五
子夏は、たしかに頭が切れた。
考えが早い。時には孔子よりはやく答えにいきつく。だが拙速である。必ず途中でとちる。
琴はからきしで、子路に馬鹿にされている。そういう子路も大概の演奏である。
司馬牛は、なんとなく子夏とうまがあった。二人とも頭はいいが、牛は慎重で、子夏は俊敏だからだろう。
牛がくよくよしていると、子夏がなぐさめた。多くは詭弁であるが、気心が伝わって安んずることができる。
「私たちはなんのために諸国を廻っているのだろうなあ」
と、子夏が言った。
「教えを広めて、世を住みよくするためでしょう」
「教えを広めたって悪党は悪党じゃないか」
「それもそうですが」
牛は、兄のことを考えていた。
「しかし、人はみな兄弟です」
「元をたどればな。そういうことらしい。だが師を見ろ」
孔子は琴の音に酔って踊っている。大きな身体が、軽やかに舞う。
「ああいう巨大な人が、私たちみたいな平凡人と同じ根っこをもってるとは思えん。あれこそ天に選ばれた人だ」
「たしかに師の教えが正しく理解されて、世の中に広まるとは思えませんね」
「私たちでさえ、十全に理解できないじゃないか」
「しかし惚れこんで、一緒に舞ってしまう」
「あの人のために命を落としかねんやつもいる。子路のような」
琴を弾いているのは子路である。
ひどい音だ。それでも孔子は軽やかに舞う。
師に舞えぬ音楽はないのだろう。と司馬牛は思った。