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どこまでも続く青い空とキミと  作者: しろのうさ
1/1

夏の始まりとキミ

初めまして、しろのと申します。

小説家になろう初投稿です。

なにぶん初めてですので、不慣れな点があるかと思います。

読みにくい、誤字脱字等ございましたら教えていただけますと幸いです。

しろの、以前は別の場所でちまちま書いていたり、高校で演劇の脚本を書いていましたが、書き物界ををすっかり卒業していました。

ですがここ最近また創作欲が出てきて、こうして場所を変えてお送りしております。

感想などいただけますと、しろのはとても喜びます。たいそう喜びます。

読みにくい文章になってしまってすみません。

ちょこちょこ続き書きますのでそのときはまたよろしくお願いします。


しろのうさ

突然、ふと世界と距離を置きたくなった。




側にあったスマートフォンを手に取り、未だに有線なイヤホンの先を差し込み、イヤーピースを耳に入れ込む。

普段であれば耳を悪くするからという母の言葉を思い出し、音量は最小限にとどめるのだが、今日ばかりは他の音が入ってくるのが怖くて音量を上げて音楽を流す。

独特な機械音声の曲が流れ出し、少しだけ世界から隔絶されたように感じて安心する。



気を抜くとすぐさま考えたくないことが頭の中にいっぱいになり、たくさんの言葉が鳴り響く。

今は何も考えたくない、聞きたくない、放っておいて欲しい、その一心だった。


作らなきゃいけないスライドも、書かなきゃいけない作文も、明日待ち構えているゼミの発表もすべて放り投げてこの場所から逃げ出したくなった。




いや、「消えたくなった」のかもしれない。




とにかくここにいたくないけれど、行く当てもなく、投げ捨てる勇気もなく、ただただ鳴り響く音を聞いてやり過ごすしかなかった。


「ぜんぶぜんぶなくなっちゃえばいいのに。」


一人つぶやいたところで一人暮らしの家だ。誰も聞くものはいない。

以前からこうして消えたくなることはあった。

わりと頻繁にそう思うことがあった。



私は他人より少しばかり疲れやすく、精神的にも身体的にも完全体健康マンとはいえない人間だった。


自分より辛いヒトはいる、大変なヒトはいる、と言い聞かせるほど自分の現状がわからないまま突っ走ることになり、気がつけばガス欠を起こしている、そんな人間だと自分のことを分析してみる。



今の私の状況を振り返ってみよう。


大学4年生になった私は、周りの勢いに流されるまま就職活動を始めた。


しかし、やる気も元気もないのは面接官にもわかるのだろう。

次々と落とされ、ポキッと折れたのかもしれない。

気がついたら2ヶ月も胃痛が続いていた。


医者にかかり、あれこれ検査をした。

胃カメラは辛かった。

麻酔の決められた時間があるはずなのに、それより早く来た医者がタイマーを止め、あれよあれよという間にカメラを突っ込まれたのだ。

そこから先は言うまでもないだろう。

麻酔の効いていない私は涙やらなにやらでぼろぼろになりながら必死に耐えた。


しかし結果は「異常なし」。


出されたいくつものクスリを飲んだが効果はないどころか痛みは増し、眠れない夜や食べられない日をいくつも乗り越え、なんとかやり過ごした。


街の大きな病院で検査を受けるも異常はなし。最後に医者から言われたのは


「なにかストレスはありませんか。」


だった。


「ストレス」なんてものはいくらでもある。むしろストレスフリーに過ごせたことなんてこの人生で一度もないのではないだろうか。


それは言い過ぎた。赤子の頃はストレスフリーに夜泣きをかまし、親にとってのストレスを絶え間なく作り出すような人間だった。

閑話休題。

そんなわけで私は久しくかかっていなかった「心療内科」にお世話になることになった。


大学1年生の頃ぶり人生何度目かの心療内科だ。

久しぶりに会う先生は、以前あったときと変わらず穏やかで、優しかった。メモは手でとる派なところも変わりはないようだった。


話を聞いてもらい、気持ちを落ち着かせる薬を出してもらったところ、日に日に痛む時間は減り、今では数日に一度キリキリとする程度まで落ち着いた。

とにかく最終的に胃痛の原因はストレスだったのだ。


先生や大学の就職支援の人はみんな口をそろえて「内定がもらえたら体調も落ち着くかもしれないから」というが、採用試験を受けること自体がストレスであり、正直気も進まなかった。



