黒縄(こくじょう)地獄
「お腹すいたなぁ・・」
男はそう呟きながらポケットをまさぐってみた。
ポケットに入っていた小銭をつかんで見てみると、35円だった。
「これじゃ、缶ジュースも買えない・・・」
男はアルバイトの面接の帰りだった。
男はうなだれてアパートに戻った。
男は以前勤めていた会社をリストラされ、その後は派遣労働者として働いていた。
しかし、2ヶ月前いきなり、明日から来なくてもいいと言われた。
仕事が無くては生きていけない。
男は必死で仕事を探した。
しかし、男は既に40歳を超えていて仕事はなかなか見つからなかった。
アパートの部屋に戻ると、ポストには家賃や光熱費の督促状が沢山詰まっていた。
男は水を飲んで空腹を紛らわせていたが、履歴書と包丁を鞄に入れて立ち上がった。
男が何を思って包丁を鞄に入れたのか、自分でもよく分かっていなかった。
男は空腹を抱えて近くのコンビニへ向かった。
レジで店員の男に履歴書を見せながら、アルバイトの募集を見て来たと告げると、その男は申し訳なさそうに「すいません。ここのオーナは若い人しか雇わないんです。」と言った。
その後店員は何か言いかけたようだったが、男はため息をついて履歴書をしまおうと、鞄の中の包丁を手に取ってカウンターを飛び越えると、店員の男を刺した。
そして、お腹を抱えて倒れ込んだ男の背中を何度も何度も突き刺した。
ふと我に返ると、男のズボンのポケットに財布があるのが目に入り、男はその財布を盗ると逃げた。
闇雲に走ったと、自分が血だらけだと気がついて、男は家に戻った。
店員から奪った財布を見ると、入っていたのは3千円だけだった。
男は服を着替え、お金を握りしめると、自転車で逃亡を始めた。
男はあちこちで万引きや空き巣をしながら逃亡を続けたが、数週間後、男は捕まってしまった。
裁判で懲役刑の実刑判決を受けると、男は刑務所に入った。
長い年月が過ぎ、男の刑期がもうすぐ終わる頃、彼は心筋梗塞で倒れそのまま死んでしまった。
男は死後、三途の川を渡り、十王の裁判を受けた。
秦広王、初江王、宋帝王、五官王と裁判は続き、男は閻魔大王の裁判を受けることになった。
閻魔大王は男に、「何か申したいことはあるか。」と問うた。
死後時間がたっていたこともあって、男は冷静に話し始めた。
「閻魔様。私はまじめに仕事をしておりました。しかし、ある日リストラに遭い、その後は派遣社員として働きましたが、ある日突然もう来なくて良いと言われてました。その後もなんとか仕事を見つけようとアルバイトに応募したりしましたが、結局駄目でした。」
男はここまで話すと、一旦黙った。
そして、しばらく間を置いて再び話し始めた。
「自分たちの都合で私から職を奪った社会と私と、どちらが悪いのでしょうか。もちろん人を殺した罰は受ける必要があると思いますが、私は長い間刑務所に入れられ罰は受けました。」
閻魔大王はしばらく黙っていたが、「で、あるか。では、これを見よ。」と言うと大王は獄卒に大きな鏡を男の前に置くように命じた。
男が鏡の中を見ると、男が殺人を犯したコンビニが写っていた。
コンビニでは男が殺した店員が働いていた。
そこに、男が入ってきて履歴書を見せながら男にアルバイト募集の張り紙を見て来たと言った。
不思議なことに、男には店員の考えが伝わってきた。
(この日人リストラにでも遭ったんだろうか?でも、ここのオーナーは若い人しか雇わないしなぁ・・・)
店員は、申し訳なさそうに「すいません。ここのオーナは若い人しか雇わないんです。」と男に言った。
男はこの後包丁を取り出して店員を刺したことを鮮明に覚えていた。
しかし、鏡の中の男は包丁を握りしめたが、一瞬躊躇した。
すると店員が、「リストラですか。私もリストラされたことがありますが、大変でした。ここは無理ですが、この近くにリストラされた人を積極的に雇ってくれるコンビニがあるので、そちらに行ってみてはどうですか。実は私も仕事が見つからなくて困っていたときに、そこが雇ってくれたんですよ。その後、新しい職場が見つかって、そこは辞めたのですが、その後倒産してしまって、ここで働き始めたところです。」
男は店員にお礼を言うと、教えられたコンビニに行こうと店を出た。
(あ、あの様子だとご飯も食べてないかも知れないな。お弁当でも・・・)
店員は男を追いかけてきて、「これ、もうすぐ消費期限が切れるんで廃棄するお弁当です。まだ大丈夫ですので良かったらどうぞ。あと、これは少しですが生活費の足しにして下さい。」と言って、弁当と財布から取り出した3千円を男に渡した。
男はその場で崩れ落ちると、大声で泣いた。
閻魔大王はその様子をじっと見ていた。
やがて男は泣き止むと閻魔大王に言った。
「罪を償わせて下さい。」
「閻魔庁の判決は、黒縄地獄。」
閻魔大王の声が響いた。
作者は宗教家ではありません。この物語は、宗教の教えとは全く関係ありません。