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飛行船の構造
巨大飛行船シルフィーは、葉巻形をした銀色の船体で、先端部にはツタ意匠のS字文様が、尾翼にはT字に蛇をからませたヘルメス紋が入っていた。
施設の大半は船体下部にあった。プロペラは四基で、操舵室や客室などのゴンドラも下部にあった。昇降口も同じで胴体から逆ハの字に開くように設計されていた。乗客たちが昇っていく。黄金の髪の貴婦人も列の中にいた。
午前十時。二人は、最上の絵を撮るため、タラップの下に陣取って、レディー・シナモンを待ち受けた。フラッシュがたかれた。シナモンがちょっと驚いた顔をする。さらに追い討ちをかけるように叔母が叫ぶ声が訊こえてきた。
「贅沢はいわないわ、シナモン。日本のお土産は、真珠のネックレスでも、ノリタケの茶器セットでもよくってよ」
(もおっ、叔母様ったら……)
三人の有閑夫人が叔母に忠告した。
「可哀相に、シナモンが顔を真っ赤にしているわよ。そのジョークは戴けなかったかも……」
「あら、彼女の実家はとても裕福なのよ。これくらいは──」
「そういう問題じゃなく、はしたないっていうこと!」
肩をすくめ舌を出した叔母を後目に、シナモンは手を振って船内に消えた。船長が、入れ違いにタラップの途中まで降りてきて、記者の二人に声をかけた。
「お客様方が最後です。出航いたしますので、お早めにご乗船ください」
「はいはい」
佐藤が返事した。
二人がタラップを駆け昇る。逆ハの字になった二つのそれが閉じて格納された。
水田地帯。楕円形をした丘のようなところだ。人々が忙しげに鍬をふるい、モップで土を運び出している。突然、道に、数両の幌付トラックが停車。兵士たちが荷台から飛び降り小銃を撃つと、逃げ惑う人々が道端に突っ伏しだした。
ふごっ、という鼻を鳴らした男がいた。デップリした腹の高級将校である。そいつが、「焼き払え」と命じる。、麾下の兵士たちが、藁葺屋根の民家に松明が投げ込んでいった。
夢見心地というのはこのことをいうのだ。飛行船の通路を護衛二人の肩を借りて歩いているのは、ワインボトルを手にした足取りがおぼつかない高級将校だった。
階段を昇っていくと、シナモンは長方形をしたデッキが二層構造になっていることに気がついた。上部デッキと下部デッキとがあり、乗客キャビンは上部デッキにある。
(いい女だ。金を積めばどんな女だって股を開いてきたもんだ。開かぬときは力任せにこじ開ければいい。薄汚い土民どもを扱うのと同じこと。ふっ、簡単だ。いままでもそうであったし、これからもそうだ……)
中国人と思われる高級軍人が、両脇にいる護衛の男の一人に耳打ちした。
「天空のベッドで、あの娘が、俺の腹の下で獣のように乱れまくるところがみたい。おまえたちにも回してやる。何、他の客や添乗員が邪魔に入ったら締め上げればいい。楽しみな旅になった……」
「いいですねえ」
護衛の男たちも舌なめずりした。
黄金の髪の貴婦人が悪寒を観じて振り向く。するとそこに、デップリとした高級軍人がおり、通訳を通じて話しかけてきたのだった。
「いくらだ?」
「!」
シナモンが目を丸くする。通訳は小声で続けた。
「『将軍様』が、貴女を枕席の共に望んでおられる」
(常識がない――)
娘の平手が飛ぶ。通訳は泣きっ面になった。
「だから、小輩じゃなくって、『将軍様』が……」
その人は、「将軍様」を、きっ、と睨んだ。一行は、本人と通訳一人・護衛の随員二人を加えて四人いる。
(気丈だな。こういう女は調教のしがいがあるというものだ。ヒイヒイいわせてやる)
尊大な高級将校は舌舐めずりをしてから、顎をしゃくり上げ、中指を天井に向ける。両脇にいた護衛が前にでた。