scene13 遠方からの使者
【もう絶対絶対! 顔も見たくない!】
二日間、休養をしっかりとって、すっかり体調が回復した私。
「おはようございます! すいませんご迷惑をお掛けしました!」
そう挨拶をしながらお店に入ると、奥から村田さんが興奮した様子で走ってきたかと思うと、私が休んでいた二日間に会った出来事を早口で話し始めた。
「あ、ああのあのねね、きみちゃん!○×※△□×※△□○×※だったのよっ!!!※○×△□×※△□!!」
興奮して早口になり何を言っているのか全く分からなかった。私は余りの慌てふためきぶりに笑いながらも村田さんに落ち着くように声を掛けた。
「ハハッ! あのちょっと、村田さん! 落ち着いてくださいよっ! 何を言ってるのか全然分かんない! もっとゆっくり話してくださいよぉハハハッ!」
それを聞いた村田さんは喋るのを止め一度深呼吸をして再び話し始めた。
「すぅぅ……はぁぁぁ……ごめんごめん、つい興奮しちゃってさ、あのね、昨日のお昼過ぎの事なんだけど帽子を深く被った背の高い男の人がお店に入ってきたのよっ。その男の人は注文もせず椅子に座ってさ、まるで他のお客さんが居なくなるのを待ってるみたいで……ちょっと様子が変だなと思って3人で注意していたのよ。そしてね、お客さんが居なくなるとカウンターへ近づいてきて『幕の内弁当ください』って注文したの。でね、会計の時にこう言ったのさ、『僕は近くの大学で映画を撮影している者の関係者なんですけど』と言って帽子を脱いだその男の人、誰だと思う!? 加藤……加藤千隼だったのよっ!」
村田さんは、『千隼様』と言うくらいファンだったけどすぐに千隼本人と分からなかったらしい。どらさんと内藤さんも私と同じで男性俳優に全く興味がなかった、それでもこの加藤千隼の顔位は知っていた。
「でさぁ! 私達は、すぐ『バンバンバン』って暖簾引っ込めてブラインドを下ろして鍵を閉めてさぁ!『そこにお座りっ!』って椅子に座らせて3人で30分くらい説教してやったのよっ! 彼、きみちゃんに直接謝りたいとか言ってたけど『もう来るなっ』って弁当渡して追い返してやったよ!」
その加藤千隼と言う人には、この調子で3人から文句を言われたのかと思うと……ちょっと気の毒だったな……とその時は思った。
「でもね、散々私達から文句を言われたのに次の日もお店に来たんだよ。そしたらさ、前の日と同じように幕の内弁当を注文して、会計の時にね『撮影が終わり今日帰京するのでどうしても会って謝りたい』って言ったのさ。でね、その言葉に昨日は軟らしく『お気持ちだけ伝えておきます』って丁寧に断っといたよ……」
私は、その話を聞いて内心ほっとしていた、2日間休みでよかったと。何故ならあんな人の顔なんて二度と見たくないと思っていたから。まぁ……もう二度と会うこともないしな……とも考えていた。
しかし私の考えは次の日、見事に覆された。
それは次の日の閉店前、外看板の電気を消し、暖簾を入れてメニューボードを片付けていると後ろから誰かが話しかけてきた。
「あのぉ……すみません……」
「はい?」
私が返事をしながら振り向くとそこには、帽子を深くかぶった背の高い男の人が立っていた。その青年を見ながら私は聞き返した。私は、お弁当の事を聞かれると思って丁寧に返事を返した。
「はい! 何か御用でしょうか?」
そう聞くと聞くと男の人は、ゆっくり帽子を取り胸に手を当て俯き加減でこう言った。
「僕……加藤……加藤千隼と言う者です……。そのぉ……あのぉ、この前……大学の音楽室で……貴方に酷い事を言ってしまった……者です……」
(加藤……千隼?……この人があの……俳優の……)
私は名前を聞いて一瞬緊張したが『東京に昨日帰ったはずの人がなぜここにいるの?』そう疑問に思いながら、とりあえず閉店の時間なので一旦お店の中に招き入れた。店内に入り、俯いている彼に一番に問いかけた。
「加藤……さん、昨日東京に帰ると聞きましたけど、まだこちらに居らしたのですか?」
そう聞くと……
「あっ……いいえ……一度……帰りました」
「帰った? では、何処から来られたのですか?」
「家から来ました」
『そういう事じゃない!』そう思い、ちょっとイラっとした感じで出た言葉……
「はぁ⁉ 家?」
「あっ……すみません……し、品川です……」
(えぇぇぇ!! 品川!? 東京からわざわざ熊本に……ここに来たの?)
私は、冷静を保ち表情を変えずにびっくりした。
すると彼は、深く頭を下げながらお詫びの言葉を言い出した。
「この度は、あなたを深く傷つけてしまい誠に申し訳ありませんでした!」
まるでどこかの悪い事をした部下の不手際を謝る、会社社長の『謝罪会見』のようなお決まりの台詞を言い出した。
それを聞いた私は、大きなため息をつき背筋を伸ばし言い放った。
「はぁぁぁぁ……お気遣いありがとうございます。でも貴方が何を心配しているのか存じ上げませんが、今回の事を誰かに言ったり書いたりするつもりは、全くありませんからどうぞご心配なく!」
私の嫌味のようなその言葉を聞き、顔を上げた彼の顔はどこか悲しげだった。そしてこう言い返してきた。
「このお詫びは、そういうつもりではありません……。僕は……僕は、こんな仕事をしているけれど……本当に貴方に謝りたかっただけです、御免……なさい……」
私は、再び大きなため息をつき青年に尋ねた。
「はぁぁぁ………。今日は? この後東京に帰るのですか?」
「はい……帰ります」
その言葉を聞いた私は、厨房のどらさんに向かって大きな声で聞いた。
「どらさぁん、お弁当の材料、少し余ってましたよね?」
「うん?……あ、あぁ……あるよ」
「加藤……さん、ちょっとそこで座って待っていてください」
そう言って椅子をカウンター横に用意し、其処に座ってもらい私は弁当を作り始めた。そして、できた弁当を手渡し言った。
「はい! 遠くからわざわざありがとう! これ私のおごりです! 家まで遠いでしょう? お腹がすいたら食べてください。うちの幕の内弁当は、超美味しいんですよ!」
この時……私は知らない人の前で自然と笑顔が出たのかもしれない。そして彼、加藤千隼は両手でお弁当を受け取り、嬉しいような悲しいような……複雑な表情をうかべ入り口から出ると私達に深々と頭を下げ、扉を閉めて帰って行った。
このやり取りを後ろで見ていた三人は、私に対して呆れた表情を浮かべていた。そしてどらさんがため息をつきながら嫌みのように言った。
「はぁぁぁあぁぁ………きみちゃんさぁ……あんたは、優しいねぇ……」
きっと皆は、恨み言葉の一つでも返せばよかったのに……と思っていたに違いない。それに対して私はこう言い返した。
「あの人は、役者ですよ、何を言われても信用できないのは分かってます! それにもう二度と会う事もありませんからこれぐらいのサービスは、いいでしょ!」
そう笑いながら返した。
scene14へ……続く、胸のつかえが取れてすっきりした!