そうこうしているうちに梅雨が明け、なんとも過ごしづらい「夏」がやってきた。

そうして、梅雨明け宣言がでた直後、大学では卒業研究の中間発表会が行われることになった。

またしても胃痛の原因登場である。


データはいくつも取ったが、そこから解析することなく夏を迎えた私は気の進まないまま、発表スライドを作り上げた。

しかし、先生から何度も直しをくらい、次の採用試験も迫りつつあり焦りを感じた私は冒頭の通り「消えたい」と思うようになっていた。


人生の行き先への不安、すぐ目の前に迫った難関への不安、ブルーになればなるほどギャンギャンとやかましくなる脳内、疲れていたのかもしれない。


大音量で音楽を聴きながら布団に入った私は、曲を聴き始めてから何時間も経過したことを考えないようにしながら、寝てしまえば脳に鳴り響く声は黙ってくれると知っているから、さっさと寝てしまおうと目を瞑った。


昔どこかで聞いたリラックスするための呼吸法を試し、何周したかわからないプレイリストを聴きながらじっとしていると、徐々に音が遠のいていき、眠りについていた。



いつものように途中で目が覚めたし、夢は最悪だったがまあ仕方がない。

途中で冷めたところであまり生活に支障はないし、目が覚めれば夢なんて忘れてしまうのだからどうということはないのだ。


何度もなる目覚ましにたたき起こされ、ようやく起き上がった私の目の前にいつもは写らないものがみえている気がした。

「きがした」というのも私はかなり目が悪く、メガネなしでは生活できないのだ。

布団の横にあるメガネを手だけで探し当て、ようやくかけて視界がクリアになる。



気のせいではなかった。

私の布団の足下にそれはちょこんとかわいらしく正座をしていた。


「え。誰。」


寝起きの脳みそからはその単語しか司令が来なかったのだから仕方がない。


うす水色の髪を綺麗に三つ編みにし、前髪は眉より上でぱっつん。

くりくりとした大きな目はキラキラと輝き、頬には少しそばかすのあるその子は、こちらを見ながらただニコニコとしている。

4、5歳だろうか。小さいけれど顔はわりとしっかりしてみえる。


こちらの問いかけは聞こえていないのか、聞く気がないのかなんなのか。返事をしてくれたっていいじゃないか。

そもそも人の家に勝手に上がり込むとは何事だ。

いやそれ以前に鍵はどうした。私は用心深いからチェーンだってかけたはずだぞ。

それにしてもこの子、髪の毛綺麗だなぁ。目も大きくて、そばかすもかわいらしい。


いやいや自分よく考えろ、不法侵入だぞ。

というか幼い女の子一人どうやって入ってきたんだ。


「あの…朝ご飯食べる?」


あぁ、受け入れるなよ自分!どう考えてもおかしいじゃないか。

でも答えてくれないのにどうすることもできない。

このままお互いだんまりでいたって何も解決しないどころか私は大学に遅刻する。

そんなことをあれこれ考える私をみて、女の子はただ笑って


「あまいものたべたいなぁ。」


とだけ答えた。

甘いもの、甘いもの。ぱっと思いついたフレンチトーストでも作ってみようか。


「おねえちゃん、卵や牛乳は食べたり飲んだりしても平気?アレルギーとか…あー、かゆくなったり、お腹痛くなったりしない?」


