〈律〉の違反者
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ブチ切れた僕は、とうとう家出した。
だが実は、その前夜、僕は〈日記の部屋〉ーーそう呼ぶことに決めたーーにこもっていた。
血鎖式の後、寝台に横になると、ぐるぐると色んな魔力が僕の中で渦巻いて、気持ち悪くなったからだ。
ハナさんとテドさん、クリス母さまのことーー寿命を繋ぐという秘術はうまくいったのだろうか、とか。
3人に本当にもう、二度と会えないのかな、とか。
学園に行きたい、エルバーラと。
けれど一族の当主の立場と侯爵当主を継ぐ立場になってしまって、今後どうなるのか不安が大きくなった。
優しそうに見えて、テドさんよりも厳しいお祖父様はこの状況で、学園に行くことを許してくれるだろうか?
怒涛のように色々降りかかる変化の日々の中でも、僕の心は変わらずエルバーラに囚われたままだ。
彼女に会っただけで心が晴れる。
彼女と言葉を交わしただけで満たされる。
彼女の微笑みを目にしただけで、独占したくなる。
『仕方ねぇよ、それがお前の運命だ』
ブラックが決めゼリフっぽく言う。今更だ。
エルバーラに関係しないことーー厳密には僕がエルバーラ以外のことを考えている時には、ブラックは動きが悪くなり、口も聞かなくなる。
でもエルバーラの事を考え出すと、途端にけしかけるように暴走しようとする。
ーーブラックも僕の一部なんだよね・・・フクザツ。
暴走する自分を客観的に見るのとは別に、焦りのような、急がなきゃと思う自分もいる。
ーーエルバーラを死なせない。今度こそあのネックレスをなんとかしなきゃ!
やっぱり今一番気にかかることは、エルバーラと魔族と妖精の存在だ。
ーーあの小さな妖精が言っていたことが本当なら、呪いには10年の余裕があるってことだ。
ーーエルバーラは呪いのネックレスのことを、知ってるんだろうか?
『ソノペンダントハ〈我が君〉とソノ女トノ命ヲかけた契約だヨぉ』
あの妖精は、ネックレスは〈契約〉だと言っていた。契約とは、互いの同意の上で結ばれるものだ、日本の法律上では。同意がなければ、無効の問題になる。
でもここは異世界だ。相手が魔族になれば、意志の同意なく結ばれる契約もあるかもしれない。それどころか契約そのものの意味も、ここでは違う可能性もある。
ーーエルバーラに直接聞いてみるべき?
ふと葬式の時に会ったエルバーラを思い出した。
『大丈夫?・・・まだ傷ついてる?』
あれは、両親が亡くなって心が傷付いた事を心配した言葉じゃなく、魔族によって傷つけられた僕の身体をエルバーラが気づかって、出てきた言葉?
ーーでも、それなら『怪我は大丈夫?』とか言うよね?あんなビミョーな言い方するかな?
色々考え込んで、すっかり眠れなくなっていた時、ブラックがそそのかす。
『そんなに気になるなら、さっさとエルバーラに会いに行けっ』
ーーエルバーラに。
その言葉に踊らされて、僕は遠見の魔法具をついつい起動した。真夜中で、寝ているエルバーラの姿だけでも、と願って。
女性の寝台を覗くという、盗み見は最低だと自覚しつつも、今日の僕は自制が効かなかった。
ニセ葬式で疲れ、血鎖式で魔力の大半を使い、不眠になるほど興奮していたのに。
その上、他人の魔力が僕の中で、まだぐるぐるしているーー。
◇◆◇
目を開けた時、てっきりフランチャスカ侯爵家にいるのだと思った。移動した感覚があったからだ。
またブラックになったのかと、自分の手を確認するが、いつもの僕と変わりない。
周りを見渡せば広い空間に、パルテノン神殿のような太い神殿柱が立ち並んでいる。天井は高く暗い。樹齢うん百年の杉木よりもきっと高い。
「誰ぞ」
静寂の中、気づけば目の前に、真っ白い長髪の女性が立っていた。
「✕✕✕ではないかえ、久しいの」
ーーあなたは・・・?
「そうか、今回は記憶を引き継がぬのかえ?奇特なことよの」
どう見ても、普通の人間には思えなかった。
人間にはありえないほどの美貌で、声は深く澄み、神秘的な響きがする。しかも女性の身体から放出される魔力の濃度が、人間のものとは全く違った。
「ほんに無駄なことじゃが。神とは遊び人で自由なものじゃの」
一方的に告げられる言葉がつらつらと流れ、僕の頭の中に意味を留めることはない。
まるで寝ぼけているかのように、何のリアクションも取れなかった。
「〈我が君〉」
そこに見覚えのある黒短髪の騎士が、唐突に姿を現した。
「妖精王の血筋か。私を追って来たか」
ーー黒騎士!お前がエルバーラを呪ったせいで、テオさんの結界が壊れたんだ!!
だが僕の文句は届いていないかのように、二人は言葉を交わしている。
「違うぞえ。ソレは真秀ろばの知人じゃ」
「真秀ろば」
ーー知らない。
「今となってはもう遠い地じゃの。ふふふ。実に面白きことになったーーそなた、人王の鎖は重いぞえ?」
ーー人王の鎖・・・?
「そうじゃ、そなたにも機会をやろうぞ!〈契約〉が満ちる前に、この郎師にひと太刀入らば、あの娘の契約を破棄してやろうぞーーじゃが、果たしてそれをあの娘が望むかのう」
ーー契約破棄って、呪いがなくなるってこと!?
ー僕は、エルバーラを死なせない!!
「〈我が君〉、切り捨ててよろしいか」
「ふふふ。郎師の好きにおし」
ーーえっ!?今!!・・・今度で!
意志の疎通ができないうちに、僕はまた黒騎士に切り捨てられ、遠くに飛ばされた。
◆◇◆
ふと我に返ると、僕は今度こそブラックの姿になっていた。
ーーここはフランチャスカ侯爵邸?
夜にしては明るいし、花の香りが強い。
時間がズレているーー。
「ありがとうございます!シャルモン殿下」
エルバーラの声だ・・・。
短いブラックの手足を必死に動かす。
草の影から抜け、でこぼこレンガの上を移動すれば、少し離れた場所に白いテーブルと椅子ーーおそらく王宮の庭園だーーで、エルバーラと第二王子がお茶をしていた。
そして、嬉しそうに手を合わせたエルバーラが王子の手を両手で捧げ持ち、その手の甲に顔を近づけた。
エルバーラの唇が、王子の手の甲に寄せられーーその刹那。
僕が嫉妬で暴発する間もなく、エルバーラの頭上に、吹き出しが飛び出ていた。
『〈律〉に違反する者』
真っ赤なそれを目にした瞬間、情報が飛び込んできた。
『 違反者: エルバーラ=フランチャスカ
違反項目:〈乙女ゲームの悪役令嬢〉逸脱違反 』
その瞬間、僕は日記の部屋に戻されていた。
「乙女ゲーム・・・悪役令嬢の、いつだついはん!?」
こうして、さらに謎と謎、嫉妬と謎を抱えまくって、疲れて翌朝を迎えた僕に、初めて会った従姉妹ーーテドさんの死んだ兄の遺児ーーを紹介して、「ギーヴィスト、この子がいとこで許嫁のアルールだ」とのたまわったお祖母様にブチ切れた僕は、同情されて当然ではないだろうか!?
ようやく次から、レベルアップ&学園編になります。
乙女ゲームの関係者がぽつぽつ出るような・・・?たぶん。
続けて覗いていただけると嬉しいです。




