侯爵と侯爵
それから数日後、ハナさんがフランチャスカ侯爵の嫡男と婦人を招いて、お茶会を開いてくれた。
場所はモーグ家の表用の庭だ。もちろん別棟からは離れている。
やって来たのは、俺より大柄でエルバーラと似たところのない婦人と、その母親そっくりの息子だ。焦げ茶の髪と細い目をしていて、何かを企んでやろうとばかりにキョロキョロ周りを伺う、落ち着きがない子供だった。
そのお子様を持ち上げに持ち上げて、ハナさんは悩ましげに言う。
「ーージェムニールくんはとても活発で、このお年で、もう貫禄が十分おありになるのねぇ。剣の筋もいいと聞きましたもの。学園も今年からなのでしょう?なのに通ってすぐに、多くの方とご友人関係を築いたとか。本当に素晴らしいですわ」
「ええ。この子は本当に、何もかも優秀すぎる息子ですのよ。いつも好かれて頼りにされていますの。誰にでも気品をもって付き合えるから、きっと周りが尊敬せずにはいられませんのね。もちろん天性の才能もございますけれどね、立派な後継ぎになるべく努力も怠らない本当に素晴らしい子ですのよ」
おほほ、と笑う婦人は自己顕示欲がかなり高そうである。貴族の婦人にはありがちだが、僕の評価はマイナスからのスタートだ。
というのもこの夫人が、王妃様の茶会でエルバーラを突き飛ばし怪我をさせた夫人だったからだ。
今も高慢そうに鼻をツンと突き出すしぐさが、僕の好感度を下げている。
だが、本日の目的はその息子と仲良くなることなので、僕は好悪を顔に出さないように注意を払う。
「まぁ羨ましい!その点、うちの子ったら、引っ込み思案で友人が一人もできないんですのよ。
恥ずかしながら、この間も王妃様主催のお茶会に参加したのですけど、周りの方と積極的にお話ができなかったようで、お友達ひとりも作れませんでしたの・・・わたくし心配で心配で。それで王妃様にご相談したら、フランチャスカ侯爵のご子息が、良い影響を与えてくださるのではないかと教えてくださいましたの」
ぜひこれから息子と仲良くしてやってくださいな、と明るく僕を貶めまくるハナさんに、なんだかなぁ~と納得できない気持ちを抱く。
王妃様のお茶会については、ハナさんが適当でいいって言ったんじゃないかと、抗議にもならない文句を我慢する。なにせ今日はエルバーラの兄と仲良くなることが大事、と無言でお茶を口に含む。
鼻に抜ける香りを楽しむ横で、ボロボロとお菓子のカスをこぼしながら、ジェムニールがお茶をすすっている。下品だ。確か僕より2つ上で、学園にも通っているはずなのに、調教中の幼獣と変わらないマナーの悪さ。
しかも口をモグモグさせたまま声をひそめて、僕に顔を近づけてきた。
「なぁ、お前んち昔の剣とか甲冑とかあるだろ?」
「え?うん・・・剣とか盾は倉庫で見たことがあるかな。古いものだけど」
「やっぱりな。父上がモーグ侯爵は昔からの家系だから、古くさい武器をたくさん持ってるはずだって。そういうの見せてもらって時間をつぶせって言ってたんだよ。なぁ、見せろよ」
「え・・・」
「だって花なんか見ても面白くないだろ?お茶もお菓子も食い終わったし、いいじゃん。お前んとこと俺ん所の格は一緒なんだから気楽にいこうぜ。なっギーヴ、俺はジェムな」
距離の詰め寄り方に面食らっていると、強引に肩を組まれて立たされる。身長が低い俺はジェムニールにがっしりと押さえ込まれた体勢になる。
「母上、ギーヴが見せたいものがあるって言うので行ってもいいですか?」
「あら、もう仲良くなったの?さすが優秀なジェムね」
肩に乗る腕を振り払えずにいると、ハナさんが心配そうに目配せを送ってくる。僕は大丈夫だとかすかに頷き返した。
「倉庫の武器をジェムに見せて差し上げようと思うんですが、いいですか?古い物に興味があるそうなので」
「武器?やっぱり男の子ねぇ。いいわ」
ハナさんが家令見習いのギッシュを呼んでくれる。倉庫の鍵を開けておいてくれるように命じてくれたので、僕は礼儀正しく一礼して、ジェムニールを倉庫に案内した。
「お前、くそ真面目で面白くねぇって言われるだろ」
大人がいなくなった途端、ジェムニールの態度はでかくなった。
「弱そうだし、年上への気遣いも足んねぇよな。そういう欠点、誰も言ってくれねぇんだろ?可哀想な奴だよなぁ」
さっき会ったばかりのヤツに好き勝手に言われて本気でムカついたのだが、倉庫の薄暗闇の中で良かった、とそう思う僕も、まだまだだ。
我慢我慢、エルバーラに近づくためなんだから!と心の中で繰り返す。
ジェムニールは倉庫に入ると、陳列されている古い剣を勝手に手に取り眺め始める。
「いいぜ、仲良くしてやる。俺の派閥にいれば学園に入学してもイジメられねぇからな。安心しろ」
別にイジメられてないから!と言ってやりたい。
だがエルバーラの為に!堪えて、違う話へすり替える。
「武器に詳しいのか?」
「ああ。知ってるか?昔の武器の方が、性能が良くて簡単に人の肉を斬れるんだ。昔は戦争が多かったからな、実用的なんだよ。今は騎士以外ホンモノは持てねぇ。学園でも模擬戦に使う武器は全部刃が潰されてんだ、面白くねぇだろ」
「・・・ケガをしないからいいのでは?」
「分かってねぇな、お前。どうせ魔物も斬ったことがねぇんだろ?こう振り抜くと、スパッと斬れて気持ちいいんだぜっ。紫の内臓とか黒い血とかが鋭く飛び散るんだ!すげぇ興奮するだろ!?」
「ーー学園って、入学したら魔物を斬るの?」
「ばっか、俺の趣味だよ!おっ、この槍すげぇ鋭い。こっちの矢もすげぇ!こっちの短剣、使った跡が残ってるぜ」
ジェムニールは、目を異様に輝かせて武器について語り続ける。
その熱の入れようが、無気味に見えた。
こいつ、大丈夫かよーー・・・。
「なぁ、今度うちに来いよ。俺の武器も見せてやる」
ジェムエールは興奮していた。
「その時、この短剣も持ってこいよ。また見たいしな」
一瞬ためらったものの、もちろん僕は素直に頷いておいた。親しくなるには、行動を共にできる趣味は必須だ。例え本当はお近づきになりたくない部類のお友達であっても。
ーーエルバーラに近づくために。
だから僕は、誤魔化しの薄い笑みを浮かべ続けた、続けた。
終わらない。。。もう短編にならない進み具合で
20部ぐらいで、まとめたいなぁと思っています。
お付き合い頂けると嬉しいのです。