話が掛かってくるの? でも、きみ先生……携帯電話持ってないでしょ?」


その問いかけに私が俯きながら……


「い……家電です……」


そう言うと……


「い、家電…………プウゥゥゥッ……アハアハハッハァァッ! でたっ家電友達! きみ先生小学生かっ! それ最高!」


美香先生から指をさされながら大爆笑された。


(美香先生! さっきまでご免なさいって泣いてたくせにっ! 酷い!)


千隼から掛かってくる家電の事だけど、『面倒だからすぐに飽きるだろう』……そう思っていたら、結構まめに掛かってくる。


しかも、私がくつろいでいる時間が、分かるかのような絶妙のタイミングだ。家の電話だから家族が取る事もあるので、気を使っているのかな。しかも彼もスマホではなくて家の電話でかけてくる(ナンバーディスプレイでわかる)


そして今夜も……いつもの決まった時間に電話が掛かってきた。話は、いつも彼が一方的に話して終わるという感じだ。



scene16へ……この会話の流れ……なんかやばい予感





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