何を作るにしてもまず相手のアレルギーや苦手がないかを知ることは大事だ。

特に食物アレルギーは侮れないから要注意。


「あお。」


「え?」


アレルギーの有無に対して確実に答えではない単語が返ってきた。


「あお、わたし、あお。」


「あ、お名前か。あおちゃんね~。とってもかわいくて素敵な響きのお名前だね!お姉さん好きだなぁ。」


違う違う、アレルギーの有無が知りたいんだ私は。


「んん、あおちゃん、食べられないものある?」


「ない!!!」


こういうときは1つずつ聞くゆっくり聞く必要があると学びました私。

ないならフレンチトーストにサラダ、ベーコンも添えて…。インスタントのカップスープもだそうか。

久しぶりに他人に振る舞うので少々緊張する。


あぁ、昨日の私を呪います。

意気揚々とキッチンに立ったものの、洗われていない食器たちが目に入る。


「あ、あぁ…。食器…あぁ……。」


ただただ言葉にならない音が漏れ出る。

こう言っていても仕方がない。さっさと洗ってしまえばこっちものだ。

と、その前に、フレンチトーストの卵液をつくって浸しておくのがいいだろう。

なぁんだ、ちょうどいいじゃん。


冷蔵庫から卵、牛乳、バニラエセンス。

砂糖は目分量で入れちゃえ。少し甘めに。

食パンを細く切って浸しておく。

こうすると食べやすいし早くひたひたになる。


さてさて、いよいよ最難関洗い物。

がちゃがちゃ言わせながらさくさく洗っていく。

そういえばあおちゃんは?

あたりを見回すと、勉強用の椅子に腰掛けこちらの作業を変わらない笑顔で見ている。


「あおちゃん、おうちは?」


「ここだよ?」


ここ…ですって?ここ、私の家だよね、え、私疲れすぎて他人ん家入り込んだ?

いやいや、家具も家電も何もかも家のものだよう。


「えぇ…おうちここかぁ…。」


そういえば髪の毛水色だったりなんだか全体的にちょっと違和感。

もしや妖精ってやつでは?!

食器を洗い流しながらあり得ないことが脳に浮かぶ。


「あの…つかぬ事を伺いますが、あおちゃんは…妖精とかその類いの方?」


すると、彼女は口をとがらせながら「むーん」とかなんと言いながらなにか考えている。

聞いちゃいけなかったかと次の言葉を考えていると、ぺたぺたと足を鳴らして彼女はキッチンへ入ってきた。


「お姉ちゃん名前は?」


「あ、私?そういえば名乗ってなかったね。私は智香っていいます。よろしくね?」


洗い物をしてビショビショの手をタオルで拭いてそっと手を差し出す。

彼女が少し不思議そうに私の手を眺めて数秒。

そっと手を握り返してくれる。


もう考えても仕方ない。

答えも返ってこないだろうし、妖精とか幽霊とかその系統のものなんだろう。

そんなの考えたって仕方ないんだし握手して仲良くして消えるまで同居したってかまわない。

理系学生として幽霊とか信じてるのはあるまじきことかもしれないけれど、存在しちゃってるんだから仕方ない。


ひたひたに卵液に漬かった食パンをバター香るフレンチトーストに変身させて、ほかほかと湯気を立てるスープと、少しだけしんなりしたレタスやよく熟れたトマトのサラダと、香ばしくカリカリになったベーコンと。

