誘蛾灯
は?怖い話?え?体験談ってこと?……木本お前急に何言ってんだ?
……はあ。へえ。怖い話を集めるのが趣味なんだ。ふーん……。
うーん……難しいなあ。あっそこ右折ね。うん。そう。
怖い話ね。悪いけどそんなの俺持ってないよ。霊感とかも全然ないし。金縛りにあったことだってないし……。
あー……。でもそういえばあれがあったか。うわっ急に食いついてくるな……。
いやでも全然怖くないよ?なんか、不思議というか……変だなって話で。そういうのでいいなら話すけど。……いいの?じゃあ話すよ。
えっと。あれ確か二週間前の話で。うん。最近最近。お前の歓迎会やった日の帰りだよ。
……あの時はすいませんはもういいって。新人は歓迎会で調子のっちゃうくらいでいいんだよ。それに俺そういうのをフォローするの、先輩っぽくて好きなんだ。
で。不思議な話だけど。あの日お前二次会でめちゃくちゃ潰れてただろ。十一時くらいからグロッキーで。げーげー吐いてさ。でーそこから1時過ぎの解散までずーっと休憩してたじゃない?
で、それで。お前の体調が多少マシになってところでさ。山本さんと俺とお前でタクシー拾って帰ったでしょ。……ああうん。暫く真っすぐね。多分30分くらいずーっと真っすぐだよ。
それで実はさ。山本さんとお前は帰り路同じ方向だけど。俺、全然逆方向なんだよね。で。お前を降ろして。それから山本さんを降ろして……。
関係ないけどあの時山本さん一円も置いていかなかったんだぜ。そういうところ俺あの人を信用できないっていうか……。いや脱線したな。ごめんごめん。
で。その時俺財布に5千円しかなかったんよ。カード使ってもいいんだけど、酔い冷ましも兼ねてさ。5千円で行けるところまで行って、そこから歩いて帰ろーって。そこの帰り路で見かけた変な家の話なんだよね。
その家、俺んちのアパートからめちゃくちゃ近いところにあるんだよ。昼間はふつーの家。二階建てのただの一軒家。
その日俺はまあまあ楽しい気分で帰っててさ。タクシーで降ろしてもらったところから……30分くらい?歩いて、もうちょっとで帰れるってところで、ふとその家が目に入ったんだよ。なんでかって言うと二階の様子が丸見えだったんだ。カーテンも閉めてなくて電気も点いてたからさ。
人の気配はなかった。見えなかっただけかもしれないけど誰もいなかった。けど本がいっぱい入ってる棚とか灯りの色とか、そういう生活感?みたいなものは丸わかりなんだ。
しかもだよ。これが一部屋なら灯りの消し忘れ、カーテンの閉め忘れで納得いくんだけど。同じ状態の部屋が隣にもう一個あるんだよ。
そう。二部屋丸見えなの。壁で仕切られてるし別の色の灯りが点いてたからあれは間違いなく別の部屋だ。変だろ?ド深夜の1時半だぜ。仮に夜更かししてるにしてもカーテンくらい閉めるだろ。下からだけど部屋の中丸見えだったんだぜ。
一部屋だけそういう状態ならズボラなやつだなーって済んだけどさ……。二部屋並んでたらそれはもう……変だろ。
一階は電気消えてるんだよ。ちゃんと。二階だけ点いてんだよ電気。
だから。変だなーって。俺が帰り路に見かけた変な家の話。な?怖くないだろ。こういう程度の話しか持ってないんだよ俺。
はあ。失敗したな。俺製品デモとかそういうの苦手なんだよ。参ったなあ。
……ああもうっ。やめやめ。今日は早く帰って酒飲んで寝る!失敗した日はそうやって酒で洗い流すに限る!そうだろ、木本!……木本?なんだよさっきから考え込んで。
……ああ。さっきの話か。えっ。まだやるの?だから別に怖い話じゃなくて変だなって話で……。
え?結構怖かった?嘘だろ怖い話ハンターのくせに。どの辺が怖かったんだよ。なにも怖くないだろ。
教えてくれよ。
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取り敢えず僕から言えることは、暫くその家の近く通らない方がいいかもしれないってことと、川崎さんに霊感が全くなくてよかったかもしれないってことです。
なんで?だってその家真夜中にカーテン開けっ放しで電気も点けて……ってやってたんでしょ。外から丸見えだったんでしょ?それも隣り合う二部屋が。
ズボラなだけかもしれないですけど、僕はちょっと違うと思うんです。僕はこれ、人の視線を向けるために敢えてそうしてる気がするんですよね。部屋の中を外にいる誰かに見てもらうためにそうしてるっていうか。
え?なんのため?ははは。川崎さん、そんなの決まってるじゃないですか。
例えば川崎さんみたいに真夜中に外歩いてる奴が灯りに気付いて。川崎さんみたいに部屋を見上げたとして。
もし川崎さんみたいな人と、家の中にいる何かの目と目が合ったら、家の外に連れ出してくれるかもしれないでしょ?
……ヤなこと言うなって?恐縮です。