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清楚系美少女と評判の彼女、本性はただの腹黒女だった。 「ふふ、次の標的はアイツね」教室の隅で読書に励む超絶陰キャぼっち君を籠絡しようと企むも、徐々に自分の方が彼に惹かれ、メロメロになるようです。

作者: 黒髪

 私の名前は伊織皐月(イオリサツキ)

 何処にでも居る普通の女子高生では……ないわね。


 この際だからはっきりと言いましょう。

 私は世界で一番可愛い。正直言って、超絶可愛い。

 あ、本当に嘘じゃないわよ。今日の朝だって、鏡を見て「あぁーどうして私はこんなに可愛いの?」と自問自答したし。

 結論は、前世の私がマザーテレサよりも善行を積んだからということにしたけど、多分間違いではないわ。確信済みよ。


 あーと。

 一応言っておくけど、ナルシストとか、勘違いとかじゃないわ。


 本当に可愛い、女神(私)に誓っていいわ。


 今、私は学校へと向かう為に歩いているのだけど。

 周囲の方々からの羨望の眼差しと称賛の声で溢れてるわ。


「だ、誰だぁ!! あ、あの美少女はっ!?」


 通行人A。ありがとう、その反応を待ってたのよ。

 でも、まぁーもう少し表現に幅がないの?

 美少女と言われても分からないでしょ?


 一流の機織り職人が編んだ黒髪。

 一度も日焼けをしたことがない白い肌。

 とか、もっと他の言い方があったと思うんだけど。


「あの人……も、モデル? それとも女優さん?」


 通行人B。同じ女性としての立場から言わせて貰うわ。

 素直に超可愛い私を褒める勇気を褒め称えてあげる。

 ちょっと捻くれた人なら、「え? そんなに可愛くないよねー」とか言いたくなるもんね。

 でも正直に言えて、よくできました。ハナマルをプレゼントするわ。


「伊織様だ。お前ら、頭が高いぞ。全員敬礼ー!?」


 通行人Cとそのお仲間達。この反応があるべき姿。

 私が街を歩く際には、毎日敬礼して欲しいわ。

 というか、同じ空気を吸えて良かったーと、涙を流すべきよ。

 それが普通。分かったわね、今後はそうして頂戴。


「伊織様の笑顔が美しい……あぁー踏まれたい」


 通行人D。気持ちは分かるが、口に出したらダメよ。

 変人扱いされるから。

 あ、ほら……もう周りドン引きしてるじゃない。

 白い目で見られてるけど、ちょっと心配だわ。

 これからも、私の為だけに生きてね。よろしくー。


 って、ちょっと待って。

 あの中肉中背で、如何にもモテなさそうなオーラは。

 ぜ、絶対に……アレは相川竜彦(あいかわたつひこ)!?


 普段からマスク着用し、風邪でも引いてるのか不安になる。

 黒の眼鏡を掛けているが、目元が隠れるほどに伸びきった前髪があるので、果たして本当に前が見えているか心配だ。


 でも、どうしてあんな冴えない格好をしてるんだろ。

 不思議だなー。


 今日は大変都合が良いわ。

 アイツはこの時間帯に家を出るのね。

 ふむふむ、これからは私もこの時間帯に家を出て、竜彦くんと……って、待て待て。

 アイツがペースを乱されるのよ。私がペースを乱すんじゃなくて。

 ていうか、喋りかける前に、私の方がペース乱されてるんですけど。

 よしっ、今日という今日は絶対、メロメロにしてあげるんだからぁ!


竜彦(たつひこ)くん〜〜〜〜〜〜!? 一緒に学校行こ」


 大声で叫び、駆け足で寄ってあげたのに。

 完全無視でスタスタ歩いているんですけどー。

 一体どういうことよ。

 この私、伊織皐月が直々に声を掛けているのに。それなのにー。

 どれだけ侮辱するつもりなのよ。


「い、いいじゃない……あ、アンタがその気ならわ、私だって……」


『私、竜彦くんと一緒に学校に行きたいなぁー』


 撫で声で言ってみたけど、はい完全無視ー。アウトオブ眼中ですー。


『わ、私と……そ、その一緒に学校行ってくれるなら、え、えっちなこと、し、してもいいよ……ちょ、ちょっとだけなら』


 色仕掛け作戦はどうよ。それも上目遣いよ。

 どんな男でもこれなら……はぁーい、無理でしたぁー。

 絶対にコイツ、男じゃない。本当にチ○ポ付いてるの??


 結局、私のアピールは全部無駄。全く効果なし。

 本当に腹立つんだけど。

 普通こんなモブキャラの分際が私みたいな美少女に喋り掛けられるだけでも有り難い幸せなはずなのにー。それをあろうことか、無視って。


 学校に到着し、プンプン気分でスリッパに履き替えていると。


「おはよう。伊織さん」


 ど、どうしてよ。どうしてなのよ。

 ずっと私が喋り掛けていたのに、その時は完全無視。

 で、今更声を掛けてくんのよ、この忌々しい奴は!?

 超絶ムカつくのに。超絶腹が立つけど。

 で、でも……何か物凄く嬉しいんだけどーー!?

 顔をクルッと回転させて、超絶可愛い笑みを浮かべて。


「おはよう、竜彦くん」


 今更気付いたけど、竜彦くん、イヤホン外してるー!?

 もしかして……今まで私がずっとアピールしてたけど、それに気付かなかったのって爆音で音楽を聴いてたとか?

 あーそれなら納得だわ。雑音を消す機能とかあるっぽいし。

 何だか、ものすごーく、とってもとってもスッキリしたぁー。


 というわけで、竜彦くんと一緒に教室に行くことにしたのだが、何だか妙に心臓がドクンドクン鳴ってるんだけど。

 ちょっと待って、本気で無理。何よ、こ、これは。

 おかしいでしょ。他の男子と歩いてても何も思わないのにー。

 ていうか、私がこんなにドキドキしているのよ。

 この男なんて、顔を真っ赤にして、「伊織さんと教室を歩けるなんて光栄だ。ベロで床磨きしてもいい」とか思ってるに違いない。

 と、考えて、横を確認してみたけど、全然そんな素振り見せず、鬱陶しそうに、手をブンブンと振っているんだけど。

 私の視線に気付いたのか、彼は何の躊躇いもなく言った。


「今日の登校中さ、突然蚊が出てきたんだよ。ずっと俺の耳周りでうるさかったんだよなぁー。伊織さんの方は大丈夫だったか?」

「蚊……蚊……」


 はぁああああああああああああああぁ。

 どれだけ私を馬鹿にすれば気が済むのよーーーー。

 折角、私が頑張ってアピールしてたのに。

 それを蚊の鳴き声と勘違いするなんて……ぜ、絶対に。


「覚悟しておきなさい」


 ビシッと指を指し、涙が出てくる目を押さえながら。


「も、もう……絶対にアンタだけは私が全力で落とすんだから!?」


 突然言われて「?」みたいな表情をしてるけど、許しませんー。

 私をコケにしたことを絶対に後悔させてあげるわ。

 アンタが私にメロメロになっても、私は知らんぷりしてやる。

 ぜ、絶対にしてあげるんだからあああああああああ!?


***


 私と竜彦君は窓側の席の前後ろだ。

 ちなみに、前が竜彦君で、私が後ろ。

 抱きつこうと思えば、いつでもできる位置だ。

 普段から素っ気ない態度を見せてくるけど、私が一度(ひとたび)彼に抱きついてみなさいよ。

 直ぐに瞳をハートマークに変え、メロメロにできるはず。


「うっふふっふふ……お、覚えてなさいよ。相川竜彦……」

「覚えとけよと言われても困るんだが……?」

「あうっ!?」


 後ろを振り向いて、彼が喋り掛けてきた。

 ていうか、私のバカバカ。どうして声を漏らしちゃうのよ。

 あーもう、清楚系美少女を演じてる身なのにー。もうもう。

 ていうか、何なの。

 あうっって、あうって……可愛いかもだけど、あざとすぎない?


