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王太子殿下


「それで、サーシャ嬢はどうした」

「はい、結婚式の翌日に列車で出国しました。翌々日には隣国の王都に到着しています」

「そうか、無事でなによりだ」


 王太子殿下は、昨日一週間の地方視察を終えて王宮へもどって来た。一晩の休息をして、今日からは通常業務である。


 例の祭りの結果はすでに聞いていた。その上でこの先の2人の当事者の行く末を案じたのだった。

 聞かれた側近は、きちんと調査済みだった。


「上司のカーソン氏が、転職先はもちろん住まいまで世話したようです。王宮職員の独身寮のようですが」

「それは安心だな」

「実家の子爵家はどうしている?」

「だいぶあわてているようですが、カーソン氏が行方を知っていますから、ひとまず安心はしているようですよ」

 

 ただし、と側近は言い添えた。

「サーシャ嬢はご実家にはかなりご立腹のようで」

 でなければ、出奔などしないだろうな。と殿下は思う。

「連絡を拒絶しています。カーソン氏も行く先を教えていないようですね」

「これは雪解けを待つしかないだろうな」


 王太子殿下は胃のあたりをさすりながら言った。

 地方への視察に、胃もたれは付きものだ。行く先々でごちそうが用意される。迎える側は、ここぞとばかりに名産や名物料理を用意する。

 たいていが、手の込んだ、こってりした料理である。それが朝昼晩。晩にいたっては、その地の名士が集まっての宴会だ。こってりがマシマシ。次々に注がれる酒。

 胃が悲鳴をあげる。が、王太子たるもの、それを顔に出すことはゆるされない。頃合いを見計らって部屋に戻り、胃薬を飲む。

 それが視察の間中続く。


 領民が王太子殿下のためにはりきって用意するのである。残すわけにはいかない。「おいしい。すばらしい」と称えながら、前の食事を消化しきれていない胃袋に詰め込んでいく。

 視察が終わるころには、殿下の胃袋は三倍に伸びている。


 帰って来てからは、調子がもどるまで粗食に徹する。

 スプーンでくずれるほど、やわらかーく煮込んだ野菜とチキンのスープ。オートミールのゆるゆるのおかゆ。フルーツ。そして胃薬。

 もどるまであと何日かかるだろうか。

 殿下は腹をさすりながら考える。


「それでイアンの方は」

「例の恋人のところに転がり込みました」

「しょうがないやつだな」

「はい、家を追い出されはしましたが、籍まで抜かれたわけじゃありませんので」

「そうか」

「兄が連絡を取っているようです」

「まあ、そちらは心配ないだろう。例のドンのところだしな」

「そうですね。いいパイプ役になってくれるといいのですが」

「期待しよう」


 王太子殿下が「祭り」のことを耳にしたのは三週間ほど前のことだった。王宮内で賭け事なんてとんでもない。急いで調査したら、胴元が当事者のサーシャというなんだかおかしな状況だった。


 どういうことだ?

 不思議に思ってさらに調査を進めると「なんやかんやの事情」とやらが出てきた。どうやら両家が関わる事業のことらしいが、そんなもの契約をかわせば済む話だろう。と殿下は思った。


 いまだに婚姻を事業の契約代わりにしよう、というのはまったくもって悪しき風習である。

 サーシャにもイアンにも、関係のない話だ。契約代わりに好きでもない相手と結婚させられるなど、同情を禁じ得ない。


 列車が走り、大型の蒸気船に乗れば誰でも新大陸へも行ける時代に。たとえ王太子殿下が物申したところで「いやいや、殿下はお若いからそうおっしゃるのです。貴族の社会はそうやって連綿と続いてきたのですよ」などと老害どもがニヤニヤしながら言い返してくる。

 非常にムカつく。


 時代は変わりつつあるんだよ。追いつけないあんたらはもはや化石だ。石炭といっしょに燃やしてやろうか。

 殿下の悪態は、表に出ることはない。

 この一件が、時代錯誤に一石を投じることになればいい。


 そんな思いで賭けることにした。もし、この賭けが咎められるようなことがあっても、王太子までもが賭けていたのなら大目に見られるだろうし。


 掛け金は一口1000ベル。最大10口まで。

「ならば10口。いや、8口にしようか」

 なぜ微妙に減らすのだ。側近は首をかしげた。

「いやー、最大賭けるとな、金満っぽいだろう」

 なんの心配だ。

 賭けたのはイアン。仮にも騎士である。信用しないわけにはいかない。


 毎日図書館の掲示板に、オッズが張り出される。口コミでは圧倒的に「言った」が先行しているのに、オッズは拮抗している。

 なぜだ。

 賭けがうまく回るように、サーシャが情報操作しているらしい。


「騎士がそんな不誠実なことをするわけがない」

「家の面子を潰すことはさすがにしないんじゃない?」

 等々。

 なんだ、おもしろいじゃないか。サーシャが悲痛なことになっているのなら、手を差しのべようかとも思ったが、そんな必要はなさそうだった。


 結果サーシャはそこそこの小金を手にして、隣国へと旅立った。

 向こうでの幸運を祈ろう。


 それから王太子殿下は、騎士団に通達を出した。


 騎士の名に恥じぬ行動をするように。



   おしまい

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