迷路庭園4〈ハナスティア〉
今回はちょっと暗い話です。
「テドさん、パーティーは無事終わりましたわ」
ハナさんの言葉が優しく響く。
ベットの傍らで、クリス母さまの手を握り、額を押し付けたままのテドさんは、身動き一つ、何の反応も示さなかった。
7歳の祝いのパーティーは、時間通りに無事終了した。
闘いの跡が残る迷路はそのまま、魔導具で閉鎖され、エルバーラと二人の令嬢は、使用人によって密かに客室に運ばれた。
ジェムニールは迷路を最速で突破して出口の東屋にたどり着き、見守っていた大人たちに称えられたらしい。フランチャスカ侯爵夫人はそれを自慢気に褒めたたえ、一緒に連れてきた娘の事などすっかり忘れていた。
気を失っていたエルバーラや令嬢達は、迷路に進んでからの記憶を失っていた。迷路の暗がりで出会った使用人に驚き、逃げようとして倒れ、気を失ったことにしたようだ。
東屋では迷路を探検した子供や若いカップル、令嬢たちの話で盛り上がり、東屋で先に花を愛でていたご婦人方は、お茶やお菓子を味わいながら、モーグ家の風変わりな催しを堪能したという。
その間、当主夫妻と主役である嫡男の不在を、誰も不審に思わなかったのは、家令や使用人達のもてなしによるフォローがあったからこそである。
閉会時間の挨拶に間に合った僕とハナさんは、笑顔で挨拶をし、お客様のお見送りを問題なくこなしたのだった。
そして、静寂が館に戻ってーー僕達は別館の『花園』にいた。
僕は僕の起こした事の大きさに、恐れおののき、クリス母さまのベットに近づくことができなかった。
「クリスティーヌ・・・ごめんね。私達はやっぱりまだ、貴方を逝かせられないの。神に背いたっていい。なんだってするわっ、その手段がある限りーー。どうしたって変われないものっ」
「・・・」
ハナさんが微笑みながら、時間を止めたクリス母さまに語りかける。
その様子はいつもの明るさを失っていた。
僕は言葉をーー何かを言おうとして、喉が詰まる。
「ーーきっと貴方は怒るでしょうね。息子をーーギーヴ君を優先して、と。貴方にとって、ギーヴ君は大事な息子で、唯一の希望だったから」
「は、ハナ、さん」
「ごめんなさい、ギーヴ君」
ハナさんがなぜか静かに謝る。僕は強く首を振った。
「ち、違いますっ。僕が、エルバーラの呪いを解こうとしたからっ、だから結界がっ、悪いのは僕ですっ。僕がっ、僕がっ、クリス母さまをっ・・・」
「ギーヴ君。あなたせいじゃないわ」
「でもっ」
「聞いてーー悪いのは私とテドさんなのよ。クリスはねーー本当は、クリスティーヌは16歳の時に死んでいたの。病気だった。薬でも魔法でもどうにもならなくて、私は毎日クリスティーヌを失うことに恐怖していたわ」
「・・・」
「クリスティーヌが生き延びてくれるなら、私は何でもしようと思ったの。私の命でも身体でも、クリスティーヌが死なないなら何を捧げてもいい。その手段が禁呪の黒魔術や、伝説の魔族との取引であっても、魂を売ることになったとしても、私にはクリスティーヌを失うことが耐えられなかったっ」
ハナさんの瞳が暗く沈むーーまるで、時々テドさんが覗かせていた、深くて重い絶望の淵を見つめるような、そんな瞳だ。
「ーーそれがテドさんのおかげで生き延びてくれた。デドさんが結界を張ってくれて、クリスティーヌのために回復魔法を使ってくれて、私は忘れていたの。神の定めた運命を弄ることがどれだけ罪深くて、許されないことなのか。・・・クリスティーヌ、あなたはいつも言ってくれていたのに、ね」
そう言って、ハナさんはクリス母さまの頬に触れた。
「三人で幸せだったわ。時が止まったようで、ずっと夢の中にいた。
でもね、そんな時、クリスティーヌが子供が欲しいと願ったの。テドさんと話し合って、三人で話し合ってーークリスティーヌが望んだから、私はあなたを産んだ」
ハナさんがゆっくりと顔を上げて、僕を見た。僕は訳のわからない感情に叫びたくなった。
「やっぱり、ごめんなさいは私達ね・・・」
ハナさんは自嘲するように、泣き笑いを浮かべる。
「母上と呼ばせなくて、ごめんなさい。私はあなたの母親にはなれなかった。クリスティーヌに言われても、いくら時間が経ったとしても、私が私である限り、同じ答えになるわ。そして多分、彼もーーテドさんも同じなのよ」
「なんで、そんな別れみたいな・・・っ」
「ハナさんと僕は、クリスを連れて3人だけで、領地に移ります。結界を閉じて僕達の寿命を使ってクリスをーー生かします」
テドさんが顔を上げてそう告げた。
ーー待って、話が早すぎる!どうして?二人の寿命!?