「ていうかさ、さっきのアンタを落とすって何のことだ? 深く考えてみたんだが、俺、伊織さんに何か悪いこととかしたっけ?」


 重罪よ、重罪。

 私の気持ちを察して——って、違う違う。

 別に、私はコイツのことが好きじゃないの。

 ただ、超絶可愛い私を蔑ろにするのは、超絶罪が重いのよ。

 とか、私が言えるわけもなく、ただただ黙り込むしかなかった。


「伊織さんさ、何か悩んでいるな—————」


 彼の言葉は途中で掻き消されてしまった。

 半被を来た連中が来たのだ。

 何処のお祭り会場から来たのーとツッコミたくなる。


「伊織様、ぼ、僕たちにできることはありませんか?」


 伊織皐月親衛隊の皆様だ。

 彼らには三ヶ条があるらしい。


①私の可愛さを公布。

②私の身の安全を守る。

③伊織様の気持ちを尊重する。


 あ、竜彦君、教室を出て行っちゃった。

 何か言いたげにしてたけど、言いたいことあったのかな?

 でも途中で話を遮られて、彼がちょっとだけ私を心配そうに見てくれた。ちょっと……う、嬉しかったかも……って、何言ってるの!?


「うっ!? な、何だ、伊織様がデレてる!? 我らの気持ちが伝わったのだなぁ!? お、お美しい。こ、この姿、一枚写真におさまねば!?」


 親衛隊の皆様には感謝してるけど、本当にごめん。

 あなた達の力で、私が笑ったわけではありません。ごめんなさい。


「写真一枚だけだよ。もうぉー、今日だけだからね!?」


 ビシッと言いつけると、彼等は嬉しそうにコクコクと頷いてくれた。

 親衛隊の皆様と共に楽しく写真撮影をしていると。

 明らかに嫌悪感丸出しで、攻撃的な声が聞こえてきた。


「うわぁーまたやってるよ。アイツ、自分可愛いからって調子乗ってるよね」

「うんうん。生まれた時点で勝ち組だっただけじゃんね。本当、親に感謝しろって感じー。ていうか、何? アイツ、姫様振ってるのかしら」

「あーそうそう。あーいうのってさ、オタサーの姫とか言うんでしょ? マジでうけるんですけどー」

「女子から嫌われてるから、必死に男子に媚び売っててマジでキモいわ」


 そうだよね……私はただ可愛いだけ。生まれ付き可愛いだけ。

 そのせいで……そのせいで……周りから蔑ろにされて………。


「い、伊織様……? どうかしましたか?」


 親衛隊の皆様が優しい声を掛けてくれ、私は気を取り直して、もう一度写真撮影に励むのであった。

 彼等が言うには、校内の掲示板に私の写真を貼り付けるのだと。

 その美貌を多くの人たちに知ってもらうのはこれしかないのだとか。

 うーん、ちょっとやりすぎかなーとか思うけど……まぁーいっか。


***


 昼休みが来た。

 唯一の安らぎ時だ。

 教室内ではあんまり素の自分をさらけだせないし。

 と言えど、その前に、私には試練が与えられているのだけど。


「伊織様、僕たち親衛隊と一緒にお昼などはどうでしょうか?」


 嬉しい話だが、私は断ることにした。

 普段は一緒に食べることもあるけど、何かと気を遣うし。

 超絶美少女で、人気者な『伊織皐月』を演じるのは大変なのだ。

 欺くして、私はお弁当箱を持って、いつも通り屋上へと向かった。


「もうさー。聞いてよ。今日はさー、またクラスの雌猿連中から悪口言われてさー。もう本当に腹が立ったんだけどー。あーもうむかつく!?」

『それは皐月ちゃんが可愛いからだよ。嫉妬してるんじゃないかな?』

「あーそうかも。どうせ、自分が好きな人が、私のことを好きでーみたいな感じでしょうね。あーもう本当、ざまぁーって感じなんですけどー」

『言い過ぎだよ、皐月ちゃんは』

「本当優しいよねー。葉月(はづき)ちゃんは」


 あっははははと最愛の親友と共に会話を交え、私は弁当を食べた。

 やはり屋上というのはいいものだ。

 ストレス発散が思う存分にできるから。誰にも見つからずに。


 よしっ。

 そろそろ歯磨きでもして教室へ戻ろう。

 そう思って、私が立ちあがって、タンクから降りると。

 見覚えがある人影が大の字に寝そべっていた。


「えっ!? どうして竜彦君がここに居るの?」

「んー? あ、伊織さんか」


 彼は目を半開きにして、眩しそうだった。

 マスク姿の彼しか見たことなかったけど、鼻筋も通っているし、薄い口元からは真っ白な歯が見えている。


「どうしてって? 俺が屋上に居たらダメなのか?」

「別にダメってわけじゃないけど……」

「あ、それよりも、どうしていつも一人で喋ってるんだ?」

「うわああああああああああああああああああああああ」


 知らないと思っていたのに。

 寝ていて気付いてないと思ってたのに。

 完全にバレちゃってるーーーーーーーー!?


「もしかしてマズかった……?」

「だだだだ、大丈夫。あ、あれはイマジナリーフレンドの葉月ちゃんと喋ってたの。あははは……ご、ごめん」


 バレた。絶対キモいと思われるに決まってる。

 葉月ちゃんは、この世界に存在しない。

 でも、私には一番の親友であり、良き理解者だ。

 どんなときでも私の味方で支えてくれるのだから。


「なるほどな。そうやってストレス発散してるわけだ」


 何もかも全てを見透かしたかのように、竜彦君は笑いながら。


「伊織さん、表の顔と裏の顔、全然違うもんな」

「えっ……?」

「あー実はさ、結構前からここに出入りしてたんだ。俺」

「ゲゲッ!?」

「正直、伊織さんが清楚系を演じてるけど、実際は腹黒ってこと知ってるよ、俺。まぁー最初は引いたけど、今では人間臭くて良いと思うけどな」


 彼は続けて言った。


「逆に演じてるときの伊織さんって何か辛そうに見えるし。さっさと素の自分を曝け出したらどうだ? 演じるの大変だろ?」


 他人事ね、私のことなんて全然分かってない。

 彼は分かってないのよ。

 美少女だからというレッテルで、どれだけ期待されるのか。

 美少女だからというだけで、偏見の目で見られることを。


——伊織ちゃんってさ、可愛いけど、性格がゴミだよね——

——態度が横暴だし、アイツとか友達とかいないでしょ——


「竜彦君は何も分からないから無責任なこと言えるんだよ!?」


 私が大きな声で批判してきたのを見て、彼は口元を僅かに上げ、トントンとコンクリート床を叩いた。


「とりあえず、お前も大きな空を見てみろよ。バカらしく思えるぜ」

「わ、私は……伊織皐月よ、そ、そんなことできるはずが……そ、それにスカート履いてるし、だ、誰かに見られたら……」

「まぁまぁー良いから良いから。見てみろって」


 押し切られる形で、私も大の字に寝そべってみた。

 最初はスカートを押さえていたけど、途中からはそんなことを考える暇さえ無かった。

 雲一つない青い空。

 今まで屋上でお昼を取っていたのに全く気付かなかった。

 どうして気付かなかったんだろうか。


「天気で喩えるなら、演じてる伊織さんは晴れかもしれない。多くの人に良い人だと思われることだろうな。でもさ、天気と同様に、人間だって、偶には怒ったり、悲しんだりするのが当たり前じゃないか?」