今朝は私にとってもいい朝食になった。


「じゃぁ、私は大学へ行ってくるから、危ないことはしないように。いい?」


「うん、フレンチトーストおいしかった。ありがとう、とも。」


「お気に召したようでなにより。いってくるね。」


「いってらっしゃい。」


大学に行くのにお見送りがあるのは初めてでなんだかくすぐったい。

さっさとゼミの発表会を終わらせて帰らないと。

帰った頃には彼女はいなくなっているかもしれないけれど、いてくれたらいいななんて少し期待しながら自転車をこぎ出す。

朝だというのにジリジリと日が照りつけ、まさに夏真っ盛りという7月末の今日。

本日も快晴なり。



「はぁ、疲れた……。」


ゼミの発表は無事終わった。

いや、無事とは言えないかもしれない。

私のHPはもうゼロに近い。


カンカン照りで太陽が真上から射す中、大学の駐輪場を目指す。

質問攻めに遭いつつもなんとかすべてかわし、話したいことはすべて話しきった。

さっきからお腹がきゅうきゅうと鳴っている。

久しぶりに空腹を感じた気がする。

ここ最近、なぜだかお腹がすいたと感じることがなくなり、気がついたら食事を抜いていることもしばしば…。


あ、あおちゃん。まだいるかな。いたら一緒にお昼を食べよう。

今日はこんなに暑いし、さっぱり冷たいそうめんでもしようか。

冷蔵庫の中身を振り返り、足りないものを思い返す。

きゅうりにハム、大葉もほしいな。


帰りにスーパーへ寄るかとまた自転車でこぎ出す。

帰り道は下り坂だ。


今朝は急いで作ったけどフレンチトーストは気に入ってくれたようで、彼女はあっという間に食べきっていた。

口いっぱいに頬張り、口の端に蜂蜜をつけながら嬉しそうに咀嚼する彼女を見ると、こちらも嬉しくなる。

あぁして自分が作ったものを喜んで食べてもらえるのは嬉しいことだ。


大急ぎで買い物を済ませ家へと向かう。

ふわりちゃん、いてくれるだろうか。


カチャリとそっとドアを開ける。


「ただいまぁ…。」


出かけたときのまま電気の消えた部屋に人の気配はない。

あぁ、いなくなってしまったのか。

少し残念に思いながら玄関をくぐり、買い物袋をどさりと降ろす。

ざっと部屋を見回したが誰もいない。

そりゃいるはずないか。

なんだったら朝だっていなかったのかもしれない。

疲れすぎてついに幻覚を見るようになったのかと少し不安になる。


そういえば寝室は見ていなかった。

磨りガラスでリビングと仕切っている寝室をそっと覗くと、引きっぱなしの布団の上ですやすやと眠る幼子の姿が。

なんだ、いるじゃん。


寝顔はより幼くみえる。

ぷくぷくした頬をみているとついつい触りたい衝動に駆られ、そぉっと人差し指を近づけてみる。

起きませんように。

ふにふにと、見た目通り柔らかく、つきたてのおもちのようだ。

久しくこのくらいの小さい子どもに触れていないが、妹たちも幼い頃はこんな風だったかとしばし思い出にふけった。


少し気難しいけれど、どこに行くにも「おねえちゃん、おねえちゃん」とついてくる2つ下の「由希」。

どこか不思議なかんじで何を考えているのかつかみにくいが、甘え上手な4つ下の「朝陽」。

いつも明るく、人見知りもしないで世渡り上手な8つ下の「友加里」。

みんな元気にしているかな。


ふっと頬に何か触れた気がして、思考の海から浮上する。

焦点が合ってくると先ほどまで寝ていたはずのあおが、こちらをのぞき込み、私の頬にそっと左手を添えていた。


「ごめん、起こしちゃったかな。」


とっさにでた謝罪。気持ちよさそうに寝ていたのに起こしてしまった。あぁまた私はやってしまった。

ネガティブな思考に堕ちていきそうになっていると、あおの右手と左手が私の頬を挟み、むにっと押してくる。

あっちょんぶりけか。


「わたし、べつにこまってない。おこってもない。いやでもない。そんなにもうしわけなさそうにしないで。ともか、だいじょうぶ。」


「なんで……キミは心の声が聞こえるの?」


どうしてこんなネガティブになっていることがわかったんだろう。

どうして謝った理由がわかっているのだろう。



どうして「だいじょうぶ」っていってくれるの?



気がつけば頬に涙が伝っていた。

何で泣いてるんだろう。

悲しくないのに。

泣きたくなんかないのに。

だって泣いちゃったらみんな困っちゃうのに。

嫌な気持ちになるのに。


とめどなく溢れる涙を止めることもできなくて、ただ、ただ泣いていた。

あおはそっと涙を拭き続けてくれた。


少しして落ち着いた頃に「おなかすいた」と彼女からの催促が来てようやく思い出した。

私たちまだお昼食べてなかったね。

ごめんね。

そうめんにしようと思うんだけど食べられるかな。

めんつゆはお母さんに教えてもらったから手作りだよ。

ところであおはいつまでいられる?

