サーシャ2
「サーシャさーん。歴史ってどこですかぁ?」
またか。
「国内だったらLの10。外国だったらLの30」
「だそうですぅ」
丸投げかよ。
件の問題児、リンダ。
わたしより先に入ったはずなのに、いまだにどこになにがあるのかさえ覚えていない。利用者さんに聞かれると毎回わたしに聞いてくる。
そして丸投げ。
作業の途中でもめぼしい殿方があらわれれば、すべてを放り出して彼のほうに向かう。しわ寄せはサーシャへ。
いいかげんにしろよ。返却された本を戻すぐらい、ちゃっちゃとやれや。
ただコイツは1年更新の非常勤職員。あきらかに婚活目的の腰かけ職員だ。仕事を覚える気はまったくない。仕事をせずに殿方、しかも金持ちを探す。それが最優先。
だからおしゃれにも余念がない。髪は金髪に染め(金髪が最上級だと思っているらしい)化粧もバッキバキに決めている。昼なのに夜会くらい濃い。図書館には場違い。
利用者のマダムには眉をひそめられる。
ぜったいに、「うちの嫁」としては喜ばれないタイプだ。
それなのに本人は、自分はイケてると絶対の自信を持つ不思議。
お金持ちなら平民でもいいという。
「だってぇ、いくら貴族だって貧乏だったらいい服買えないじゃないですかぁ」
真理ではある。
なお悪いことに、女子が着飾らないのは悪という思考らしく、必要以上のアクセサリーや化粧をしないわたしを小ばかにしてくる。
大きなお世話だし。
そもそもわたし、仕事に来ているのであって婚活に来ているわけじゃない。
「ええー? だからモテないんですよー?」
だから、大きなお世話だし。
そして見おろしてくる。文字通り見おろされる。わたしは152センチ。小さいのは自覚している。彼女はたぶん10センチくらい高い。しかもハイヒールをはいている。
わたしは動きやすいようにローヒールをはいている。仕事優先だから。
正面に立ってニヤニヤされると、本当に腹が立つ。キーッてなる。今さら背が伸びることはない。くやしい。
彼女はスレンダーだし手足が長いし顔も小さいし、ケバくなければイケてると思う。いろんな意味で非常に残念だ。
きっと「祭り」の件を知ったら、めっちゃ笑ってくる。背伸びして見おろしてくる。いやだ。
ここは他国だしバレはしないだろうが、気をつけなければ。
……来年の更新はないな、きっと。
「サーシャさん」
今の上司が呼んでいる。
「はい、なんでしょう」
「こちらの利用者さんが、本をお探しです」
ぽっちゃりおじさんの上司のとなりには、背の高いイケメンが立っていた。騎士団の制服を着ている。
騎士団が何の本を探しているんだ。いや、騎士団だって本は読む。全員が脳筋とは限らない。
「古代エララ語と宗教について知りたいそうだよ」
お? 脳筋もとい騎士団が古代エララ語ですと? ちょっとミスマッチだが。
「ええ、少々調べたいことがありまして」
背の高いイケメンはイケボでもあった。
「そうですか、では……」
「わたしがご案内しますぅ~~~」
リンダにどつかれた。マジか。
「ええ? リンダさん、場所わかる?」
ぽっちゃり上司が不安を隠さない。
「わかりますよぉ、あたりまえじゃないですかぁ」
ぜったいうそだ。
「こっちですぅ」
リンダがイケメンの腕をつかんで連れていこうとするが。
「リンダさん、そっちじゃないです。こっちです」
案の定まちがっている。
「エララ語はRの20。宗教はFの棚ですよ」
「わ、わかってますよぉ」
またしても違う方向に行こうとする。
「だから、そっちじゃないですって」
イケメンの顔はみるみる不安で満ちていく。
「あの、すいませんが、急ぐのでわかっている方に案内してほしいです」
ですよね。
「はいはいリンダさん、返却カードの整理にもどって。案内はサーシャさんおねがいしますね」
ええー? っとリンダはぷくっとほほを膨らませた。
「騎士さまに迷惑かけたくないでしょ?」
ぽっちゃりおじさんは、だいぶリンダの扱いに慣れてきた。
そしてわたしは正しい棚に、イケメン騎士を案内した。
「ここが宗教関連の棚です。太陽神教ならこことここ。それ以外はとなりになります」
国教でもある太陽神教に関する本は膨大である。宗教関連の大多数を占める。
「ええと、太陽神教ではなくて、古い異端の宗教について知りたいのですよ」
「古い異端?」
「はい」
また面倒そうな。さっさとすませてしまおう。
「このへんですよ」
雑に教えてあげる。もともと数は少ないのだ。
「エララ語はこっちです」
すいすいっと書棚を5つばかり過ぎる。
「このへんですよ」
雑に教えて、ではごゆっくりと自分の仕事にもどった。
さあ、定時に帰るんだから、さっさと終わらせないと。