 私の隣で寝そべる彼はただ静かに続けて。


「だからさ、自分の感情を押し殺す必要とかないんじゃないかな?」


 必死に説得してくれたけど、私は納得することができなかった。

 彼の言葉は物凄く響いたし、正論だなと思う箇所があったけれど。

 それでも——私は演じないとダメなのだ。

 素の自分を曝け出してしまったら、そしたら私は皆から見放されてしまう。


***


 空を見上げていると、時間の流れは早く、直ぐにチャイムが鳴った。

 雲の流れは遅いのに不思議なものだ。


「あー今日歯磨きできなかった。竜彦君のせいだよ」


 理不尽な不満をぶつけられたのに、彼は全然動じなかった。

 ただ、私がわがままな子に見えるのが若干嫌だなぁー。


「ほら、ガム。多少はマシになるだろ」

「あ、ありがとう」


 竜彦君からの初めてのプレゼントだった。

 これはお家に持って帰り、大切な物入れに——って、待て待て。

 何を私は意識してるんだ。

 そもそも、食べ物は早めに食べるに限る。腐った時点でアウトだ。


「もしかしてレモン味は苦手だったか? ブルーベリーもあるけど」

「これで良いわ。ていうか、これが良いの」


 銀色の包装紙を開き、黄色のガムを食べてみる。

 ちょっと酸っぱくて、でも甘くて、何処か切ない味だった。


***


「それでわざわざLIMEのクラスグループからわざわざ追加し、唯一の安らぎどきである休日に、俺を呼び出して何のつもりだ、伊織さん」

「ガムのお礼だよ、お礼ッ!?」

「お礼だと言うなら、俺に休日をくれ」

「ダメよ。私の本性を知った以上口止めしないと」

「あーそのことなら安心しろ。お前が空想上の友達と楽しく会話している残念な女だと教えられる友達さえ居ないんだからさ」


 相川竜彦は、確かに友達が誰一人居ない。

 自分の机にじっと座り、本を読んでいるか、寝ているだけだ。

 時折、昼休みには屋上に来て、ゆっくりと寝そべってるし。


「それならどうして来てくれたの? 来なくても良かったのに」

「心配だからだよ(俺の身が)」


 やっぱり私のこと、心配なんだね。

 うんうん、やっぱり少しずつ竜彦君は私に惚れてる!?

 でもね、私はしらばっくれるのだ。


「そんなに心配になったの?」

「当たり前だ!?」


『皐月:日曜日11時、駅前集合。相談があります』

『皐月:来てくれないと悲しいです』

『皐月:絶対に来てくれますよね? 既読付けて下さい』

『皐月:見てますよね? 早く連絡を下さい。今直ぐに』

『皐月:気付いているのに返事を返さないって重罪ですよ?』


「思い返してみたけど、普通だったよ?」

「自分が病んでると自覚してくれ」


 竜彦君は腕時計を確認し、それから私の顔を見て。


「悪いが、今日は14時までだ」

「何かあるの?」

「バイトがあるんだよ」

「何のバイト?」

「女の子をキャーキャー言わせる仕事かな?」


 と言われても、全然分からない。

 うーむ、キャキャー言わせる仕事って何だろ?

 竜彦君って、地味にスタイルが良いんだよねー。


「お化け屋敷のいったんもめん役でしょ? 全体的に色白だし」

「まぁー似たようなもんだ」


 微笑みながら吐き捨てた竜彦君の腕を掴んで、私は歩き始める。


「あのさ、いつもマスクと眼鏡掛けてるけどどうして?」

「大した理由はないよ。ただ、花粉症なだけだ」

「ふーん。竜彦君、マスク外して、コンタクトにしたらモテると思う」

「それぐらい知ってる。でも学校ではゆっくりしておきたいんだよ」

「ちょっと自意識過剰じゃない?」

「お前には一番言われたくないんだが?」

「まぁーそれもそっか」


 近場のファストフードでお昼を済ませた。

 一番行ってみたかった、牛丼チェーン店に行った。

 普段はこんな場所行けないし。清楚系美少女を演じるの面倒だな。

 横側をチラリと見遣る。

 やっぱり、竜彦君はマスク外してた方がカッコいいと思う。


「ん? 何か、俺の顔に付いてるか?」

「幸せですーと言う文字がね」

「残念だが、この世界で一番の、が抜けてるぞ」

「ちょっとそれは言い過ぎじゃない? 牛丼で」

「料理ってのは何を食べるかじゃなくて、誰と食べるかじゃね?」


 思わず、咳き込んでしまった。

 もう突然何を言い出すわけ。

 ていうか、今日の竜彦君は一段と強い。滅茶苦茶強いんですけど!?


「それで腹ごしらえは終わったが、こっからどうするんだ?」

「今から雑貨屋さんに行きます」

「へぇー何を買うんだよ」

「竜彦君へのお礼だよ」

「お、俺の?」

「そう。というわけで、行くよ」

「お、ちょっと待て。腕を引くな、腕を!?」


 嫌々ながらも面倒見が良い彼は、私に付いて来てくれた。

 雑貨屋さんに到着し、各々が気になる品を物色した。

 可愛いとか実用性があるとか言い合えて楽しかった。

 買い物を済ませた私は彼の元へと戻って、紙袋を渡した。


「はい、竜彦君へのプレゼントだよ」

「中身はもう知ってるけどな。でもガム一つでブックカバーってのは、飛んだわらしべ長者だな」

「竜彦君、ずっと読書してるから使えるかなーと思ってね」

「ありがとう。早速今日から使わせてもらうよ」


 それから、私たちは街をぶらりぶらりと歩いていた。

 そのときだ。

 私の視界に入った、ガチャポンに惹かれてしまった。


「ペンペンランドのペンタくんだぁ!?」


 思わず、小学生みたいに声を出してしまう。

 あ、しまった。隣に竜彦君も居るのにー。

 もうー最悪。

 伊織皐月が子供っぽい趣味があるって思われるの嫌だなぁー。


「もしかして、伊織さん。ペンペンランド好きなの?」

「べ、別に好きじゃないから。高校生よ。あんなお子様キャラ」

「ふーん。それにしては興味津々みたいだけど?」

「ゲッ!? そ、それは……」


 何やってんだ、私。ガチャポン前で張り付いてるし。


「わ、悪かったわね。ペンペンランドは大好きなのよ」

「へぇー。伊織さんもそんな趣味を持ってたんだ」

「うう……良いでしょ、私のことは。ほらぁ、次のお店に行くわよ」


 後ろを振り向くことなく、私は歩き始める。

 鏡を見なくても分かる。絶対に顔が赤い。ていうか、熱い。


「ほら、伊織さん」


 肩を叩かれて振り向くと、彼の手にはペンタくんのもふもふストラップ。私が一番欲しかったものだ。あーもう先越されたかぁ!?


「ふーん。せ、性格悪いわね。私に見せびらしてるんでしょ?」


 もうぉぉおー。どうせ私に自慢してるんだ。欲しいよ、欲しい!?


「伊織さんにあげようと思ってね。さっきのお礼。ガム一枚じゃ割りに合わないと思うから、受け取ってよ」


「良いの……? あとから、やっぱりなしは禁止だよ?」

「良いよ。元々、伊織さんに回したわけだし」

「な、何よ……ペンタくんが出なかったどうするの?」

「出るまで回すつもりだったよ。伊織さんの笑顔が見られるならね」


 だからね、竜彦君。

 アンタはどうして平気な顔でそんなことを言えるのよ。

 こっちはもう……あああああああああああ別に、私は全然惚れてませんから。惚れてませーん。通常営業の伊織皐月です。うんうん、平常心。


 その後、私と竜彦君は、14時になるまで遊び尽くした。

 最初は嫌嫌だった彼も、途中から笑みが漏れてたな。

 やっぱり、竜彦君……私に惚れてるのかな?

 うふふ、それなら良いわね。この調子よ、頑張れ、私!?


「今日はありがとう。楽しかったよ、伊織さんのおかげで」

「こちらこそ、ありがとうね。思う存分楽しめた、それとペンタくんも」

「俺も存分楽しめたよ。伊織さんが本当に笑う姿が見れてね」


 確かに、今日は自然と笑えてたかも。普段は愛想笑いばかりだし。

 それもこれも竜彦君のおかげなんだけどね。あーもう、って違う!?


