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シャワー室から出てきた若い貴婦人が着替えを終えて時計をみると午後四時少し前になっていた。扉を叩く音がした。スチュワートの青年ミシェルが迎えにきたようだ。ドアを開けると、通路には、エドガー博士、それに佐藤と中居もいた。船長室にいく途中、黄金の髪をした若い貴婦人が、のっぽの青年に向き直った。
「まだお名前をおうかがいしてませんでしたわ」
「ミシェルです」
飛行船シルフィーの乗務員は全員男性だ。接客係となるスチュワートは、容姿端麗な青年が選ばれていた。その中にあってミシェルは一際目をひいた。童顔なため、年輩の客たちは、自分の子か孫をみるような眼差しでみたものだった。エドガー博士もその一人だ。
「博士、どうかなさいましたか?」
「いや、君が私の息子によく似ていてね」
博士は歩きながらスーツの内にあったロケットペンダントを開いて、なかの写真をミシェルにみせた。中居ものぞき込む。
「なるほど、ミシェルそっくりだ」
中居のいうようにスチュワートに生き写しで、大きな目が特徴だ。ミシェル青年が博士に訊いた。
「息子さんのお名前は何んと?」
「ユリセスというんだ。画家でロンドンにいる。贅沢しなければどうにか食べていける程度にはなれたようだ」
博士は優しい眼差しでしばらくロケットペンダントを眺めると、大事そうに懐にしまいこんだ。
一行は、上部デッキから螺旋階段を降りて下部デッキに降りた。船長室にいくには、下部デッキから乗務員専用通路を抜けていかねばならない。もちろん一般乗客の出入りは禁じられている。
向こう側の通路は乗務員エリアである。ミシェルがドアを開けて四人を中へ通した。シャワールームの横を通りかかったときのことだ。同僚が、ミシェルの姿をみつけ、裸のまま声をかけてきた。
「やあ、ミシェル」
青年の後に客がついてきた。同僚の男は、一行の中に、若い貴婦人がいるのをみつけ、慌てて前を隠し、奥に引っ込んだ。ミシェルは咳払いした。
「船長に招待された方々だ。粗相のないように――」
佐藤と中居は、シナモンが顔を真っ赤にしているのをみた。
一行は厨房の前を横切った。
通路から丸窓越しに中がみえる。フライパンで忙しく調理するシェフたちがいた。出来上がった料理は、次々とエレベーターのトレイに載せられていく。
ミシェルが誇らしげにいった。
「今、フライパンを手にしたのが料理長。料理長は、三つ星をもらったレストランから引き抜かれてきた人です」
スチュワートが指さした人物は、忙しそうにフライパンを手にしながら、部下のシェフたちにてきぱきと指示を出していた。
通路の先には、乗務員室、医務室と連なっている。
青年が続けた。
「このあたりになると、乗客キャビンのあるゴンドラではなく、完全に飛行船の胴体内部になっています」
一行は船長室の前にきた。