「3人だけって、なぜっ」
「クリスは今、仮死状態をギリギリ保っています。これ以上は僕でもどうしようもないのです。それもあと数日で手遅れになる。だから、ハナさんの血に頼るしかない」
テドさんが、僕を虚ろに見つめた。
「妖精王の言葉よ。『妖精王は伴侶へ寿命を分け与えることができる』辺境伯家に伝わる秘術なの。でも妖精でもない人間が、死ぬ人間に寿命を分け与えても、生きることはできないわ。でも、テドさんの強固な結界の中でなら、妖精の血筋を蘇らせられるの」
ハナさんはテドさんと頷き合う。既に話は決まっているような様子だ。
僕は嫌でも悟った。尋ねることに、勇気がいる。
「僕はーーその結界の中にいないんですね・・・」
「誰も、よ。私たち3人だけ。寿命を繋げる私達以外、誰の魔力も邪魔になるわーーそれに、ギーヴ君には大事な人がいるでしょ?いつまで生きられるか分からない私達と、一緒にいては駄目よ」
「っ・・・!」
僕は胸に詰まったモノを飲み込もうと、必死に呼吸を繰り返した。
「僕だけ・・・?」
「ギーヴィスト、僕も君の父親になれなかったことを謝ります。君を育て導き、時に君の失敗の責任を共に負い、時に君を自慢に思うーーそうした息子の幸せを見届けることができないまま、僕達は君に義務だけを押し付けていきます・・クリスを選んでしまう僕達を憎んでください」
「に、憎むはず、ないじゃないですかっ!僕はっ、僕の親はテドさんとハナさんでっ、クリス母さまはクリス母さまでっーー」
こらえ切れなくなった涙が、溢れ出た。
「もう、会いに行ってもいけないのですかっ!?」
ちょっと変わった幸せな家族だった。
それが不思議で、でも居心地が良くて。
前世の記憶があっても、子供の僕は、こんなに簡単に家族がバラバラになるとは知らなかったのだ。
男と女の表情を浮かべるテドさんとハナさんは、もういろんな事を考えて、選んで選んで、その結果の別離なのだ。
弾かれた家族の輪の外で、僕はーーひとりになる。
突き放され、『ごめんなさい』と謝られて、僕はどうすればよかったのだろう。
エルバーラに〈独占欲〉を感じなければ。
エルバーラの呪いのネックレスに気づかなければ。
呪いのネックレスの解呪をしなければ。
せめてテドさんの結界の中で解呪をしなければ。
結界が壊されず、クリス母さまも死ななくてーー。
僕ら家族は、変な家族のまま、幸せでいられたのだろうか。
その2日後、テドさんとハナさんは、馬車の事故で死亡したとモーグ公爵家から公表された。
ーーこうして、僕は若くして侯爵家を継ぐ事に決まった・・・。
テドさん、ハナさん、呼びのワケでした。(無事伏線回収できました)
次から第三章になります。
ギーヴくんのヤサグレ時代に突入です。
でもその前に、明るいエルバーラの事情が入ると思います。
よろしければ、また覗いてみてください。