「今からバイトだよね? 頑張ってね」

「あぁー頑張ってくるよ。俺、伊織さんのおかげで————」


 突然電話が鳴り、竜彦君は電話に出た。

 普段の彼とは違い、いつにもなく真剣な表情。


「あ、はい。分かりました。直ぐに向かいます。は、はい……わ、分かってますよ。できるだけ人目は気にして行動してます」


 電話を切り終わった後、竜彦君は深い溜め息を吐いた。


「仕事に来いってさ。お客様を待たせてるからって」

「それじゃあ。急いで行かないと!?」

「本当ならもっと伊織さんと居たかったんだけどなぁー」


 そう寂しそうに言い放ち、竜彦君は手を振り走り去って行った。

 私は彼の後ろ姿を追いかけつつ、心臓がバクバクしていることに気付く。あーもうどうして……あんな奴に、私がドキドキしてんのよ!?


「あ、そうだ。竜彦君が面白いと言ってた本買いに行こうかな」


 名前は何だったけ? 確か……鴨川恵太だったけ?


 本屋さんに寄り、目当ての小説を無事購入した。

『帰って来た超天才作家が描く、本気で泣ける一作』とキャッチコピーされてたけど、信用はできない。

 似たように宣伝されてる作品を読んだが、全然泣けなかったし。

 元々、宣伝段階でハードル高くしてるだけだと思うんだけどなー。


「あぁーもう!? 最高なんですけどー。今日のリュウ様、超超超超カッコ良かったんですけどどどっどどどどどどどど!?」

「ちょっと待ってよ。リュウ様は、アタシのものだしー。勝手に取らないでよ。他にも、ルーナレクスのメンバーカッコいい人居るじゃん」

「いや、確かにルナレクは全員良いけど、リュウ様のあの闇を抱えてる感じが最高なのッ!? 本当、学校の男子共とは大違いッ!?」


 うわぁー。

 一番見たくない連中だ。

 いつも私の悪口ばっかり言ってる人たち。

 ちょっと隠れないと。また嫌な目に遭いそうだし。

 確か、あの二人、男性アイドルに興味があってのめり込んでるだっけ?

 いつも教室で馬鹿デカい声で、そのルーナレクス(略して、ルナレク)の話をしてるんだよなー。今日はそのライブでもあったのかな??


***


「ううう……な、泣けるんだけど、超絶泣けるんですけどー!?」


 自宅に帰って来た私は、早速竜彦君が薦めていた本を読んだ。

 ていうか、気付けば、最後まで読み終えてしまっていた。

 正直、生まれて初めてかもしれない。こんなに熱中したのは。


「た、竜彦君のバカ……も、もう泣いちゃったじゃん。私を泣かせて」


 ポツリと呟き、私は学校の鞄に付けたペンタくんを指先で突つく。

 別に、深い意味はない。

 ただ貰った以上は付けないとダメかなと思っただけだ。


「竜彦君も、私があげたブックカバー使ってくれてるかな?」


 彼の姿を思い浮かべる。

 私の前の席に座り、黙々と読書に励む彼のことを。

 でも、手に持つ彼の本には、私が買ったカバーが付いてて。


「うわあああああああああああああああああああ。どうして、私アイツのことばっかり考えてんのよ……もうもうバッカみたい!!!!」



***


 デートって呼んでもいいのかな。

 一先ず、男の子と女の子で遊びに行けば、それはデートだと思いたい系の私はそう呼ばせてもらうけれど、その日以来、私と竜彦君の関係性は着着と深まって行った。

 別段、教室内で喋ることはないのだが、ふとした時に屋上へ向かうと、彼は必ず居て、私の面倒な話にも付き合ってくれた。


 相川竜彦。

 彼と一緒に居るだけで、自分の心が満たされてる気がする。

 心地良さを感じるのだ。自然体を貫き通せるからかな?


 欺くして、今日も私は前列に座る彼に会う為に、わざわざ屋上へと連なるドアを開くのであった。

 普通に教室で喋ればいいのに……私たちってバカなのかな??

 竜彦君は壁に背中を預けて座り、昼食を取っていた。

 そんな彼の元へと駆け寄り、私は溜め息を吐いて。


「今日もパンと豆乳? 栄養が偏るよ」

「パンと言っても、今日は焼きそばパンだから」


 具のことを言ってるのかな? 野菜も食べてますよーって。


「そーいう問題じゃないんだけどぉ。男の子はもっと食べないと」

「と言われてもなぁー。学食は人が多いし、購買部のパンが安いし」

「青春真っ盛りの男子がパン一個で腹が満たされるかァ!? クッキー一枚で十分とか言い出す女よりも、信憑性ねぇーよ!?」

「……余ったお金は読書代に使いたいし」

「はぁー」


 思わず、私は顔を顰めてしまう。

 やっぱり竜彦君はこーいう人なんだって。

 後ろに隠していた手を前へと持っていき、私は言った。


「はい。お弁当作ってあげたから。た、食べていいわよ」

「えっ……?」

「何、その信じられませんみたいな顔は?」

「いや……伊織さんって弁当とか作るタイプだったんだって」

「こーう見えても、伊織家の食卓を担っている一人なんだけど」


 お母さんが仕事入ってる時は、私が代わりに作ってるし。


「食べたくないなら、私が食べるから良いわ」

「いやいやいや、伊織さんが作ってくれたなら食べるよ」

「そ、そう……それなら良かった」


 ほっと一安心。食べる前に断られる展開はなくなった。

 もしかしたら、俺パン派だからと言われる可能性も無きにしも非ずだったし、第一関門はクリア。問題は、彼の舌を唸らせるかどうか。


「うわぁー。す、す……凄いね。天ぷらに、揚げ物まで……」


 弁当箱をパカリと開いた竜彦君は声を漏らした。

 当たり前よ。

 今日の為に、私がどれだけメニューを悩んだものか。


 鶏とごぼうの炊き込みごはん

 鶏の唐揚げ

 海老と野菜の天ぷら(ナス、ピーマン、カボチャ)

 玉子焼き

 きゅうりの浅漬け

 ポテトサラダ(スパゲティサラダと死ぬほど悩んだ)

 味噌汁(魔法瓶を使用し、温度の調節は完璧)


「冷蔵庫に余ってたから使っただけよ。普段はもっと質素よ」

「そうだよな……毎日こんな弁当ならお金が保たないよな」


 竜彦君はそう呟いた後、何かに気付いたのか、私の顔を見て。


「油で揚げたってことは、相当時間掛かったよね? 朝早くから?」


 意外と勘が鋭いタイプ。直ぐに見破られてしまった。

 普段よりも一時間早く起きて作ったのは確かだけど。

 あんまり知られたくなかった。心配かけたら不味くなるし。


「別に大したことじゃないわ。私、朝のジョギングが日課だから」


 最近は幸せ太りしてたから始めただけだけどね。

 まぁーでも美少女を演じる私としては、スタイル維持は重要だし。

 中学時代の頃は毎日やってたし、早起きするのは特に苦ではない。


「何か、ごめん。悪かったな」

「謝らない」

「…………」

「謝る代わりに美味しいって言ってくれた方が百倍嬉しいわ。あ、でもお世辞で美味しいとか言ったらぶっ飛ばすけどね」


 恐る恐ると言った感じで、竜彦君はパクリとご飯を食べると、目付きを豹変させた。美味いと言ってくれれば良いんだけど、全く言うことなく、ただパクパクと食べるのみ。よっぽどお腹が空いてたのかな?

