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6

 午後二時になったとき、待ち合わせをしたシナモンとエドガー博士の二人連れが、飛行船シルフィー船内の散策を再開。佐藤と中居も便乗することにした。一行は、ラウンジからいったん通路を兼ねた右舷プロムナードデッキに出て、さらに奥の図書室をのぞき込んだ。

 やはり黄色い壁や天井。S字紋の意匠を彫った黒い書棚が二つ並んでいた。側壁に展望窓がありけっこう明るい。書棚は五段あり、聖書、小説、雑誌が並んでいた。椅子や机も書棚と同じ黒で塗られ、植物的な曲線をモチーフにしたデザインになっていた。

 シナモンたちは、また右舷プロムナードデッキに戻った。通路に出て、乗客キャビンに至るT字路のところにある螺旋階段を降りていった。階段は、それこそ蔦が絡んだようなデザインだ。

 佐藤がいった。

「本家本元のヨーロッパでは、アールヌーボー運動は第一次世界大戦でほぼ終わっているでしょ? 現在のヨーロッパじゃ、画壇はキュビズムやシュールなんかの前衛美術に、建築関係はアールデコ様式にとって代わられた。飛行船シルフィーのオーナーは、何でまた今さらアールヌーボー様式で内装を施した飛行船を飛ばしているのでしょうね?」

 中居が口を挟んだ。

「日本は最新文化の伝播が遅い。竹久夢二とか、蕗谷虹児といった画家が、いまだにアールヌーボーを真似たイラストで儲けている。田舎だよなあ」

 佐藤の話しには、エドガー博士が答えた。

「宙に浮いた巨大なる墓標」

「墓標……ですか?」

「シルフィーのオーナーは大富豪だ。だがユダヤ人であるがために故郷を追われ、上海に亡命している。友人の多くはオーストリー、ドイツ、ロシアなどの貴族が多かったと訊く……」

 老紳士は語調を落とした。

「……第一次大戦の最中にそれらの国々は革命が起きて帝政は打倒された。貴族たちは処刑されたり、処刑されないまでも多くは没落した。大富豪は戦前の華やかなりし頃を偲んでいる──あくまでも私の憶測だが……いや、楽しい旅にはそぐわない不吉な言葉だ。このへんにしよう」

(この人にも物語がありそうだな)

 佐藤は、エドガー博士が一粒の涙を落としたのを見逃がさなかった。博士がロケットペンダントの蓋を開けた。青年の顔写真がある。


 ロンドンから北西にやや離れたところにある荘園屋敷マナーハウス風の建物。そこが博士の自宅だった。キャンパスに向かってペインティングナイフで色を重ねていく青年がいた。息子のユリセスである。

「無事、美術学校を卒業できそうだよ、父さん」

「さすがだね」

 電話が鳴ったので受け取る。

「おおっ、判ったのか?」

 受話器を片手に、博士はしきりとメモをとった。息子はしばし筆をとめて注視した。

「上海へいく」

「何も父さんがいかなくともいいことだよ」

「そうはいかない」

 老紳士は目を伏せて、ふっ、と笑い、「おまえを誇りにしている」といって画家の卵の肩に手をやった。絵はキュビズム風。当時斬新過ぎて理解できないのだが、息子の才能自体は信じて疑わないといった様子だ。


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