scene10 幕内三人衆
【どらさん?! やっぱり!】
翌日面接の日、私はアルバイトと言えども面接だからとリクルートスーツを着ようとした……だけど保育園での面接をどうしても思い出してしまい袖を通す事ができなかった。なので持っている服の中から綺麗めの服を着て家を出た。
面接の時間は、何時でもいいと言われたけど、お店が忙しいと思った時間を避け、午後2時にお店を訪ねた。お店の前で1回深呼吸をして(さぁ行くぞ!)と心の中で気合を入れていざ、お店の中へ!
「『カラカラカラ……』こんにちは」
「はぁい、いらっしゃいませ!」
お店に入りカウンターから挨拶をされた方、割烹着姿で何処か上品なおばさま……
「あ、あの今日面接をお願いしています、神君子と申します……」
とちよっと噛みながら挨拶をすると
「ああっ! こんにちはぁ! お話は聞いてますよ、ちょっと待ってね! どらさぁぁん!」
そう言いながら裏に向って大きな声で叫んだ。
(どらさん?!やっぱりそうくるの!)私は心の中でそう思った。
「はいはいはい!」
そう言いながら裏入口の暖簾をくぐり出てこられたどらさんは、昨日お弁当を買う時にカウンターに居た方でこのお店のオーナーだった。
「あぁ! いらっしゃい! じゃあこっちで面接するからおいで!」
そう手招きされ暖簾をくぐると、ほんのりと明るい廊下の奥にある綺麗な和室に案内された。真ん中に大きな丸いテーブルがあり、オーナーが座布団を二枚敷き、対面で座り面接が始まった。
面接が始まる前、座って直ぐにオーナーが、にこにこしながら私の目を真っ直ぐ見て言った。
「混雑する時間を避けてきてくれたんだね、ありがとうね!」
とお礼を言われた。『オーナーは、気遣いが出来る人なんだなぁ』と感激した。
そして面接が始まった。オーナーはすっとメガネを掛け、渡した履歴書をじっと見ながら呟いた。
「大卒……保育士……一身上の都合退職……半年でねぇ」
そう小さな声で呟きながらふと、私を眼鏡越しに見て……
「あんたも苦労したんだねぇ……」
そう呟いた。気のせいかもしれないけど、その時のオーナーの表情は、何処か悲しげだった。
私は、その表情を見てやはり黙っている訳には行かないとこれまでの事……保育士になって就職したけれど心を病んで退職し、その後引き篭ってしまった事、これ迄の経緯をオーナーに隠さず話した。
オーナーは、何も言わず只々、頷きながら親身に聞いてくれた。だけど『やっぱりこんな経歴の私を雇ってはくれないだろう』と半ば諦めていた。
そして話し終わって俯いた私……その時『バンッ!』と履歴書を机に叩き置きオーナーが言い放った。
「よしっ! 採用ぉ!! きみちゃんいつから来れる?!」
大きな声で言いながら満面の笑みを浮かべ、その場で採用が決まった! 私は予想外の即答にびっくりして戸惑いながらも……
「よよよ、よろしくお願い、します!」
と深くお辞儀をしながら返事を返した。
【料理はあまり(全然)得意じゃない、だけどやるしかないぜっッ!】
弁当屋『幕内』その名の通り、幕の内弁当に力を入れていて幕の内弁当が一番売れている。
初めて食べた時、お米が艶々で美味く、お母さんは具材の味付けがとても上品で美味しいと絶賛していた。
家から割と近いけど駅や商店街から反対方向にあるので、利用した事はなかった。だけどお昼の時間には、サラリーマンや作業服を着た人達がひっきりなしに来店して結構忙しい。
従業員は、私を含めて四人。おっきな体に一つに結んだ髪、何時もにこにこ笑顔が絶えないオーナーの橋田さん、皆は、どらさんと呼んでいる(笑)それと背が低くて何時もすっぴん、おかっぱ髪で可愛い顔をしてるけど東京浅草出身でちゃきちゃきの江戸っ子の村田さん、そして背が高くて小顔でスタイル抜群、薄化粧で長い髪に二重でぱっちりとした黒い瞳、どこか気品があって眼鏡が似合ういつも冷静な美熟女、内藤さんと私の四人だ。
