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西洋薄雪草は瑠璃に咲く  作者: 花城羽鷺
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●一歩目の扉は唐突に

●一歩目の扉は唐突に


ヴェルドーネ王国という国がある。

他国と比べるとさほど大きな国ではないらしいが、大海に面し、海上貿易と海軍力で着実に力をつけた王制を布く国家である。国を二分する大運河を中心に、細かな水路が国の端々まで巡る、その様はまるで、人の血管にも似ていた。

大陸の中でも商業の中心地であるが故か、街は水音と海鳥の声、そして活気あふれる人々の営みがさざなみのように、昼は押し、夜は返し、息づいている。

大運河沿いには主に商館や宿泊施設、各種ギルドなどが立ち並び、日も昇るころには威勢の良い商売人たちの声が彩を添える。

国内の建造物は全て白を基調とした石造りで、日の鋭い季節などはなかなかたまらないが、夜の闇に淡く浮かび上がる街の光景は荘厳だ。

私がこの街を初めて訪れたのは、今から4年ほど前のことだ。

いや、訪れた、というのは少々語弊がある。ある意味、迷い込んだ、というべきか。


当時、私は日本という国で生活をする一般庶民だった。

自分の好きなことを仕事にしている分、ある意味恵まれてはいたのだろうが、生活も心も将来も、常に不安と不安定がつきまとう。夢は語学力を上げて憧れの海外生活をすること、だったが、生来の自信のなさからくるネガティブ思考で、いつかいつかと踏み出せないまま時が過ぎていた。

変わりたい、現状を変えてみたい、不安を払拭したい、そんな思考ばかりがストレスに名を変えて心身を蝕み始めた、そんな頃のことだ。


いつものアスファルト、いつもの樹木、金木犀の香りがしていたから、秋口だったはずだ。

子供の頃から世話になっている大手総合病院を背に、住宅街へ入り込む細い路地がある。道幅が3メートル程度で両脇に民家が立ち並び、大きな樹木が空を遮って昼でもやや薄暗いが、地元民の生活道であった。

陰鬱だと感じるのは私の心の空模様のせいなのだろう。

漠然と不安に包まれている時、自分で自分を追い詰めている時、外出という細やかな非日常から帰宅という日常へ戻ることの、何と気の重いことか。

何度目かの溜息を自らのつま先に落とし、ふと顔を上げた私は、あり得ない物を見て足を止めた。


<レオネール留学相談所>


路地の出口付近に、昨日まではなかった小綺麗な小屋……という表現もおかしなものだが、そうとしか表現のしようのない建物が佇んでいた。

外壁は明るい色のレンガ作りで、屋根は赤い瓦、扉は木製でやや曇ったガラスがはめ込まれ、ご丁寧に”相談無料”というプレートが掲げられている。日本の閑静な住宅街にはまるで合わない西洋の外観は、一晩で作られたようには到底思えなかった。

そして何より、留学相談所、とはどういうことか。都会のマンションの一室が事務所になっている留学エージェントは見たことがあるが、商売には立地の悪すぎる住宅街の中を選ぶ理由がわからない。

ただ、変わりたいと願いつつも行動できず悶々としていた私の興味を引くには十分だった。


(相談無料なら、話だけでも聞いてみようか……)


何か変わる一歩かもしれない。主に金銭的な面ですぐにとはいかないが、これが自分の変化の第一歩になるならと、なけなしの勇気を手に込めて、私は<レオネール留学相談所>の扉を開いた。


まさか、一歩どころか人生を一変させることになろうとは、知りもせずに……


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