いつまでもいてくれていいんだよ。

そんな話をしながら2人で遅めのお昼を食べた。



そうして私とふわりの奇妙な同居生活は幕を開けた。



あおはよく食べる子だった。

初日の夜に作ったハンバーグロコモコは、幼児サイズにとご飯は少なめ、便利なサラダ用野菜のパックの野菜少しと小さめのハンバーグをのせて出すと、あれよあれよという間に食べてしまい、


「おいしい、もっとたべたい!」


と次を催促され、結局大人一人分平らげてしまった。

幼児サイズのあの体のどこに入るのか。

さらには食後のデザートにと切った桃も食べてしまったのだから驚いた。

けれど、こんなにおいしそうにたくさん食べてもらえるというのは、これほどまでに嬉しいものなのだとあおと同居を始めてから知った。



ある日のお昼には前日の残りのハヤシライスを食べきるためにと、オムライスにかけて食べる「オムハヤシ」を作った。これはたいそう気に入ったようで、また作れとせがまれた。

私のリピートレシピにオムハヤシが追加された。

ちなみに初日のフレンチトーストはすでに追加されているし、数日に一回はせがまれる。

大学生22歳の胃はそこまでタフではないので、ふわりだけにフレンチトーストを出すことも多い。



またある日は、安くなったお刺身の切れ端を食べやすいサイズにカットし、アボカド、ゆでたエビ、きゅうり、大葉、卵焼きとを醤油で味付けしてどんぶりにした簡単海鮮丼も気に入って、もりもり食べていた。



他にも、鮭のホイル焼きや、鶏もも肉の唐揚げ、白身魚のムニエル、インゲンのごま和え、シーザーサラダ、きゅうりの浅漬けなんかも気に入って食べた。

ただ簡単なものばかりで申し訳ない気もする。

本やレシピサイトを見ればだいたいのものは作れるけれど、こうもおいしそうにたくさん食べてくれるなら、自分の脳内レシピをもう少し増やそうかと検討中だ。


そうして久しぶりに一人じゃない、明るい食卓での食事が1週間続いた。

1週間経つ頃には、あおがいくらでも食べられることを知ったので、大人と同じ量をついであげるようになった。



料理をする工程にも興味があるのか、熱心にのぞき込んでみたり、時には味見係に任命してできあがる前に少々食べてみたりしている。



4年生と言うこともあり、講義も少ない私は日中もいるため、3食2人で食べることが多い。

週に2日、私が講義がある日は一人で留守番をしてくれている。

そんなときはお昼用にとお弁当を作ることもあった。



日が経つのはあっという間というのは誰しもが口にすることだろう。

かくいう私も焦りを感じている。

そう、期末試験だ。


大学生、そう簡単に夏休みを迎えることはできない。

ゼミの発表の次は試験が待ち構える。

大学生らしいイベントが目白押しの4年生夏。


「やばい、まじでやばい。」


私は机にかじりつき、必死で練習問題の回答を作成していた。

試験まで残り1週間。講義中に試験の練習問題が配付されるだけ温情というものなのだろうか。


この科目は2年生の時に取っているはずの科目なのだがあれやこれや、まあいろいろあって現在履修中なのだ。



いや、本当のことを言おう。単位を落としたのだ。

だからこそ今回は落とすわけにいかないのだ。

この科目を落とすと、


「せっかくこの学科に来たのに取らなきゃ意味ない」


といわれるほどの資格の試験を受験する資格がなくなってしまう。

それだけは絶対に避けなければならない。


夕飯を食べ終わり、これまでであればあおと談笑をしたり、動画投稿サイトの動画を見て2人でゲラゲラ笑っている時間のはずなのだが、試験に追われた大学生はなかなかに余裕がない。