業務は、カウンター係を1人と厨房が3人、カウンター業務だけを皆で代わる代わるローテーションする。
だけど私は、面接の時に人と話すことに抵抗があると事情を話したので、それを知ったどらさんが暫くは厨房の仕事が中心になるようにしてくれた(調理も覚えないといけないからね)
厨房の仕事は具材の調理、味付け、盛付と覚えることはたくさんあったが、毎日がとても充実していて楽しく仕事ができた。
三人の先輩おばさま達も不慣れな私にとても優しく指導してくれる。包丁の使い方から始まり、野菜の切り方、味付けの仕方まで丁寧に教えてくれた。
自分の家の台所にすら、余り立った事がなかった私が人様のお弁当を作るのかと思うと、なんだか買ってくれた人に気の毒だなぁと思いながら、毎日ご飯を作ってくれる『お母さんは、やっぱりすごいな、もっと感謝しなくちゃね』と思ったりもした。
そして幕内で仕事を始めて一ヶ月が過ぎた。材料の切込み、味付け、盛付と大分様に、いや上手く出来るようになった。仕事ができるようになった事で、心にも少し余裕がもてるようになった。
だけど、時々どらさんから……
「きみちゃん、カウンターに立ってみるかい?」
そう言われると……
(失敗したらどうしょう、また皆んなに迷惑を……)
私は俯いて考え込んでしまう。だけどその時は、いつも肩をポンポンと叩き
「大丈夫だよ! 大丈夫! ゆっくり行こう! きみちゃん!」
そう言いいながらどらさんは、いつも笑ってくれる、まだ人前に立つ事には抵抗があった私。
(ごめんなさい……どらさん……)
【持つべき者は、良い友達!】
ある週末のお昼前。
「こんにちは!」
元気な声がフロアーから聞こえた。すると内藤さんから
「きみちゃん、お客さんよ!」
そう呼ばれ表に出ると、そのお客さんは美香先生だった! 美香先生がお店に来てくれた!
美香先生には、幕内で働く事が決まって直ぐに報告したけれど今まで来てくれなかった。それは恐らく、仕事に慣れるまではと気を使ってくれていたのだろう。本当は、私の事が心配で直ぐにでもお店に来たかった……はず……かな?
美香先生は、私が割烹着を着て笑顔で働いている姿を見ると、笑いながらも目から大粒の涙を流した。それを見て私も少し、笑貰い泣き……。
「良かった! 良かったよ……きみ先生……本当に良かった……」
正直言って私より涙脆い!
そして暫くたってから、美香先生に聞いたのか洋介もお店に来た。洋介は、開口一番!
「僕に黙ってるなんてずるいよ、ずるいよっ! なんで早く教えてくれなかったのぉ!」
案の定、他のお客さんが居るにも関わらず、お店の中で騒ぎ始めた!
(洋介に教えると、お店の中で大騒ぎして五月蝿いから)とか言えるはずもなく……
「ごめんごめん忘れてた!」
そう言って軽くあしらった。
それから私の事を聞いた大学時代の友達がよくお店に来てくれるようになり、そのおかげか自分でも気づかないうちに自然とカウンターに立てるようになった。
私の人見知り症候群が克服され、おまけに売り上げも上がるなんてまさに一石二鳥の出来事だった。
お店の中が騒がしくなって皆に申し訳なかったけど、そんな光景を三人は微笑ましく思っていてくれたらしく、皆から……
「きみちゃん! いい友達いっぱい持って幸せだねぇ! 大切にしなよ!」
三人が笑って言ってくれたので私は…
「はい!」
と元気よく返事を返した。
scene11へ……張り切って続きます!




