迷路庭園3〈テオドール〉
「〈我が君〉の命約を遮ることは許されぬ」
低いーー闇の底から響き渡る声が、そう僕に告げた。
発動した魔法陣が、切り裂かれ、不発に終わる。残像のような魔術式から、僕は転がるように逃れた。
「・・・誰だっ」
「ほう、切っ先から逃れたかーーいや白魔法の使い手か」
無表情のまま、黒騎士は呟く。
僕は黒騎士を見据えたまま、回復魔法で自分の傷を急いで塞いでいった。
「見事だ、人間」
「お前っーー魔族!?」
わずかに細められた瞳は深い闇色だ。縦に走る虹彩が爬虫類のように、感情を排除する。
存在自体の禍々しさに、僕は拳を握りこむ。
「なぜっ、魔族がーー」
「知る必要はない。私は〈我が君〉を遮るものを片付けるのみ」
瞬間、黒騎士の姿が消えた。咄嗟に防御魔法を張る。だが、その防御魔法ごと、エルバーラの方へふっ飛ばされてしまう。
「ギーヴ!?」
「エルバーラっ、逃げろっ」
令嬢二人が悲鳴を上げる。エルバーラが血まみれの僕の方に近づいて来た。叫んだ僕は、エルバーラを背に隠すように立ち上がった。
剣を下げて、ゆっくりと黒騎士が近づいてくる。
僕はモーグ家独自魔法の術式を起動する。
魔力が減って、発動に時間がかかる。だが、それでも、魔法に頼るしかない。
武器がほしいと、心底思った。
この禍々しい魔族に太刀打ちできる武器がーー。
「ダメッ。殺さないでっ」
その時、僕の前にエルバーラが飛び出てきた。
「エルバーラっ危ないっ」
僕の静止に答えることなく、彼女は早口で魔法を唱える。すると周りを囲むいくつもの緑の枝が、棘を持つ鞭のように長く伸び、黒騎士へ襲いかかった。
その緑の枝を、黒騎士はたやすく斬り伏せ、反対に湧き出た黒の靄がエルバーラに絡みついた。
「エルバーラっ」
「だめっ・・・もう、イヤな、のっ・・・!」
もがきながらも力尽き、地面に倒れ伏すエルバーラ。
同時に、背後で令嬢たちが倒れた音がする。
僕は術式を保持し、そのまま攻撃に転じた。
だがーー。
「無駄だ」
渾身の雷魔法を軽く斬って捨てられる。
くそっーー力が違いすぎる。
たったひと振りで僕の魔法を斬り裂き、黒騎士から放たれる黒い靄が、辺りを侵食する。その次には僕の全身は簡単に貫かれていた。
「ぐうっ!」
絶体絶命、その言葉を初めて思い浮かべた。近づく黒騎士に肚を決める。諦めたくないーーっ!
その時、周囲の天地に何十何百という魔法陣が出現する。
「ここはモーグ侯爵家、人間の領域ですーー人外はお引き取りを」
穏やかな口調でありながら、威圧的な声。
現れたのは、モーグ侯爵家当主、テオドール=フィン=モーグーーテドさんだった。
初めて見る、テドさんの憤怒の表情だ。
テドさんの膨大な魔力がうねり、黒騎士に向かう。黒騎士の黒い靄を端から一気に消滅させていった。
「中々なものだ、人間」
「もう一度言います。すぐにーー立ち去れっ」
「ーー人間には見合わぬ魔力だが、それで脅せると思うのは笑止」
「では、力ずくで行きます!」
言葉よりも早くテドさんの、天地空の魔法陣から、火炎砲が噴出される。発動が切り替わると今度は風神斬、次に僕よりも強い、雷神槍が黒騎士を襲う。
繰り広げられる、テドさんの本気の乱れ打ち魔法と、それを斬りすてる黒騎士の戦い。
その凄まじい衝撃に絶え、僕は倒れたエルバーラを腕にかき抱いた。
「エルバーラっ」
呼吸があることを確認して、ホッとする。
気を失っているだけのようだ。
それならーー。
僕はエルバーラの首に触れる。すると見えず触れずのはずだった呪いのネックレスは、僕が触れた途端、はっきりと実体化した。
「ダメだヨォ〜」
いきなり目の前に、虹色の羽が見えた。手の平ほどに小さな女性だ。
「お前ハ権利がナイ〜ヨ」
「・・・ようせい?」
「アハハハ正解ダ〜。ソノペンダントハ〈我が君〉とソノ女トノ命ヲかけた契約だヨぉ〜妖精族の王子デモ介入できないネ〜介入スレバ、女ハ即死ダヨ〜ネガウ?ネガウ?」
「願わない・・・」
物騒な内容を明るく話される。僕はすぐに否定した。
「ソレがイイねぇ。アト十年ダヨ〜」
「・・・10年って!?命を掛けた契約って!?魔族とエルバーラが?」
僕は知りたくて、矢継ぎ早に質問を続ける。
妖精が気まぐれだというのは有名な話だ。答えてくれる内にと焦りが出る。
「ダカラ、お前ハ権利がナイ〜ヨ!」
「権利ってーー」
だが、小さな妖精はそう繰り返すのみだ。
しかも僕を無視して、今だ繰り広げられるテドさんと黒騎士の戦いに、いともあっさりと割り込んだ。
テドさんが膝をつき、黒騎士が剣を引く。
「オ呼び〜ィ、オ呼び〜ィ!〈我が君〉のオ呼びダ〜ヨ〜」
「サシュ」
「放置〜放置〜この件、放置ダヨぉ〜オ前もオ前もラッキー!」
くるくる回って妖精がそう告げると、黒騎士は剣を鞘に収めた。
その音で初めて、いままでの空間が別空間だったことを知る。
「勇者よりは楽しめたぞ」
黒騎士がニヤリと笑う。
その直後、黒い魔法の波動と共に、モーグ家全体を覆っていた結界が破裂した。
余波が僕達を襲う。
黒い靄に包まれ、消えていく黒騎士と小さな妖精の女性。
「忠告はしたぞ、妖精王の血を引く者よ」
耳元に残された言葉を呆然と聞きながら、僕はエルバーラをただ抱きしめていた。
血だまりに倒れていたテドさんが、起き上がろうと足掻いている。
「・・・テドさんっ」
僕の声はかすれていた。
「クリスっクリスっーークリスティーヌをっ」
テドさんの顔は色を失っている。
ーークリス母さまっ!
結界は完全に、消えていたーー。
更新は火木日になります。
更新できなかったらすみません。
次で第二章は終わり(のはず)ですので。
修正多くてすみません。。。