 捨てられた子猫や子犬が久々の食にありつき、爆食する姿に見えないこともないんだけど。


 ぐううぅー。私の腹の虫が鳴き、一瞬焦ったけど、竜彦君は全然気付いてないみたい。良かった。とりあえず、私も食べよ。お腹空いたし。


「ぷはぁー。伊織さんって凄いんだな。いつも美味そうな弁当だと思ってたけど、実際に食べてみると、その想像を遥かに越えてくるんだからさ」


 食った食ったと言いながら、彼はお腹を撫で回した。

 ご満悦そうだ。早起きして作った甲斐があったかも。


「良いことを教えてあげる。伊織皐月と一緒にお弁当を食べた男の子は数知れず居るけれど、私のお弁当を食べられた男の子は、竜彦君だけだよ」

「なるほど……俺は特別だってわけか?」

「べ、別に……深い意味はありません」

「へぇー。深い意味があったら嬉しかったんだけどなぁー」


 だから何なのよ、この男は。毎回毎回、思わせ振りな発言をして。

 一体どれだけ私の心を弄べば気が済むわけ? もうぉー。許さない。


「最近伊織さんって印象変わったよな?」

「そうかな……何か変わった?」

「うん。前よりも、かなーり明るくなったと思うよ」


 あと、と指先を立てて。


「笑顔が多くなった」

「そ、それは……た、多分」


 竜彦君が居るからだよって言いたい。

 竜彦君の側に居て、自然と笑みが漏れるからって。

 って、待て待て。冷静になるのよ、私!?

 これはただの錯覚よ。恋じゃないわ。

 私がこんな奴に惹かれてるなんて、そんなのありえない!?


***


「あーもう今日も歯磨きできなかった………」


 肩を落として教室へと歩を進める私に対して。


「ほらこれでも食えよ」


 竜彦君はいつも通りガムを渡してくれた。

 本日はストロベリー。意外と味には拘らないタイプみたい。

 私が買う際には、ピーチの一択なんだけどなー。


「あ、ありがとう」


 有り難くガムを頂戴しながらも、心の中はモヤモヤ状態。

 伊織皐月は清楚系美少女と思われているのだ。それなのに、ご飯を食べた後に歯磨きをしてないなど、トイレに行ってお尻を拭いていないと同じなのだ。(それは言い過ぎかもしれないけど)


『伊織様の歯を見てよー。海苔が付いてるー』

『ぷぷぷ、うわぁー。アイツって歯磨きしてないんだー』


 とか思われたらどうしよう。

 皆の美少女——伊織皐月像が壊れてしまうのだ。

 もうもう最悪。それだけは絶対に避けないといけないのにー。


「竜彦君ってさ、歯磨きとかしないの?」

「あーしてるよ。毎日四回、五回ぐらい」

「お昼はしてないじゃん。てか、多すぎでしょ」

「伊織さんと喋ってた方が有意義だなと思って」

「私だって楽しいけど……歯磨きも大事だし」

「でも、俺の勝ちだな。現に歯磨き行ってないし」

「威張るな。ていうか、比べるな。張り合うな」

「俺と歯磨きとどっちが大切なの?」

「アンタは新婚の妻か!? 家族か、仕事みたいに言うな!」


 ちょ、ちょっと待って。

 今気付いたけど、生徒たちの視線が突き刺さる。

 私の方をジィーと見ているのだ。

 あ、そっか。普段は演じてるから、周りの人達は私がツッコンだりする姿を見るのは新鮮なのかも。

 あと、今気付いたんだけど、私って竜彦君と居る時は自然体かも。


「って、ありえないありえない。そんなん、絶対にありえない」


 って、私は何を思ってるんだか。本当バカみたい。

 私は、あの伊織皐月よ。世界一可愛い女の子なのよ。

 そんな私が——見るからに、超絶陰キャ男と一緒に居ると落ち着く?


「ないないー。そんなの絶対にないもんー」


 思わず、赤くなった頬を隠す為に、両手で覆ってしまう。

 と、前方が何だか妙に騒がしく、ふと見ると、人集りがあった。

 一体何が起きたんだろうかと興味を唆られた私が向かうと。


「だ、誰がこんな酷いことを!?」

「絶対にこれだけは伊織様には内緒だぞ、良いな。親衛隊の皆んな!」


 親衛隊の人たちと一緒に撮影した写真に落書きを施されていたのだ。

 それも、私の顔に。

 ボールペンで顔を塗りつぶし、目の部分は穴ができてしまっている。

 注目すべき点は他にもある。

『ヤリマン』『男を誑かす悪魔』『援交願望』などなど、品位を疑ってしまう言葉が、私の周りに書かれており、矢印を向けられているのだ。


「い、伊織様ッ!?」


 親衛隊は私の顔を見るなり、申し訳なさそうに頭を下げてしまう。

 彼等は全く悪くない。ただ自分の好きを布教したかっただけなのに。


「大丈夫だよ、私は全然気にしてないから」

「そ、それでも……ぼ、僕たちが伊織様の写真を」

「何も悪くないわ。こーいうのには慣れてるから安心して」


 全然気にしてない感を出し、私は人集りを避け、教室へと急いだ。

 その後ろを追いかけるように、竜彦君も付いてきた。

 そして、彼は静かに言った。


「さっきの嘘だろ?」

「本当よ。私は可愛いから結構あーいう目には遭うのよ」


 振り向くことはなく、私はスタスタと歩きながら。


「ほら、授業が始まるわ。早く行くわよ」

「ちょっと待てよ!?」


 肩を掴まれ、そのまま振り向かせられた。

 彼の表情はいつになく真剣だった。


「慣れてはないだろ?」

「えっ……? ど、どうしてそんなことを」

「愛想笑いだし。足が竦んでるし。見たら、誰だって分かるよ」


 私の気持ちには鈍い癖に、どうしてコイツはこんなときだけ。

 胸が苦しい。怖い。物凄く助けて欲しい。

 でもここで私が誰かに頼ってしまうと、負けた気がしてしまう。

 今まで一人で頑張ってきた自分を否定してしまう。それだけは嫌だ。


「だ、大丈夫だから……わ、私のことは気にしないで」


***


「あーもうどうしてわざわざ放課後に歯磨きしてんのよー」


 ガムでどうにかなると思っていたが、無理だった。

 やっぱり、歯磨きしないと、変な感じがするのだ。

 家まで帰ってからすれば良いものだが、耐えられなかった。

 油物が多かったからかな? あーもう最悪なんだけど。


「よし。特に異常なし。いつも通りの伊織皐月完成ッ!?」


 トイレの鏡に映る自分の姿を確認し、私は急いで教室へと戻った。

 誰も居ないと思っていた部屋の中には、同じ制服を着た女の子が二人。

 教室の隅で、私の悪口を言っているクラスメイトだ。

 一番会いたくなかった連中だ。折角、歯磨きして気分がスッキリしたのに、ここでまた嫌な気持ちにならないといけないのだ。


「やっと来た。今までどこ行ってたのかなー? お姫様」

「もしかして怖くなってバッグを忘れて帰ったのかなーと思ったじゃん」


 私の机に座って、コイツら何をしてるのよ。

 あたかも、待ち伏せしてましたみたいな雰囲気を醸し出して。

 こんな奴等にかまっている暇とかないんだけど。


「退いてくれないかなー? 今日、私用事があって」

「はぁ? 退くわけないじゃん?」

「そうそう。伊織ちゃんてさ、調子乗りすぎなんだよねー」


 調子乗りすぎと言われても、逆に困るんだけど。


「男に媚び売ってさ。ぶりっ子してマジでキモいんだけど」

「マジでそれ。恥ずかしくないわけ?」

「いやぁー。恥ずかしいわけないじゃん。だってコイツ、友達居ないもんー。頼れるのは男しか居ないもんねー。女全員から嫌われてるから、少しでも自分の居場所を探す為に、必死に媚びるしかないんだもんーー」


