5/7
四
孔子はよく笑う人だ、と司馬牛は知った。
何かにつけ豪快に笑う。冗談も言う。教えとして怪力乱神は語らないが、冗談では別である。
「わしだけ蚤に尻をかじられなかったのは、わしの尻だけ天に守られているからだ」
などと真顔で言ってから、弟子たちが神妙に聴いているのをみて、ぷっと吹き出す。
「少しは笑うことも覚えよ」
と困ったように言う。
師は音楽の才能が凄まじい。
顔回との琴の合奏は、息をのむ光景である。
こちらが嗚呼といけば、そちらが応といく。かと思えば即興が旋律を裏切る。生じては絶え、絶えては生じる刹那の節が巧妙に絡んでいる。
顔回も不思議な男である。
いつも恬淡とほほえんでいる。かと思えば、洞察に抜け目がない。
「君はいつも本を読んでいますね」
と司馬牛に言った。
「いちど読めば、覚えてしまいますから」
と誇らしげに答えると、
「どうせ覚えてしまうなら、つまりませんね。また読むのがおもしろいのに」
と言って笑った。
この人もよく笑う、しかし孔子様よりかすかに。と司馬牛は思った。