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3

 小一時間ばかりのティーパーティーが終わると、佐藤と中居、それにエドガー博士の三人は自室に戻った。シナモンは残って船長の昔話につきあっていた。

「邪魔者はいなくなった。ふっふっふっ。姫様に飛行船を操縦させて差し上げよう。いざ参られよ」

 船長が片目をつぶって、黄金の髪をした若い貴婦人を飛行船深部に案内した。

厨房を通り過ぎて船体後方に向かったあたりだ。薄暗がりの視界に、巨大な肋骨のようにもみえる鋼鉄構造物が出現した。天井には、いくつもの大きな風船があった。気嚢と呼ばれるものだ。網が被せられ、縦に連なり、一つ一つは仕切り板で区切られ収まっていた。

「凄い! 鯨にのまれたピノキオが見た風景はこんな感じかしら──」

 シナモンは大きく目を開いて顔を上げた。滅多には見られない光景だ。前に進むには、人がどうにかすれ違うことができるほどの、細い橋脚を行かねばならない。橋脚には、手摺がついてはいるのだが、頼りなげに感じてしまう。そこをまた奥に進んだ。船長が振り向いた。

「貨物室だ。飛行船を動かすには莫大な経費がかかる。とても乗客運賃だけでは採算がとれない。そこで高速郵便で穴を埋めるというわけだ。貨物室にあるのはすべて葉書と封書さ」

「貨物室の後ろにも乗務員用のお部屋があるようですね?」

「そうとも、整備士や機関士の部屋だ」

 整備士や機関士は、飛行船船体やエンジンの点検、故障したときの応急処置をするのが任務だ。天井裏のアームに命綱をつけ張り付いていた整備士たちが手を振っていた。

「船長、そのお嬢さんが例の姫様ですか?」

「そうだ。デートの最中だ。羨ましいだろう?」

「羨ましいなんてものじゃない。とんでもない役得だ。船長、今夜は部屋に鍵をかけておいたほうがいいですよ。みんなで寝込みを襲いに伺いますからね――」

 シナモンが長いスカートの両裾をつまんで会釈した。

「おおっ!」

 歓声が上がった。

「気のいい奴らだよ」

「一体、乗務員は何人いらっしゃるのですか?」

「乗客二十五人に対して、乗務員は九十人だ」

「そっ、そんなに?」

 シナモンが目を丸くした。

「それがサービスってもんだ」

 船長は、にやり、と笑った。

「ときに、姫、十八歳の誕生日おめでとう。さあて、操縦室に行くぞ。回れ右、ここから二百メートル先にあるんだ」

「少佐、私を騙したのですね?」

「いや、ちょっと、奴らに君を見せびらかしたくって、回り道をしただけだよ。わっはっはっ……」

 船長が早歩きぎみにして行く。シナモンが小走りして後を追った。


 黄金の髪の貴婦人は、船長に連れられて、「鯨の肋骨」のような胴体内部を貫く橋脚状をなした一条の長い通路を抜けて、一度プロムナードデッキに戻った。そこからさらに先に向かった。操縦室があるのは、飛行船船体前部にある司令ゴンドラだ。

 二人が入室しようとしたとき、何者かかが物陰に隠れたような気がした。船長は首をかしげて橋脚の下をのぞいた。暗くてみえない。

「気のせいか……」

 司令ゴンドラは、客室のような装飾はなされておらず、鋼鉄のフレームが剥き出しになっていた。メーター、ハンドル、レバーといった計器類が、部屋のいたるところに配置されていた。

「誰がこんなことを――」

 船長がつぶやきレバーの一つを押し上げる。だが姫君のほうに向き直ったとき無理に笑みを浮かべた。

 シナモンは、あえて訊きはしなかったのだが不自然に感じた。

 室内の正面にはフロントガラスがあり、手前に船の舵輪によく似た形をしたハンドルが二つあった。

「ちょっとだけですよ、船長」

 操縦士たちは、渋々ハンドルを明け渡した。その際船長は、二人いる操縦士の一人に、例のレバーを指さし耳打ちする。操縦士の顔色が変わった。操縦士たちは足早に部屋から外へ出ていった。

 船長は、大げさに笑いながら、操舵のハンドルの一つを取ると、シナモンを手招きした。

「儂は左のハンドルを担当するから、姫様は右のハンドルをお願いしたい」

 若い貴婦人は、船長の指示を忠実に実行し、飛行船を操縦した。

「姫様、なかなか上手ですな。考古学者なんか廃業して飛行船乗りにならんかね?」

「素晴らしいお話し。考えさせて戴きますね、少佐」

 船長は嬉しそうに横にいる若い貴婦人をみやった。

「姫様と、こうして飛行船を操縦していると思い出すよ。儂の戦闘機小隊が、哨戒中にドイツ軍機に奇襲されたときのことをね。忘れもしない一九一七年四月のことだ。奴の名はリヒトホーフェン。隊伍をなす機体は、どれもこれも紅い色に染められていた」

「撃墜王レッドバロンのことですね。父がよく話していました」

 船長がハンドルを回した。飛行船は高度を下げていく。

 シナモンを尻目に、ハンドルをもつ船長が遠い目をしていた。


 

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