 ぎゃははははははははははははは、と嘲笑が静かな教室内で響いた。


「言い分はそれだけ? 気分は晴れた?」

「はぁ?」

「好きなだけ悪口言って構わないけど、人の邪魔はしないでくれる?」


 その発言を聞き、何か思うことがあったのだろうか、彼女達は私の机を蹴飛ばした。机に入れていたノートや教科書が床に散乱した。

 物に当たるタイプの人間は大嫌いだ。あー余計に腹が立ってきた。


「ねぇー、今の状況分かってる? アンタは一人、こっちは二人なんだけど」

「本当それ。現状理解してない時点で、マジで馬鹿丸出しなんだけどぉ」

「とりあえず、土下座で謝罪してよ。生きててごめんなさいって。学校の女子全員、アンタに恨み持ってるんだよ。色仕掛けして男心を弄ぶから」


 特定の誰かに色仕掛けした記憶は全く無いんだけど。

 あ、でも竜彦君ぐらいかな。私が本気で色仕掛けしたのは。


「謝るのは、そっちでしょ? 人様の大切な所有物を手荒くしてくれちゃってさ。先に言っておくけど、私、皆が思ってるほど良い子じゃないから」


 そう言いながら、私は床に落ちた物を拾うことにした。

 アイツら二人はニタニタとした表情で、私を見て、時折、物を蹴っては、私が困る姿を楽しんでいる。心の奥底からうざいと思うけれど、自分は清楚系美少女——伊織皐月だという意識が働いてしまう。


 だが、限界が来た。

 私の手を踏みつけてきたのだ。

 上からグリグリと踏み潰してくるのだ。

 痛みに屈する私を見て、彼女達は嘲笑っていた。

 この瞬間を待っていたかのように。


「痛いです。踏まないでください」


 心を無にして、私は告げるけれど。


「はぁ? 止めるわけないでしょ? 本当ざまぁないわ、アンタ」

「はぁーい。伊織さんにプレゼントだよ」


 二人は一層愉快に笑い、そして一人の手にはゴミ箱を持っている。

 そして、片手で持ち上げて、私の頭にそのまま覆い被せてきた。

 教室中の溜まったゴミやホコリが、顔中、体中に入り込んでくる。

 口の中にも、多少入ってきて、咳込みが止まらなかった。


「どうして……どうして……こんな酷いことを……げほげほ」

「アンタが悪いんだよ。これは罰だよ、アンタが色目使うから」

「わ、私は色目なんて使ってない……ほ、本当に」

「はい、嘘付きましたー。嘘付きには罰実行ですー」


 その言葉と同時に、バケツの水を掛けられた。

 彼女達二人は掃除をしていたのだろうか、濁った水と雑巾が顔面にべちゃあとくっ付いた。怒りが込み上げてきたが、それ以上に「どうして?」と思う理不尽な気持ちだけが募っていく。


「あ、そうだ。コイツさ、脱がさない?」

「あー良いかもね。親衛隊の人達も絶対喜んでくれるよ」

「そうそう。それに結構お金になりそうじゃん、コイツの裸」


 二人の間で話される内容を聞き、逃げないといけないと思う。

 私はずぶ濡れ状態で駆け出すのだが、床がツルツル滑って、全然動けないのだ。愚かにも転ぶ私を見て、二人は高笑いしてきた。


「あ、そうだ。廊下に貼ってた、悪趣味な写真見てくれた?」

「それ、実はアタシたちがやったんだよねぇー。あっっははは、気に入ってくれた? 最高の出来だったでしょー? でもね、元はと言えば、アンタが鼻につく行動ばっかりするからいけないのよ、このゴミ女がァ!?」


 そのとき、女の一人が、私の鞄に気付いた。

 ペンペンランドのペンタくんが付いているストラップを強引に外して、小馬鹿にするような瞳で、私を見据えてきたのだ。


「アンタって意外とおこちゃまなのね。まだこんなの好きなの?」

「うわぁーマジで笑えるんだけどー。てか、流石に狙いすぎじゃない? 男子票を集めようとして、そうやって子供趣味を持ってる自分可愛いとか酔い痴れてるだけなんじゃないのー? マジでキモいわぁー」

「触らないで……そ、それだけは……ぜ、絶対にさ、触らないで」


 竜彦君に貰った大切なぬいぐるみ。そ、それだけは絶対に。


「へぇ? もしかして、これアンタの大切なものなんだぁー」


 なら、と如何にも悪そうな笑みを浮かべ、目の前の女は言った。


「ぐちゃぐちゃにしてあげないといけないわね。アンタの不幸が唯一の幸せだし。ていうか、これは粛清。可愛いからって調子乗りすぎっていう」

「あーマジでそれなんですけどー。痛い目見ないと分からないから悪いんだよねー。良い所育ちの女には、ちょっと怖い現実を見せてあげないと」


 私の抵抗は虚しく終わりを告げた。どんなに叫んでも無駄だったのだ。

 ペンタ君はカッターで真っ二つに分断され、断面からはもふもふの綿を溢れ出していた。


 涙が出てきた。

 竜彦君から貰ったペンタ君なのにという思いと。

 どうして自分はこんな目に遭わないといけないのかという疑問だ。


 大人しくしていても嫌われて。

 目立つようになっても嫌われて。

 どちらにせよ、生き地獄じゃないか。

 恵まれた顔を持って生まれてきただけに。

 どうして、私はこんなに苦しまないといけないのか。


「た、たすけて……た、たすけて……」


 私は小さな声で助けを呼んでいた。

 助けに来るはずなんてないと分かりきっているのに。

 子供の頃から、何度も助けを呼んだ所で誰も来てくれなかったし。

 

「はぁー? 誰も助けに来るわけねぇーだろ? 誰がアンタみたいなぶりっ子を助けるのよ、このバァーカ。アンタなんてね、生きてる意味ないんだよ。この女の敵。さっさと自害しろ。さっさと学校なんてやめちまえ」

「そうそう。少し顔が良いだけで、男子達に持て囃されて調子に乗る女は学校に来るなって感じー。女の友達時点で、地雷確定だし」

「ていうか、お得意の男子をさっさと呼べばいいじゃんー。そしたら、伊織様ーとか言って、直ぐに駆け付けてくれるんじゃないー? ぎゃははははは、まぁー今、放課後だから、誰も来ないと思うけど。ぎゃはははは」


 一瞬の出来事だった。

 ドアがガラガラと開き、誰かが入ってきたのだ。

 彼女達の気持ち悪い笑い声が止まり、表情が歪む。

 何が起きたのかは、全く分からず、後ろを振り向く。

 そこには竜彦君が居た。

 普段の温厚な感じでは無い。

 顔を強張らせ、怒りを露わにしているのだ。


「ごめんな、伊織さん。遅くなって悪かった」


 そう言って、彼はずぶ濡れな私に上着を優しく掛けてくれた。

 そのまま顔だけを、前方に遣り、女達を睨むように見据える。


「生きてる意味がないとか言ってたけど、俺は伊織皐月に救われたぜ。この時点で、生きてる意味がないってのはおかしいと思うんだが??」


 彼は一歩進み、小さな声でこう呟いた。


「ったく……俺も馬鹿な男だ。アイドルは女の子全員を笑顔にさせなきゃいけないってのに、今の俺はたった一人の女の子を笑顔にするためだけに本気になってやがる。つくづく思うが、俺はアイドル失格だな」


