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バー
四人は螺旋階段を降りてバーに入り、カウンター席に並んで掛けた。店内では恰幅の良い黒人ピアニストにより軽快なジャズが奏でられている。「騎士」たちはスコッチを注文した。イギリスでは十八歳をもって成人とされる。誕生日を迎えて間もない姫君はダービーカクテルを注文した。
中国人バーテンダーが、鮮やかな手振りで、ウイスキーやライムジュース、その他をシェイクした。琥珀色となった中の液体をグラスに注ぎ、ミントの葉を添えた。イギリス人は、競馬が近づくと、ダービーカクテルを好んでのむという。シナモンも気に入ったようだ。
黒人ピアニストが、黄金の髪をした若い貴婦人に声をかけてきた。
「唄ってください、余興です」
シナモンは、「シャンソンなら」と返事した。唱ったのはパソ・ドブレのリズムで軽快なパリ讃歌「サ・セ・パリ」だ。
Ça, c'est Paris interprétée par Mistinguett:
Paris c'est une blonde
Qui plaît à tout le monde
Le nez retroussé l'air moqueur
Les yeux toujours rieurs
Tous ceux qui la connaissent
Grisés par ses caresses
S'en vont mais reviennent toujours
Paris à tes amours !
La petite vogue de Paris
Malgré ce qu'on en dit
A les mêmes attraits qu'Hollywood
Oui mais... Elle possède à ravir
La manière de s'en servir
Elle a perfectionné la façon de se donner
Ça, c'est Paris ! Ça, c'est Paris !
Paris c'est une blonde
Qui plaît à tout le monde
Le nez retroussé l'air moqueur
Les yeux toujours rieurs
Tous ceux qui la connaissent
Grisés par ses caresses
S'en vont mais reviennent toujours
Paris à ton amour !
Ça, c'est Paris ! Ça, c'est Paris !
佐藤と中居、それにエドガー博士までも立ち上がった。一般に貴族・上流階級の人は、酒の席で唄うのを好まないのだけれども、シナモンはあまり気にしないようだ。ピアノに合わせて流行のシャンソンを何曲か唄った。エドガー博士は感嘆していた。
「おおっ、『コンウオールの才媛』には、こんな才能もあったのか!」
中居なんぞは、「姫様、すんげえっ、ほんものの歌手になれる──」といって惚けた顔になっていた。
このとき、佐藤の目に、カウンターの壁にたてかけられているクリムトの「接吻」が目に飛び込んだ。金屏風のような背景、毒々しい色彩、リアルに描かれた男女、退廃的な死の影……。
客たちが喝采し、軽やかでハスキーなシナモンの美声の余韻に浸っていたとき、スチュワートの青年を従えた船長が、バーに飛び込んできた。
「ひっ、姫様、大変だあっ。きてくれ!」
いつもは沈着冷静な髭の船長が明らかに狼狽している。船長とミッシェル青年、シナモンにエドガー博士、それに佐藤と中居が続き、螺旋階段を駆け上っていく。