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4.グリーンシールズの魔法使い2


 魔法使いの朝は早い。

 日が昇る前に起床したウィルフレッドは、まだ開くのを頑なに拒む瞼をこすり、さっと顔を洗ってから、とりあえず黒いローブを羽織った。

 まだ暗い森の中を慣れた足取りで進む。

 近くにあるうみの精霊に、毎朝挨拶に来るよう命じられているのだ。


 逆に言えば、朝が早いウィルフレッドですら驚愕する時間帯にクリスタは昨日訪ねてきたわけだが、彼女は一体何時に王都のタウンハウスを出たのか。


(そんな危険なことさせられるか―――っていう手紙は多分あいつと入れ違いになったんだろうな……)


 どこから見てもいいところのご息女が―――それもたった一人で―――真夜中に外に出たら、どうなるか考えはしなかったのだろうか。

 下手したら賊に会ったりするかもしれない。そうでなくても誘拐だとか強姦だとか、そういう犯罪は大抵、日の出ていない時間帯に行われるのだ。


 クリスタはたまたま運がよかっただけで、色を売る夜の街や、闇の中で商う人間たちの市場に紛れでもしてしまえば取り返しのつかない事態になっていたかもしれない。


「無謀なことするよなぁ……あいつも」


 思えば彼女は昔からそうだった。

 自分より体の大きな男子のケンカの仲裁に真っ先に行ってしまったり、小猫を助けるために川に飛び込んだり。


 大抵の人間が躊躇し、他の方法を探すような場面でも、構わず飛び込んでいってしまう。

 まるで、絶対に大丈夫だという確信でもあるかのような、けれど、どこか生き急いでいるような。

 そんなクリスタが、ウィルフレッドは心配だった。


(なんなんだろうな。あいつの……一番欲しいものって―――)


 戸籍上、一度死んでまで。あんなに憧れていた王妃の席を手放してまで。

 そうまでして手に入れたいものなんて、何がある。


(物じゃなくて、『地位』とか『権力』とか……)


 もしや、次期王妃なんて彼女には生ぬるくて、女王の座を狙っているとかなのだろうか。


「いやでも、あいつの欲はそういうんじゃないからな……」


 クリスタは、わりに欲しがりだ。

 好きなものは好きだ、欲しいものは欲しいと、はっきりと口にする。


 でも、彼女がウィルフレッドにねだるのはいつも、ウィルフレッドが淹れるコーヒーとか、川辺に落ちてるような透き通る綺麗な石とか、バタートーストにマーマレードを塗ったやつとか、そんなものばかりだ。


(でも、それは俺が『伯爵令嬢』のあいつを知らないだけだからなのかもしれない……)


「何をぼーっとしている」


 正面から聞こえてきた太い声に、ウィルフレッドははっとして顔を上げた。

 見ると、視線の先では不機嫌そうな顔で腕を組んでいる湖の精霊、シルウァーヌスの姿がある。


「あ、や、すみません。ちょっと考え事してました」

「昨日来た娘の事か」

「ええ、まあ」


 早々に見破られ、ウィルフレッドは渋々頷いた。

 湖の精霊に嘘をついても見透かされてしまうというのは、この国の人間なら誰でも―――生まれたばかりの赤ん坊ですら知っている話だ。


「我も、あやつはどうも妙な女子おなごだと思っておった。あやつが森に足を踏み入れた瞬間に、我の同胞たちが一斉に静かになったのでな」


 そう言われてみれば、たしかに今日は妖精ニンフたちの声がしない。

 しかしよくよく見てみると、所々の木の陰で、恥ずかしそうにこちらを伺う姿があった。


「まあ、せいぜい仲良く暮らせ。その内、おまえとともに顔を見せに来い」

「仲良く暮らせって……ほとぼりが冷めれば実家に帰るんだよ、クリスタは」


 別にすぐにいつも通りだ。

 そして、ウィルフレッドの心をこんなにも浮き立たせる事象は、この先絶対に起こらない。


「なんだ、だから辛気臭い顔をしておったのか。気の早いやつだな」


 そう言われてウィルフレッドの顔が一気に赤くなる。

 自分で意識しないようにしていたことを、何気なく口にされたことにだ。

 自分はそんなにわかりやすく顔に出していたのかと焦りが募る。


 万が一、この顔をクリスタに見られでもしていたら―――。


「な、そ、ういう、わけじゃ―――」

「本当は、帰ってほしくなどないのであろう」

「や、だから……」

「あ、もしやおぬしがいつまでも『俺は結婚しないから~』などとのたまっとるのは、そういうことか?」


「―――っ!」


 にやにやと揶揄うような声音で言うシルウァーヌスに、ウィルフレッドは何も反論できない。

 なぜなら―――


「あー! そうだよ! そうですよ! なにか文句あります!?」

「ないが?」

「じゃもうこの件に関して喋るのやめてもらえます!? この気持ちが! あいつに! バレたら! 迷惑かけるの!」

「えー」

「『えー』じゃねえよ!」


 一言一言区切るようにして、ウィルフレッドはシルウァーヌスに言い聞かせる。

 いちいち、自分の言葉に自分で傷つく。


(あー……最悪……も、ほんと最悪……)


 ウィルフレッドは、ガシガシと無造作に自分の髪をかき混ぜた。

 シルウァーヌスとのやり取りに、隠れていたニンフたちがクスクスと笑う。

 いやに温かい視線に、一人晒される。これはなんの拷問だとウィルフレッドは心の中でふてくされた。


「そんなに己を蔑まんでも……おぬしも難儀よなぁ……。お、そろそろ時間か―――」


 シルウァーヌスの一言を皮切りに、ふいに精霊たちの笑い声が止んだ。

 それは木々のざわめきに、うみに立つ三角の波に―――ゆっくりと溶けて消えていく。

 シルウァーヌスとニンフたちの姿も、風に混じるようにして見えなくなった。


 夜が明け、森の木々の間に日が差し込み始める。この森を歩いて帰る時間を、ウィルフレッドは実は気に入っている。

 いつもなら、あちこち寄り道して野イチゴを摘んだり、山菜を採ったりしながら帰る。


 が……。


赤面このかおのままじゃ、あいつと目すら合わせらんねーんですけど……)


 今日に限っては、ウィルフレッドはしばらくその場に座り込んでいた。

 一度自分の感情を他人に対して認めてしまえば、隠し続けるのに、今までの比ではない労力がいる。一度口に出してしまえば、どうあってもその気持ちから目を逸らすことなどできないのだから。


「……ほんっと、シルウァーヌスの大バカヤローめ」


 音にもならない、ほとんど口の動きだけでこっそりと呟いたウィルフレッドを、怒ったかのような水のかたまりがバシッとどついた。


 ……たぶん、シルウァーヌスだ。



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