「アイドル……? その風貌で?」

「何を馬鹿なことを言ってるわけ?」


 雌猿達はクスッと笑った後、怒り顔になる。(いち)アイドルファンとして許せないのだろう。アイドルをバカにするなと。


「アンタみたいな陰キャぼっちが、アイドルなはずないでしょ? おこがましいにもほどがあるわよ」

「そうそう。ボサボサ頭で見るからに気持ち悪いアンタがアイドルとか、脳内設定ダダ漏れ過ぎじゃないー?」

「うわぁー絶対それでしょー。まじキッショ」

「はいはい、陰キャぼっちの妄想アイドル設定とかマジ痛いんだけどー」


 散々な言われようだが、竜彦君は一切顔色を変えなかった。

 日頃から言われ慣れており、余裕な表情だ。

 一体どういうことか、と私が頭を捻らせた直後である。


「じゃあ、もしも俺が本当のアイドルだったら、伊織さんに土下座してくれるかな? 否定するのは誰だってできるからさ」


 本当のアイドルじゃなかったら……ってその時点で勝ち目ないじゃん。

 何を言ってるんだ。竜彦君は。アイドルでも何でもないのに。

 それなのに……一体何を。


「あー良いわよ。あ、でもアイドルと言っても、超人気アイドルグループじゃないとダメだから。何処のアイドルかも分からない底辺アイドルの名前を言われても困るだけだし」

「あ、そうそう。ルナレクとかそのぐらいのアイドルじゃないとダメ」

「じゃあさ、もしもアイドルじゃなかったらどうする? アタシらの一生下僕で生きるってのはどう?」

「ぎゃははははははははは、マジそれ最高ー。よしっ、そうしようよ」

「じゃあ、交渉成立だな」


 軽い口調で言い終えた竜彦君は白のマスクを外した。

 女の子と見間違うほどに白い肌と、細くて赤い唇が露わになる。


「う、嘘でしょ……ぜ、絶対に……う、嘘よ……こ、これは」

「え……どうして……こ、ここに……あ、あの方が居るの……」


 その後、黒の眼鏡を取り、彼は自分の胸元ポケットへと入れる。

 それから目元に掛かった前髪を上げ————。


 う、嘘でしょ……竜彦君、以前から普通にしてればカッコいいとは思ってたけど。

 こ、これは反則でしょ。あまりにも神秘的な姿だった。

 今までの竜彦君は誰もを近寄らせるオーラを発していたけれど、現在の彼は全く違う。真逆だ。誰もを近寄らせない、圧倒的王者の風格。


「ルーナレクスのボーカル担当リュウだけど、って言わなくても分かるか? だって二人共、握手会やライブにも何度も来てくれたことあるし」


 ルーナレクスは、若手アイドルバンドグループ。

 メジャーデビューを果たし、オリコンチャートでは一位を独占。

 デビュー後に出した音楽CDは全てがミリオン達成し、ネットに公開されているミュージックビデオは一億回を突破している。

 メンバー全員が超絶イケメンで、その中でも最も人気があるメンバーこそが、この私の前に居る——リュウなのだ。


「きゃああああああああああああああ。リュウ様ぁああああああああ」

「リュウ様ぁああああああああああああああああ!?」


 雌猿達は、今までの無礼を全て忘れてしまったかのように、アホみたいな声を出して、竜彦君へと襲いかかった。

 まぁー当たり前な話だが、当然の如く避けられてしまうが。

 勢いよく走った結果、足を挫いてしまったのか、彼女達はゴミが積もった床へと頭からダイブし、顔中ホコリだらけになった。それでも、愛しの彼——リュウを間近で触れようと企んだのか、彼女達は決して諦めることなく立ち上がるのだが、またしても足を滑らせ倒れてしまう。

 先程、私へと投げてきたバケツが足先に触れて空を舞っていたのだろう。そのままひっくり返ったバケツが彼女達二人の頭にゴツンゴツンと、聞いただけでも絶対に痛いと分かる音を奏でるのであった。


「ねぇーお二人さん。さっさと伊織さんに謝ってくれないかな?」


 見るからに面倒そうな口調で言われても、恋に恋するタイプの彼女達は決してそんなことには気付くはずもない。

 どうしてあの忌々しい伊織に謝らないといけないのかと戸惑いの表情を浮かべつつも、自分が愛してやまない推しアイドルに言われてしまえば、あらほらさっさと従うのであった。


 ぶっきらぼうな態度で適当に頭を下げてるだけの謝罪。

 誠意ゼロだ。謝る気持ちなど一切なしだった。

 それでも何も言われないよりはマシだ。ていうか、顔中ゴミだらけで、尚且つ水浸しの彼女達を見れば、多少は心が晴々するものだ。


「ねぇー俺言ったよね? 土下座してくれってさ」

「えっ……う、嘘でしょ……さっき謝ったじゃん」

「俺の声、聞こえないの? 土下座しろって言ってるんだよ」


 普段は温厚だけど、一度怒ると怖い人が居る。

 竜彦君って、意外とそーいうタイプなのかも。


「土下座と言っても、ゴミに顔を押し当ててしてもらうから」

「ちょっと待って。竜彦君、私のことはもういいから。ていうか、謝罪のハードルが段々と高くなってるよ。もうやめてっ!?」

「冗談のつもりだったんだけど……」

「もう遅いよ……あの二人、ルナレクの大ファンなんだから」


 リュウ様のことなら何でも聞くタイプの彼女達は、素直に指示を聞き、ゴミに顔を押し付けた状態で、土下座していた。あまりにも可愛そうな絵面だったのだが、「ドSなリュウ様もカッコいい」「あたし、意外とMなのかも。リュウ様になら何をされても許せる」などと言っちゃう、少しばっかし頭が緩い女の子達だったので、あまり罪悪感は湧かなかった。


「あのお二人さん……もし良かったら俺のハンカチでも使う?」

「えっ!? リュウ様のハンカチッ!?」

「ちょっと待って。これはあたしのだから」


 だからさ……竜彦君。二人はアンタのファンなんだって。

 だからね、ハンカチの一つで喧嘩になるんだよ。

 ていうか……普通そのハンカチは私に渡すべきでしょ……このバカ。


***


 私と竜彦君は教室を後にした。

 汚れた教室の清掃は、あの雌猿二人組が責任を持って果たすのだと。

 借りてきた猫みたいに態度を豹変させて、本当嫌になっちゃう。

 ゴミだらけの体を洗い流す為に保健室のシャワーを借り、それからジャージに着替えたのだが、まだ心の方は全然晴々としない。


「俺の上着を嗅いでるけど何やってるの?」

「ええと、べ、別に深い意味はないわよ。ただ寒いだけ」


 嘘だった。

 ただ、竜彦君の温もりを少しでも感じたかったのだ。

 だってさ、これから先——竜彦君の正体が、ルナレクのリュウ様だってことが知れ渡ったら、一気に彼との距離は遠ざかってしまうから。

 と、そのときだ。

 彼が背中に手を回して、抱きしめてきたのだ。力強く。

 一瞬の出来事に私は頭の中がパニックになってしまうのだが、どうにか声だけは出た。


「そ、……そ、その……な、にゃに……を……や、やってるのよぉおお」

「温めてあげようと思ってさ」

「もっと他にやりかたがあるでしょ……ふ、普通。そ、それなのに」

「ごめん。さっきの嘘だ。ただ、俺が抱きしめたかっただけかも」

「えっ……? な、何を言ってるのよ。私をおちょくってな、何を」

「それなら証明してやろうか? 俺がどれだけ伊織さんを好きか」

「ええと……そ、その……な、何を言い出すわけ。ちょ、ちょっと」


 あーもう何を言い出すんだか。もうもう、頭がパニックになるじゃん。

 ていうかさー何なのよ。思わせ振りな態度ばっかりを取ってきて。

 こっちの身にもなれって感じ。超、腹が立つ。

 でも、私をどれだけ好きか……証明して欲しいかも。


「どう多少は温かくなった? 耳まで真っ赤にしてるけど」

「えっ……?」


 一瞬何を言われているのか、さっぱり分からなかった。

 でも竜彦君の屈託もない笑みを見ていると、段々意図が分かった。

 この男は、私の体温を上げる為にわざわざこんなキザなことをしたのだ。それなのにまんまと騙された私がバカみたいじゃない。あーもう。


「あ、アンタねぇー。人を弄んで何を笑っているんだ、このバカ!?」


 人の気持ちを理解できない竜彦君に叱りつつも、それでもやっぱり愛を囁かれるのが好きな私は彼にこう言うのであった。


「全然温かくならないわね。だから、もっと私を温かくしてみなさいよ」


 偉そうに言った後、見事なほどに脳が蕩けるような甘いセリフを連発してもらった。正直、体中の体温がグッと上がったけど、悪い気は全くしなかった。


***


「リュウ様ーーーー!?」

「退きなさい、リュウ様のお通りよッ!?」

「きゃあああああああああああああ。カッコ良すぎるんですけどーー」


 私を助ける為に正体を明かしてしまったばっかりに、竜彦君の平穏な日々は崩壊した。彼の周りには、親衛隊と名乗る女子軍団が付き纏い、私が近寄ることさえ許されないのだ。報道関係者各位、その他諸々の人々も、終いには、一般のファンの方々さえも学校の周りに集まり始めた。

