サーシャ4
図書館を出てとぼとぼと歩きだしたら声をかけられた。
「サーシャさん!」
自分のつま先から目をあげたらロバートさんが立っていた。
なんだ、リンダと待ち合わせか?
心臓がぎゅうううっとなった。
泣いちゃダメだ。
負けるな、サーシャ。
「待ってたんだ」
リンダをですか。
「仕事が立て込んでて、なかなか来れなくて」
リンダには会ってたのに。
「やっと時間が取れたんだ」
だからリンダとの時間ですか!
「きみに会いたかった」
…………わたしですか。なんで。
堪えていた涙が一気にあふれた。
こんなところで泣くなんて。みっともない、はずかしい。そう思っても、決壊した涙は止まらない。
「ど、ど、どうした? だいじょうぶか? どっか痛いの?」
痛いです、心が。
うぇっ。うぇっ。うぇっ。
「どうしよう、困ったな」
ごめんなさい、困らせるつもりじゃないんです。
ロバートさんはわたしの手を引いて、図書館の中庭へ連れていった。そしてベンチにすわらせてくれた。
ハンカチを出して涙と鼻水を拭いてくれる。
そしてそのまま、泣きやむのを待ってくれた。
止まらない涙の原因がなんなのか、自分でもよくわからなかった。
「だいじょうぶかい?」
いまだにひっくひっくとえずくわたしの背中を、ロバートさんがなでてくれる。
ロバートさんの手のひらがじんわりと温かい。
このとき、自分の体がガッチガチに強ばっていたのだとはじめて気がついた。ぬくもりが背中から腕、そして指先へと伝わってくる。
「騎士団の仕事って、極秘の任務もたまにあるんだ」
カッコいいね、極秘任務。
「それも突然言われたりする。それがここ3週間のこと」
そうだったんだ。
「……でもリンダには会ったんでしょ? ひっく」
「リンダ? ああ、あのケバい子?」
……ケバい。ぷっ。
「会ったっていうか、いたっていうか」
「いた?」
「そう、外に出たらいたんだよ。声をかけられたから二言三言話したけど」
たしかに「仕事帰りに会ってぇ、お話してぇ」って言ったな。
「ネックレスをもらったって言ってた」
ん? とロバートさんは首をひねった。
「あれか? 拾ったやつかな」
え?
「道に落ちてたんだよ。もらっちゃおうかなって言うからいいんじゃないって言ったんだ。子どものおもちゃだよ」
たぶん、わたし今すっごく間抜けな顔している。
「気にしてくれたんだ?」
ものすごく恥ずかしい。ロバートさんがくすくすと笑っている。
「笑ってごめん。でもなんか、かわいいなって思って」
どうしよう。うれしはずかし。
「で、きみが泣いた理由はなにかな?」
なんだろうな。たぶん。
「ロバートさんの顔を見たら安心した」
うつむいたまま、顔を上げられない。でもロバートさんがきゅっと息を呑んだのがわかった。
「そうか、それなら来てよかった」
安心したんだ、わたし。
1人で家を出て、国を出て、1人で生活して仕事して。きっとものすごく緊張しながら暮らしてたんだ。
イアンのバカを、バカと言いながらもやっぱりちょっとは傷ついて、ぽっちゃりおじさんはたくさん気を遣って、助けてくれたけれどあくまでも上司。友だちじゃない。ひとりぼっちにには違いなかった。
だからロバートさんが会いに来てくれてとても安心している。
それからちょっとおしゃれなレストランに行っていっしょにごはんを食べて、たくさん話をして、寮まで送ってくれた。
「また、会いに来てもいいかな」
最後にロバートさんはそう言った。
「うん、待ってる」
そう返事をしたら、ロバートさんはとってもいい笑顔を返してくれた。
「好きです。つきあってください」
それから、3回目のデートでベタな告白をされた。イケメンでモテるからといって、女慣れしているわけじゃないらしい。
安心した。
もちろん即刻OKしましたよ。
リンダには内緒にしてある。リンダがなにも知らずに匂わせぶりなこと言うのを、ほくそ笑みながら聞いている。
へへっ、どうも性悪女です。
騎士かぁ。なんか縁があるのかなぁ。
でもこっちは本物のイケメンだし。あっちはイケメンもどきだったし。
勝ったな。