カリカリと問題に取り組む私の姿を何をいうでもなくただ黙ってみている彼女に申し訳なさが募る。

いつもなら楽しむ時間なのに。


ごめんよ、試験終わったら遊べるから。どこへいこう。

そうだ、海へ行こうか。それとも水族館?夜の動物園も捨てがたい。

あぁ、全部行こう。どこへでも連れて行こうではないか。

カメラを持って、お弁当でも作って。

アイスクリーム食べようか。

楽しみはどんどん膨らむ。


大学生最後の夏、試験頑張りますか。




だから今は少しだけ待ってて。



気がつけば時刻は23時を過ぎていた。

彼女はもう寝ただろうか。

くるりとあたりを見回すと、キッチンの明かりがついている。


「あお?」


その呼びかけにひょっこりと顔を覗かせる彼女はなにやら作っているようだ。

この家に現われてから、少しずつ調理することを覚え始めた彼女に、包丁やガスコンロの危なさは伝えた。

心配で見に行こうとしたところでようやくキッチンから出てきた彼女は私のお気に入りのマグカップを持って、そろりそろりと歩いてこちらへやってくる。


そうして私の机のわずかな隙間にマグカップを置くと、


「つかれたとき、あまいもののむの。」


中にはほかほかと湯気を立てる薄いブラウンの飲み物。

カフェオレだ。

先日、おやつの時間に「簡単便利でおいしいんだ」といれた、スティックタイプのインスタントカフェオレ。

収納している場所も、いれ方もきちんと覚えていたんだ。


「ありがとう、ちょうど飲みたかったんだ。いただきます。」


ふうふうと少し冷まして。

ふわっと香る柔らかい香り、甘みの強い優しい味。

自分で作るよりずっと優しく感じられた。


時刻は23時34分。

普通であれば幼児は寝るべき時間。

親なら


「早く寝なさい」


と言うところだろうが、あおは幼児とは少し違うようだった。

私が寝るときもまだ起きているし、朝起きたときもすでに目を覚ましていた。

あまりにも気になり、同居4日目にて「一体いつ寝ているのか」と聞いてみたところ、


「いっぱいねたの。いっぱいねたから、いまはねなくていいの」


と謎発言をかましてくれた。

おおそうかと、もはや受け入れるしかないその答えに、睡眠に関しての疑問は考えるのを止めた方がいいと、その日から気にしないようにしている。


あおはやはり人のような見た目の人ではない何かなのだろう。

それでもいい、たった一人でただただ過ぎゆく日々に身を置くよりずっといい。



この日から、ふわりは毎日コーヒーを淹れてくれるようになった。


「おわったぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」



あおの毎日のコーヒーと、深夜までやった復習につぐ復習でなんとか試験を終えた。

結果?そんなものは知らない。


私はこれから学生最後の夏休みを謳歌するのだ。

でも、本当はずっと引っかかっていた。

就職活動はまだ終わったわけじゃない。


どこにも内定をもらえなかった落ちこぼれだから。


ジリジリと鳴く蝉の声も、照りつける夏の太陽も、どこまでも広がる真っ青な空も。

不安な気持ちの元ではすべてにフィルターがかかっているようだった。


気がつくと、駐輪場でただ突っ立っていた。

ぐるりぐるりと巡る思考に飲み込まれてしまうと、どうしようもなく消えたくなる。

しくしくと痛むみぞおちに、変に流れる背中の汗に。


「自分はダメ人間である」


というレッテルに責め立てられている気がして、焦って帰路につく。


自分自身は存在していていいのか、生きていていいのか、いつまでこうしてダメ人間でいるつもりなのか。

ただただ焦りが募って寒くもないのに体が震え出す。


泣き出したいのをぐっとこらえる。唇をかみしめ、眉間にしわを寄せて。

こんなところで泣いていたら変な人だと思われる。

怖い、怖い、人の目が、周りの人が、親が、先生が。

すべての人から責められ、逃げ場を失ったような錯覚を起こす。


「ダメ人間」


「こんなこともできないのか」


「なにならできるんだ」


「何の役にも立たないでくの坊」


「失望した」


