自覚
「ギーヴ君、お茶会で何かあったのかしら?」
母親のハナさんがお茶で一服した後に、改めて聞いてきた。
王妃様の茶会から帰ってきた夜、クリス母さまのお部屋、別棟にある通称『花園』で食後のお茶を頂いていた時だった。
子供ころはこの部屋で四人揃って朝食と晩餐を食べていたのだが、気を使うクリス母さまが、僕たちに合わせようとして体調を崩してしまってから、みんなで集まるのは、クリス母さまの夕食がゆっくり終わった頃ーー夕食後の時間になっていた。
「テドさんが戻ってきてから話そうと思っていたんです・・・」
「それがねぇ、テドさんは今日遅くなるそうなの。厄介な争議で朝帰りになるかもしれないって、モルグさんが伝言に来てくれたみたいで。今頃はきっと獲物を仕留める恐怖の岩熊みたいに、あちこちに吠えまくっているんじゃないかしら?」
母親が明るく笑う。ちなみにモルグさんとは法務部の四等書記官ーー法務部きっての下っ端、一応上級官僚さんである。
「そうですか。テドさんに聞いてみたいことがあったのですが」
「お茶会のこと?それならハナさんの方が詳しいと思うのだけど」
聞いて聞いてと、瞳をキラキラさせながら対面に座る母親を見返した後、横のクリス母さまを伺う。
クリス母さまは、庭に面したガラス窓の側で、一人がけ用のベット椅子のような柔らかいソファに寝そべり、膝に掛けた毛布を侍女のルーシーにかけ直してもらっていた。
今日は随分、体調が良さそうだとほっとする。
「話して、ギーヴくん」
クリス母さまは心配げな僕の視線に気づいて、大丈夫とほわほわした笑顔になった。
僕は彼女を思い出しながら話し出す。
「僕、今日はもうーー回復魔法を使ってしまいました。1日1回、クリス母さまにしか、使っちゃあいけないってテドさんと約束していてーーでもその約束は3歳のときの約束で、今は少し魔力が増えていると思うので、今日もう1回くらいなら使っても平気な気がするんです。でも、テドさんに聞かずにクリス母さまに使っていいのかなって思って」
「そうねぇ、魔力関係はテドさんに聞かないと私じゃあ分からないわ。クリスの前で倒れてほしくもないし」
「わたくしも今日は、調子がいいのよ」
気にしないで、とクリス母さまに言われる。僕は曖昧に頷いた。
回復魔法と言っても、僕の力ではクリス母さまの呼吸を少し楽にさせるぐらいの効果しかない。侍女のルーシーやテドさんに比べれば、ほとんど気休めの役に立たないものだ。それでもこれは僕がクリス母さまにできる数少ないことだったから、大事にこだわりたかったのだが。
でもテドさんのいない所で、クリス母さま関連を勝手に決めてはいけない、というのがモーグ家の絶対ルールだ。
「分かりました」
僕は潔く諦める。すると母親が不思議そうな顔をした。
「でも、誰に使ったの?茶会で怪我をした子供がいたかしら?ギーヴ君、魔法は隠したんでしょう?」
「ご令嬢以外に周りには誰もいませんでしたし、彼女も僕がヒミツにしていることは理解してくれました」
「まぁ、ご令嬢」
クリス母さまが嬉しそうに、か細い声を立てる。
「たまたまです。見かけて気がついたらーー転んで手を怪我していたご令嬢に、魔法を使っていました」
「それって気に入ったのね!ギーヴ君、誰とも仲良くしてなさそうだったのに、やるわね!どこのお嬢さんなの?」
「ハナさん、だから誤解しないでくださいっ!気に入るっていうか、ちょっとだけ気になっただけなのでっ」
「それで十分よ。上位貴族の子女なんてね、あっという間に将来が決まってしまうの。気になるなら、早いうちに手を打っておかなきゃ。すぐに予約済みになって、どこかの誰かに持って行かれてしまうのよ。後悔するよりも婚約だけでもして、ゆっくり情愛を育てればいいわ」
「ですが、僕はまだ5歳で」
「で、誰なの?」
「・・・」
「王家以外ならどこでも大丈夫よ。うちは中立でどこの家とも上手く付き合えるし、そのうちテドさんがお義父様の四大公爵家の1つ〈モーグ〉を引き継ぐんだから、もらうお嬢さんの家格にはこだわらないわよ」
前のめりになる母親の勢いに困って、僕はクリス母さまに助けを求める。
「ハナスティアはせっかちさん、ギーヴくん困ってる」
「だってクリスティーヌ」
「ギーヴくんは慎重なの。何度か会わせて話をさせてあげて?」
「あんまりそういうのは普通じゃあないわ。決めてからぱっと会わせるのが貴族同士なんだもの」
「普通の考え方で押し込めるの、かわいそう。ギーヴくんはしっかりしている」
クリス母さまの援護で、僕はようやく口を開く。
「ハナさんっ、僕、とりあえずはもう一度話をするだけでいいです。お茶に招待してくれませんか?」
「そう?それでいいの?」
「それで十分です!ありがとうございます、ハナさん」
不服そうなハナさんの言葉に食い気味に、僕は言い切った。
どういうわけかその時の僕は、親に決められた婚約者という関係で彼女にもう一度会いたくないと思ったのだ。多分、貴族ぶったルール以外のところで、素の彼女と話したいんだと思う。
「ん~それで誰を招待して欲しいの?」
ハナさんにそう聞かれて、僕はようやく彼女の名前を舌にのせる。
「その、フランチャスカ侯爵の長女、エルバーラ嬢を」
「まぁ、ギーヴくん。彼女は駄目よ」
ハナさんが残念そうに眉を下げる。
「え?」
「第二王子の婚約者に内定してしまったばかりなの。正式発表まではご招待しても断られると思うわ」
ハナさんにそう教えてもらいながら、僕は得体のしれない卵が体の中に産み付けられた気がした。
「残念だけどエルバーラ嬢は王妃様のお気に入りなのよ。今日の茶会でも話題に上ったくらいで」
「・・・」
「元気出して!ギーヴ君なら、すぐにまた違う出会いがあるわ」
母親の言葉が遠く聞こえた。
ーーもう一度話をしてみたいな、とただそれだけしか思っていなかったのに。
ーー第二王子の婚約者。
ーー第二王子の。
ーー彼女は、駄目?
ふと、さらさらと揺れた黒髪を思い出す。
掴んだ手の平の柔らかい感触も。濡れた強い瞳も。
『じぶんだけ大人だっておもってる?』
トゲトゲした澄んだ声が、その時確かに、僕の中で渦巻きだしていた。
10部前後で終わりたいのですが、終わらないかも。
短編ヘタクソです。。。