「僕と一緒に楽園へ」
とりあえず、お試しで書いてみました!
「早く学校へ行ってこい」
そう言いながら、親父は俺の腹を思いっきり殴る。痛い。だが、俺、永塚無樹斗はこの痛みに慣れてしまった。母は違う部屋で仕事に行く準備をしていて何も言わない。みんなはこんな生活をしている俺も見ておかしいと思うだろう。でも、俺は違う。これが当たり前。人は非常識なことであっても、その非常識が長く続けばそれが自分の中で常識だと思ってしまう。心の中ではわかっている。こんなことおかしいと。でも、約4年間も虐待を受けていると慣れてしまうのだ。
「さっさと行けって言ってるだろ」
親父のその声を合図に俺はスクールバッグを持ってそそくさと学校へと向かう。
神奈川県立金山高校これが俺の通う学校の名前だ。2年3組と貼られているプレートの教室に入り、自分の席に座る。今は5月下旬、周りは新しいクラスメイトとも打ち解けて、数個のグループになっている。俺はそのグループのどこにも属してない。だって自分はつまらなく、一緒にいても面白くない性格だからだ。昔まではよく喋り、友達もそこそこ居た。でも、虐待を受けてからは学校はつかの間の休息の場となり変わっていた。そんなやつからは徐々に離れていき、俺は一人ぼっちになった。
にしても暑い。5月下旬、そろそろ衣替えの季節だ。周りの生徒は皆腕まくりをしている。俺もしたいのは山々だが、いかんせん腕には治りかけの痣が無数にある。そんな状態で腕まくりをしたらただでさえ浮いた存在なのに余計に浮いてしまう。まぁ、それでもいいのだが、いらん心配されたり、追求されたりする人がいるかもしれないから結局出来ない。
チャイムと同時にグループで固まっていた生徒たちが自分の机へと戻っていく。そんな中、先生が入ってきて今日も1日学校生活が始まる。始まると言っても俺は基本的にボーとしているだけなのだがな。
全授業が終わり、教室は夕焼けに照らされややオレンジ色へと変化していく中、クラスメイトは徐々に下校する人や部活に行く人で少なくなっていく。俺もスクールバッグを持ち、教室から出る。特に部活をやっている訳でもないので、体育館やグランドに行く必要はない。だけど、俺はココ最近毎日通ってる場所がある。それは・・・・屋上だ。
フェンスに手をかけ下を見る。今までに二回見た光景だ。一日目は野球部の練習が見えた。二日目はハンドボール部が見えた。そして今日はグランドには無我夢中でボールを蹴ったり、指示を出したりしているサッカー部が見えた。それに吹奏楽部の演奏まで聞こえてくる。
俺がここ、屋上にまで来た理由はただ一つ・・・・自殺するためだ。
正直この人生には飽き飽きている。親父に殴られ、母は無視、面白くない学校生活、それが何度も何度も繰り返される日々。俺には命が宿っているのか?そんな疑問すら浮かんでくる。
”楽しくない”何をするにあたってもだ。クラスメイトが一発ギャグをしても、親父がいない時にテレビを見ても、本当に何をしても楽しくない。だから、俺はここで自殺をすることに決めたのだ。
「ここから飛び降りれば死ねるかな?」
俺のポツリと呟く声に反応するかのように言葉が返ってきた。
「君じゃ無理だよ」
一瞬ドッキっと心臓が跳ね上がる。予想だにしていなかった、誰かがここに来るなんて。とりあえず、俺はその声を発した人の方に身体を向ける。
屋上の入口付近に一人の少女が立っていた。ここからじゃ、誰だかわからないが女の子ということだけは理解出来る。そして辺りには彼女しかいないので自然と彼女が言葉を発したのだとも分かる。
彼女はゆっくりと歩を進ませながら、俺を煽るかのように言葉を並べた。
