血鎖式
「ギーヴ・・・」
特別な声で呼ばれて、ドキリとする。
「エルバーラ・・・?!」
喪服のエルバーラが心配そうに僕の前に立っていた。
「大丈夫?・・・まだ傷ついてる?」
小さな、聞き取れるギリギリの囁きが、かろうじて聞こえた。
「え・・・?」
両親を失って悲しんでいることを、気にしてくれたのだろうか?でもなんだかニュアンスが違うような・・・。
疑問を形にする前に、エルバーラの後ろの方からジェムニールが歩いてくる。途中で振り返り、その先に侯爵夫妻の姿もあった。
げっ、と思ったが、フランチャスカ侯爵夫妻は祖父母であるモーグ公爵夫妻と言葉を交わし、そのまま話し込んでいる。
「よう、ギーヴ」
「ジェムニールも来てくれたんだ」
「まぁなーー今回は心からお悔やみ申し上げる」
胸に手を当て、すっとお辞儀をする姿は、さすが嫡男というべきか、そつがない。
「私も、心からお悔やみ申し上げます」
エルバーラも、しずしずと礼を尽くしてくれる。それだけで、僕は心を持っていかれる心地がした。この茶番がようやく意味を持つ。
「お心遣い感謝します。故人との聖別となりますように」
「「聖別となりますように」」
二人の声が重なる。
お決まりの台詞だ。『故人との別れが、神の見守る聖なる別離(良い別離)となりますように』という意味だという。
葬式の直前に、アンナから教えてもらった貴族のウンチクだ。
「で、お前その歳で侯爵になるんだって?やりたい放題だな」
ジェムニールが羨ましげに言う。安定の不謹慎なヤツ。
「そんなわけないよ。侯爵になれるのは法律で16歳からだから、当分は、お祖父様の公爵家預かりになるんだ」
「だけどよ、公爵家が後見すれば、ギーヴの歳でも侯爵家当主になれるって父上が言ってたぜ?」
「やだよ、この歳から責任に追われるの。ーーすぐに当主教育が始まるんだけど、スケジュール見たら、学園に通う時間もないほどなんだ」
「ギーヴは学園に通わないの?」
そこでエルバーラが顔を上げた。
「ぁ、うん。学園は学院と違って義務じゃないしーーエヴァは残念に思ってくれる?」
僕はすごく返事が聞きたくなった。
「おい、途中で話に入ってくんなっ」
ジェムニールがイライラした様子でエルバーラを怒る。
「ごめんなさい」
謝るエルバーラを僕は全力で庇いたくなる。だが、相手はジェムニールだ。加減が必要ということで、やんわりと言ってみる。
「ジェム〜ここ墓所だよ」
「ふん」
「二人で来てくれて心強いよ。ありがとう」
僕が疲れた表情で言えば、ジェムニールはふんっと大きく鼻を鳴らせた。
「お前が学園に入ったら、色々教えてやろうと思ったのによっ」
「同じクラスになれるかと思ったから、ちょっと残念ね・・・」
珍しく、エルバーラが積極的に気持ちを表してくれる。
ーーえ、うそっ!残念とか思ってくれるんだ!?
「そうだよね!せっかく二人と学園で会えるんだし・・・」
エルバーラがそう言ってくれるのに、なんでそうせずにいられるものかーー僕は猛烈に学園に行きたくなった。
頭の中で必死に段取りを考える。
前倒しで始まる当主教育のカリキュラムがすごいことは教えられたが、全体的には何をどれくらい必要なのかは、まだ把握出来ていなかった。
「うん・・・僕も学園行きたいよ!お祖父様に頼んでみる」
「おっ、マジか?」
「なんとかしてみるよ」
とりあえずアンナやお祖母様に相談してみようと思った。
「そう、良かった・・・」
喜ぶエルバーラがーー猛烈に尊い、エモい。
ーーあぁ、なんだろう。エルバーラの淡い微笑みを見ただけで、負の感情が全部、塗り替えられていく気がする。
ーーやっぱり僕にはエルバーラが必要だよ!
◇◇◆◇
葬式が終わった夜だった。
普通、子供の僕はすでに寝ている時間だ。それに昼間のニセ葬式で僕は少し疲れていた。
それなのにアンナに正装させられて、僕は本館奥の、来たことのない大広間に連れて来られた。
初めて来るそこは、テドさんが執務などの仕事をしていた区画だ。客人や部下との打ち合わせなど、仕事にまつわる人が出入りする場所だとも聞いていた。
「アンナ、ここで何があるの?」
何も聞かされていない僕は、よそよそしい雰囲気にそわそわする。
よく見れば、アンナも侍女服ではなく茶色の正装だった。
そしてたどり着いた重厚な扉の前には、正騎士の服に身を包んだチャンクスが、帯剣して待っていた。
「チャンクス?」
「本日はご当主であるギーヴィストさまの魔法騎士として、お側に侍らせていただきます」
「ご当主!?えっ、、、どういうこと」
アンナもチャンクスも畏まって、頭を下げる。
戸惑っていると、正装姿のお祖父様が護衛騎士数人に囲まれ、ものものしくやって来た。
「ギーヴィスト」
「お祖父様ーー」
「さぁ行こう。これからが一族と当主の血鎖式だ」
ーー血鎖式!?ええっ、なにそれ!?当主だって、16歳まで保留じゃなかったのかよっ!
僕の混乱などガン無視されて、左右に大きく開かれた扉の先ーー大広間には、ひしめくほど多くの一族の者が集まっていた。