 と言えど、竜彦君は一切嫌な顔を見せることなく、アイドル根性の見せ所と言うべきか、ルナレクのリュウ様を完璧に演じたのだ。


 今までの彼は誰が見ても、ただの超絶陰キャ君だったけど。

 今では、誰もが二度見、三度見はするような超絶イケメン君だ。

 持ち前の爽やかな笑みと甘いマスクで、学園中の女の子達は全員惚れ惚れだ。


「竜彦君は目立たないようにしていたのに、ごめんね」

「伊織さんが謝ることじゃないよ。元々バレる可能性はいつでもあったし。まぁー仕方なかったんだと思うよ」


 それにさ、と白い歯を見せて笑いながら。


「伊織さんを助けるためなら……俺の正体がバレるぐらいどうってことないよ」


 昼休みの屋上だけが、私と竜彦君を結ぶ唯一の時間だ。

 私も彼も、人目を気にして生きている身だ。

 お互いの悩みを理解し合うことができる。


「今更だけど、どうしてアイドルしてるの?」


 素朴な疑問。

 竜彦君は自分からアイドルになろうと考えるタイプじゃない。

 それなのに、わざわざ目立つ仕事をするのかは謎なのだ。


「成り行きかな? 昔子役やっててさ」


 初耳だった。

 私でも分かるようなドラマに出演していたらしい。

 そして、子役してた頃に知り合った音楽好きな仲間と共に、バンドを組んだら——あら不思議、イケメンバンドグループが結成してしまったのだと。


「でも意外だなぁー。竜彦君がアイドルだなんて」

「俺だって、どうしてやってるのかと悩んでたよ。最初はただの趣味範囲でやってたんだが、マネージャーにバレて正式にプロ入りすることになってさ。本当、人生って何が起きるか分からねぇーよ」


 と言いながらも、彼は私のカバンに気付いたようだ。


「元に戻ってるじゃん。ペンタくん」

「まぁーね。私、裁縫は得意だもん」


 真っ二つになったペンタくん。

 最初は綺麗に戻せるか不安だったけど、ネットや書籍で必死に調べて、どうにかこうにか、数十時間に及ぶ手術は無事成功したのであった。


「あーなら、ボタンを縫ってくれないかな? 外れちゃってさ」

「喧嘩でもしたの? 普通外れないでしょ?」

「女の子に引っ張られる回数が増えてさ」


 あっははははと笑いながら言われたけど、私は笑うことなく、顰めっ面で彼を見据えて。


「んー。何か満更でもない表情なんですけど」

「これでも困ってるんだよ?」

「まぁー仕方ないわね。ほら、貸しなさい」


 女子力発揮と、私は彼のシャツを受け取り、ボタンを付けてあげた。

 竜彦君って、意外と着痩せするタイプだ。割と筋肉質だった。

 と言っても黒のシャツを中に着てるから、腹筋までは見えなかったけど。


「男の裸に興味でもあるの?」

「べ、別に何もないから!! それに竜彦君だけだし……」

「そう……? なら、見せてあげよっか? 俺の裸」


 顔が熱くなり悶々とする私を見て、竜彦君は愉快気に笑った。

 ムカつくけど……ムカつくけど……でも、その笑顔大好きッ!?


「今更だけど、どうしてあのとき助けに来たの?」

「伊織さんと一緒に帰ろうと思って、校門で待ってただけ。それなのに、全然来ないだろ? だからさ、心配して向かっただけだよ」

「そーいう問題じゃなくて……いや、それも気になってたけど」


 そう呟き、私は彼の顔を見据えて気になってたことを訊ねた。


「私を助けても何もメリットとかないじゃん。それに、私を助ける為に、わざわざ自分がアイドル宣言までして……デメリットばかりじゃん。そ、それなのに……どうして、どうして……私何かを助けたのよ」


 逆の立場になって考えてもみれば分かる話だ。

 アイドルという自分の立場を明かしてでも、私みたいな一般人を助ける必要など全くないのだ。それなのに彼は助けてくれたのだ。


 意味が分からないの一言に尽きる。私を助けて、何の意味があるのだ。


 そうだ。昔からそうだった。

 私を助けてくれる人なんて、誰も居なかった。

 誰も救いの手を差し伸べることはなかった。

 それなのに——。

 それなのにどうして彼は私を助けたの?


「メリットとかデメリットじゃねぇーんだよな」


 照れ臭そうに彼は言い放った。

 そのまま私の肩に手を置いて、ゆっくりと口を開いた。


「好きな女の子を助けるのに理由とか要らねぇーだろ?」


 嬉しい言葉だが、素直に私が聞くはずがない。

 何度も何度も同じような手を使われたのだ。騙されるものか。


「嘘でしょ? それぐらい分かるよ。甘く見ないでよ——ッ」


 騙されることはなかったけど、黙らせられた。

 不意打ちのキスだ。

 ファーストキスは強引だったけど、でも優しさがあった。

 居心地があって、ずっとこのまましておきたいとも思ってしまう。

 でも——。


「ちょ、ちょっと……や、やめ、やめてよっ!?」

「嘘って言った伊織さんが悪いんじゃないの?」

「わ、私は……べ、別に悪くないし……ていうか、伊織皐月のファーストキスを奪うとか、超絶重罪なんだけどぉ!?」

「責任取る覚悟だよ。ていうか、俺、伊織さんを離したくない」

「ええええええええええええええええええええええ????」

「俺と結婚を前提に付き合ってくれないか?」

「嘘だ……嘘だよ……そ、そんなの」

「嘘じゃないって。じゃあ、説明するけどさ——」


 端的に述べれば、竜彦君も私のことが好きだったんだと。

 最初は頭が緩そうで股を緩い女だと思われていたらしいが、段々と接していく内に、自分と同じ境遇だと知り、放って置けない存在になったのだと。


 超絶美少女を演じる私と、人気アイドルの姿を演じる彼。

 その差は結構離れていると思うけれど……。


「学校の俺ってさ、超絶変な奴だったろ? それなのに普通に接してくれたのは、伊織さんだけだったんだ。それが嬉しくてさ」


 多くの人から求められるのは、ルナレクのリュウ様で。

 彼の本性である相川竜彦という存在は求められていなかった。

 だけれど——私だけが、私だけが本当の彼を認めていたから。


「好きになったんだ。バカな話だよな。女の子に夢を見せるのがアイドルの役目だってのに、俺の方が普通の女の子に夢を見せられたんだからさ」

「私も一緒だよ。竜彦君が、本当の私で良いんだと言ってくれた時、嬉しかったよ。初めてだったから……そんなことを言われたのは」

「伊織さんが居てくれたおかげだよ。素の自分を見せても好きになってくれる人が居ると分かったから」


 だからさ、と呟き、彼は真面目な表情でこう言うのであった。


「伊織皐月さん、俺と付き合ってくれ。俺には君が必要だ」


 突然だなぁ。

 竜彦君は、私の予想が追いつけないことばっかりする。

 付き合ったら振り回されてばっかりかも。

 でも、少しぐらいは私も振り回したいかも。

 屋上での告白は割りかしありがちだけど、嬉しい。

 死ぬほど嬉しい。ていうか、好きな人と両想いとは最高なんだけど。

 勿論、私の返答は決まってるじゃん。


「不束者ですが、こちらこそよろしくお願いします」

普段は別名義でカクヨムで投稿してます。


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