「生きている価値があるのか」







「死ねばいいのに」







すべての言葉が脳内でこだまして、ただ泣きたくなるのをこらえるしかなかった。




気がついたらアパートの自転車置き場にたたずんでいた。


自分は一体何をしていたのか。

どうやって帰ってきたのか。


「こんな顔あおに見せられない。」


大きく息を吐き、玄関へと向かった。




ほてった体や熱くなった頭を冷やすのに、昼はそうめんにしよう。


「ただいま~」


努めて明るく声を出す。

昼で帰宅したとき、彼女は昼寝をしているか、本を読んでいる。


本といっても我が家にはそう多くの小説があるわけでもないし、幼児向けの絵本や児童向けの本があるわけでもない。


あるのは専門書とナショナルジオグラフィック、少しの小説、漫画だ。

そんな我が家で彼女が読んでいるのは専門書だった。

最近のお気に入りは野生動物学の本だ。


ナショナルジオグラフィックも気に入っているのか時折パラパラとめくって楽しげに眺めている。



リビングへ入るとぺたりと床に座り込んで本を読んでいた。

今日は行動学入門の日だ。


そうとう熱中しているのか「ただいま」の声にも返事がなかった。


彼女を横目に急いで昼食作りに取りかかる。

時刻は13時過ぎ。お腹がすいてくる頃のはず。


「ねぇ、今日もそうめんでいい?」


「今日も」というのも、一昨日もそうめんにしてしまったからだ。

簡単ですぐできて食べやすいため、私はリピートしがち。


ようやく顔をあげた彼女は、


「とまといっぱいのがいい!」


と元気よく注文してくる。


「トマトいっぱいの」というのは、最近なんとなくで作ったトマトの冷製パスタ風そうめんのことだろう。

ツナを入れたりバジルを散らしてイタリアンなそうめんを出してみたところ、


「これもそうめん??すごい!ちがう!」


とたいそう驚いていた。

トマトはリコピンも豊富で抗酸化作用があるから体にもいい。

心の中にも○みちさんを召喚し、高めの位置からオリーブオイルを回しかければ完成だ。


「食べるから本しまっておいで。」


テーブルにお皿を置きながら彼女を見ると、すでに本を仕舞いに行こうとしていたところだった。

これは失敬。


「いただきます」


「いただきます!」


ちゅるちゅるとそうめんをすすり、頬を膨らませている様子は元気いっぱいな幼児だ。


しかし、これまで約2週間様子を見ていると、どうも中身は幼児ではなさそうな気がしてきている。


まず、専門書を問題なく一人で読めるのだ。

最初は絵だけを眺めているのかと思ったが、あるとき小さな声ではあるが文字を追って読んでいるのを聞いた。

難しい漢字も多く、専門用語だってあるはずなのによくそんなもの読めたなと驚いたし、気にはなったが、聞いたところでいつものように答えにならない答えが返ってくるだけなことが予想されるため、疑問は心にとどめておくことにした。


それから。

初日に私が泣いてしまったときにそっと涙を拭ってくれた手が、幼いはずなのに親のようでもあった。


とにかく相変わらず彼女は不思議な存在であることに変わりはなかった。



「夕飯何しようか?」


お昼を食べているうちからすでに夕飯のことを考えている。

主婦はもっと大変だろうなと心の中でそっと親に感謝した。


「んー。お肉!」


「お肉…お肉ねぇ……。うーん。さっぱりと豚しゃぶサラダにしようかな。」


「豚しゃぶ?サラダ??」


「うん、豚肉の薄切りをお湯に通して、野菜の上にどーん!!!」


「どーん!!!いいね!!」


「よし、そうしよう!」


簡単でおいしく栄養もとれて比較的さっぱり。

夏にぴったりだし、ふわりも気に入ることだろう。



あおと話をしていると、先ほどまで沈み込んでいた気持ちもあっと今に明るくなっている。

元々小さい子は好き…別に変な意味ではないが、いわゆる「お節介な長女」の血が騒ぐのか、小さい子を見ると嬉しくなってしまうので、あおとの生活はかなり気に入っていた。

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