一
春秋、宋の国の人間はかたくなである。古い国柄を誇って、容易に人を受け容れぬ。
孔子が曹を追われ、宋を訪れたときも、その対応は非礼が過ぎた。
宋の軍務大臣、桓魋が王から受けた命は、次のようなものである。
「政に口を出されると困る。殺さず適当にうっちゃってしまえ」
桓魋は謹んで命を受けた。
まこと、彼はそもそも孔子を好かない。諸国を廻り教えを説いて暮らすのも、その説くところの教えも、彼にはきれいごとにすぎぬと思われた。
夜、孔子と弟子たち一行は、街はずれの大きな木の下に泊していた。
枕元には、草で編んだ犬の人形を、厄払いのためにちょこなんと置いている。
弟子の一人は、その夜、まんじりともしなかった。
「今晩、我らを襲うものがある」
と、師が何げなくつぶやいたのをきいたからだ。
今夜、一行を襲うものがきっとある。それがわかっているのに、当の孔子は大いびきをかいて寝ている。その大胆さというか、己を頼むところというか、その弟子にはどうもすっきりと理解しようがない。
はたして、桓魋は部下を引き連れ、手に手にまさかりを持って大木までやって来た。
「よこしまな考えを言いふらし、世に乱れを起こす詐欺師、孔丘。この国にお前の居場所はない。お前の存在は害悪である。ほれ、いつまでもそこに寝ていると死ぬぞ」
太い声でそう言い放つと、やにわにまさかりで木を刈りはじめた。
「おっしゃるとおり、悪党が来ました。きっとこの国の軍人です。木を切り倒して私たちを殺そうとしている。師よ、早く逃げないと危ない」
と、起きていた弟子は叫んだ。
孔子は片目を猫のようにあけると、うるさそうに手を払った。
木を伐る音はどんどん重く響いてくる。
もう何人かの門人は目を覚まして逃げ出している。
顔回は落ち着いて様子を見ていたが、
「師よ、そろそろお急ぎにならねば」
と言った。
「なに、桓魋ごときが私をどうしようというのだ。天が私に徳をお与えになってくださったのに」
と孔子が眠そうに答えたのを聞いて、桓魋は怒り心頭。
「あの野郎。殺してしまえ!」
と部下に命じた。
寝床に部下が押し入ると、すでに孔子の姿はそこになく、ただ、犬の人形が転がっているだけだった。