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中居がつぶやいた。
「ふうっ。紅茶の『あか』は、血の『あか』みたいだなあ」
佐藤が、横から小突く。それから話題を変えて、黄金の髪をした若い貴婦人に訊ねた。
「レディー・シナモン、貴女が飛行船に乗った経緯を教えて下さい。上海にいらしたのはなぜです?」
シナモンが微笑んだ。
「理由は二つあります。一つは、十八歳の誕生日に、父が飛行船搭乗チケットを買い贈ったくれたから。もう一つは……」
その人は、ハンドバックから包み紙を取り出し開いた。
「古い土器の破片ですね? それが何か?」
「私が、東アジアに関心をもったきっかけです」
それは、現在でいうところの加曽利E式と呼ばれる縄文土器だ。縁のところが膨らんで、胴のあたりがしぼんでいた。粘土紐を貼りつけS字文にしていた。
若い貴婦人は続けた。
「子供の頃、実家で催されたパーティーにサトウ卿がお越しになられました。これは、そのとき戴いたものです」
佐藤が目を輝かした。
「サトウ卿? サー・アーネスト・サトウではありませんか?」
「ええ」
中居が口を挟んだ。
「先輩、サー・アーネスト・サトウって誰っすか?」
「サトウといっても俺の親戚じゃないぞ。ヨーロッパにもそういう姓があるんだ。偶然だけどな。元駐日公使で親日家。若いときは幕末の『生麦事件』で通訳として活躍し、明治まで日本にいた。考古学の素養もあり、日本の古墳を調査したんだ」
エドガー博士が不思議そうに土器を眺めた。
「この紋様が日本に? 不思議だ。ヨーロッパでは青銅器時代のケルト人墳墓でレリーフをみたことがある。古代エジプトにもあった」
佐藤は訊いた。
「アールヌーボーの特徴はS字文様。源流は、エジプトにあると訊いたことがあります。レディー・シナモン。貴女が探し求めているものとは、それですか?」
「はい、おっしゃる通りです。私の研究テーマはS字文様の成立時期と伝播経路。その調査目的でアジア諸国を巡っているのです」
「何て壮大なテーマなんだ!」
一同は感嘆した。
シナモンが、佐藤の双眼をのぞき込んだ。悪戯な妖精のような眼差しだ。
「ユーラシア大陸を挟んだエジプトと日本。大陸の西と東の果てにS字文が存在した。イギリスと日本にサトウ姓を名乗る人がいるのも偶然ではないと思います」