蠱惑的なホテル
母はさびれた、蠱惑的なホテルを経営している。娘がまだ小さな頃からだ。高校生の娘には、このホテルの経営が赤字なのか、それとも黒字なのか見当がつかない。母は計算が得意ではないし、論理というよりも感覚で生きるタイプだから、経営もさほど上手くいってないのだろう。一体どうやって生計を立ててきたのか不思議だ。収入は他にあるはずだった。とにかく、他に仕事をしているにしても、普通の会社員でないことは確かだ。普段は昼近くまで自宅にいるし、数週間も留守にすることだってある。
夏休みにはこのホテルに来るのが決まりだ。ここに来て、ただのんびりするだけ。ナミはホテルにいるよりも、どこか旅行に行きたい、と言ったのだけれど、聞く耳なしだ。旅行は春休みと決まっている。しかも、春休みは二週間もないのにまるまる一ヶ月旅行に連れ出されるのだから、たまったものじゃない。新学期早々欠席しなければならないのだ。学年が変わって初めて登校すると、ナミ以外のクラスメイトは仲良しグループを作ってしまっている。友達づくりに苦労するのは言わずもがなで、母の身勝手さにはやりきれなくなる。