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「バンプ」の剣技は取り立ててあれこれ語るほどのものではなかった。弱いものを力でねじ伏せることに慣れているだけの、こけおどしのようなものだった。ところで―
本当に「負けた」と思わされる瞬間って、なんだと思う?
それは秒殺ではない。歴然たる力の差をもってあっという間にしとめたとしても、やられた方は納得しない。運がなかっただけとか、調子が悪かったとか、そんな言い訳をして後へと流してしまう。本当に負けたと思わせるには、もう出来ることはないというところまで付き合ってやった上で倒すことだ。
あまり長く剣を振ったことがないのだろう、バンプはすぐに疲れを見せた。疲れは焦りを呼び、焦りは正確性を失くす。俺は身をもってそのことを知っていた。息巻いていた表情も、どこか自信なさげに見える。剣を掴んだバンプの右手を、下から手首ごと切り落とし、軌道を変えながら振り下ろして左足を足首から切断した。
一瞬、きょとんとしたバンプは、がくんと落ちた左足の断面の痛みに崩れ落ちた。それから、手首より先が無くなった右腕を見て、絶望的な表情を浮かべた。
「くっ…殺せ。」
(それ女騎士が言うやつだから…)
そんなツッコミは置いといて。
「わかったか?」
バンプは潔く頷いた。
「ぐうの音も出んよ。」
それからバンプは、左手をついて上半身を起こし、俺と再び対峙した。
「だけどなんて言うか…悪い気分じゃない。身の程を知った、もうイキがらなくて良くなった―そういう気分だ。」
俺は黙ってやつを見ていた。嘘は言ってなかった。さっきまでの表情とは違う、憑き物が落ちたかのようだった。
「なんで盗賊になった。」
バンプは唇を歪め、吐き捨てるように言った。
「孤児だった。施設へ行く馬車が襲われて、さらわれて、こき使われた。初めて人を殺したのは七つの時だ。襲った村の女を練習台にして、丁寧に教えてもらった。」
俺は首を横に振った。
「それが俺には生きることだったんだ。」
俺はわかったと頷いて、やつの傷口をきつく縛った。
「生きる資格があるやつなんてたぶん居ない。」
俺はバンプの正面に戻り、そう言った。
「だからみんな、それを手に入れようともがくんだ。」
バンプは俺の言うことがわからなかった。でも、出来ることならわかってみたい、という顔をしていた。
「これからすぐそこの街が、怪物に襲われる。」
「なんだと?」
「大人たちのほとんどは、殺される羽目になる、おそらく。」
「―何の話だ?」
「お前の仲間は、もしかしたら二、三人は生きているかもしれない。もしも死ななかったら、お前たちは街へ行って、残された者たちが生き延びることに手を貸せ。」
バンプは、わけがわからないという顔をしていた。が、ふーっと息をついて何度も頷いた。
「あんたがそう言うんなら、やるよ。ところで、街はなぜ怪物に襲われるんだ…?」
「厄介者の子供を殴って遊んでる大人が居る。それを黙って見てる大人もな。それは確かな審査のもとに選ばれ…喰われる。」
「…あんたがやるのか?」
俺は怪物じゃないよ、と俺は笑った。
「ゲスト審査員のひとりさ。」
そうして俺は、盗賊団のアジトを後にした。剣は、バンプが貰ってくれというので貰っておいた。走って街に戻り、まだ広場に居たさっきのおばちゃんを見つけ、盗賊団を潰してきたよ、と告げた。
「あんたよく生きてたねえ。謝って許してもらえたのかい?」
どうやら信じてないみたいだ。
俺はあたりを見渡した。銀髪の娘は居なかった。
「厄介者、はどこに住んでいるんだ?」
おばさんは顔をしかめた。
「あの子をどうしようっていうんだい?」
「おばさんはあの子を殴ったことがあるか?」
おばさんは言葉に詰まった。俺は少しだけ目に力を込めた。
「詳しく教えてくれるかい。」
おばさんの話によると、この街ではごくたまに、銀色の髪を持って生まれてくる子供が居る。そいつが二十歳になるまで生きていると街によくないことが起きる。人災か、天災か知らないが。過去にそういうことがあったと言い伝えられている。だからこの街では銀髪の子が生まれると、みんなで殺すことになっている。いきなり殺しては駄目らしい。肉体的にも精神的にもなぶり倒して、心を病むか自死するかというところまで追い込んで殺す。殺す前に子を産ませる…それがルールらしい。なぜそういうことになっているのかはわからない。
「銀髪の子は、これまでに何度生まれた…?」
「三人だと聞いているよ…あの子が四人目。」
わかった、と俺は表情を緩めた。おばさんはほっとした顔になった。
「それで、あの子はどこに居る?」