「正式には死ねる。けど、君じゃ無理。どうゆう意味かわかる?それは君が意気地無しだからだよ。君がここに来るのは三回目、前回前々回はただ下を向いただけで帰って行った。それはなぜか?死ぬのが怖かったから。そうだよね、永塚無樹斗くん!」
俺の目の前まできた彼女には見覚えがあった。確か・・・同じクラスの神橋有咲だった気がする。でも、今はそんなことどうでもいい。なぜ神橋さんは俺のココ最近の行動を知っている?その疑問符は俺一人では答えが出ないので本人に訊いてみることにした。
「どうしてココ最近の俺の行動を知っている?」
「君は僕と同じ匂いをしている。・・・ってのは冗談で見えちゃったんだよね。君の腕の痣、それも大量に」
その言葉を聞くと同時に咄嗟に腕を押さえる。見られてしまった!?いつ?どこで?腕の痣に関しては長袖なのでバレないだろうと思っていた。
そんな中、俺の頭の中にもう一つさっきの言葉でおかしい点に気づく。「僕と同じ匂いをしている」冗談とは言ったものの俺はその言葉がどうも気になってしまった。視線は勝手に神橋さんの腕へと向かう。すると、神橋さんはニコッと笑顔を浮かべ、袖をまくる。そこには無数の痣があった。
「御明答!僕も虐待を受けているんだよね」
神橋さんの目はどこか嬉しそうで、それでまた悲しそうでもあった。
「別に俺は虐待を受けているなんて言ってないけどね」
そう言うと神橋さんは「ええ?」と目を見開き、驚いた表情を浮かべる。別に虐待を受けていることを神橋さんに隠す必要はないのだろう。神橋さんは言ってくれたし。でも、なぜか俺は少し神橋さんをからかいたくなってしまった。
「虐待、受けてないの?」
神橋さんは驚いた表情のまま訊いてくる。なので今回はちゃんと答えてあげた。
「受けてるよ」
神橋さんは驚いた表情から一変、安堵の表情を浮かべ、ホッとした様子で胸を撫で下ろす。
「んで?俺になんのようなんだよ?」
ココ最近俺につきまとっていたなら何か俺に用事があるのだろう。だが、生憎と神橋さんと俺はクラスメイトということぐらいしか接点はない。
「単刀直入に言おうか」
そう言った神橋さんの表情は真剣そのものに変わっていた。何かとんでもないことを言い出すと思うとそれなりの覚悟がいる。生唾を呑み、神橋さんの言葉を待つ。やがて、神橋さんは夕焼けを見るようにして俺に背を向けた。夕焼けに照らされた神橋さんは何か神秘的なように見え、とても美しい。
「ねぇ、僕と一緒に家出しない?」
その一言は予想だにしていなかった。家出、誰しも考えたことがあるのではないか?ちなみに俺はない。家出をするよりも将来もっと一人でなんでも出来るようになってから独り立ちする方がよっぽどいいからだ。でも、なぜか神橋さんを前にすると「ごめん」「嫌だ」という断る言葉が出ない。
それはまるで神橋さんが本当の神のような存在だと思わせる。
「どうゆう意味?」
「それはねぇ」
そう前置きを置いてから、神橋さんは腰をひねり、上半身だけこちらを向く。俺と神橋さんの目が合った瞬間、
「神橋有咲と永塚無樹斗で一生帰らない家出をするんだ!そして一緒に誰にも邪魔されない自分たちだけの楽園を作ろうよ!」
その言葉に少し惑わされる。誰にも邪魔されない自分たちだけの楽園、本当に実現できるのなら乗るしかないが、もし失敗したら人生詰むことになる。親父には殴られ、学校は出席日数が足りず、卒業出来ない。そう思っていると、神橋さんは屋上の入口付近から歩いてきた時みたく、また俺へとゆっくり歩を進める。そして、俺の目の前まで来てから手を差し伸べ、一言継げる。
「僕と一緒に楽園へ」
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