庭園
王妃様の茶会は、思ったよりも規模が大きかった。
メインのお子様20人ほどに加えて、付添の夫人や家によっては介添人(保母)を連れてきている場合もあり、王宮の侍女や警備の騎士と合わせると、密集しすぎて、バラ園は花見に向かない状況になっていた。
王妃様に挨拶をして席についた子どもたちは、親が横にいた間は、貴族の子供らしく大人しく座って菓子とお茶を食べていたが、第二王子のシャルモンが遅れて登場したのを機に、ワラワラと好き勝手に動きだす。
親たちは親たちで場を移し、子どもたちを離れて見守りつつ、社交場での駆け引きを始めていた。
ハナさんも王妃様の横に付き、四阿付近の集団で薔薇を肴に笑い声を上げていた。
「ハナさんの言うとおり、幼獣ばっか」
さすがに暴れるお子様はいないが、じっとしていられないのが調教中の幼獣である。
巻き込まれないよう僕はテーブルの隅に移動していたのだが、横の席にいきなり男の子が座る。茶髪に薄黄緑の瞳ーー確か王軍師団長の。
「オマエだれ?おれドリィ」
ぶっきらぼうな口調に面食らう。
王妃様に挨拶をしていたときの事を思い出しながら、うっすら笑みを浮かべて挨拶を返す。
「王軍師団長であるタルべ伯爵の長子、ドリィギアさまですね。はじめまして。僕はモーグ侯爵が長子、ギーヴィスト=フィン=モーグです」
ヨロシクはしたくないので、名乗りだけにする。僕の方が爵位が上だが、今日は王妃様に身分を気にせず交流して欲しいと言われていた。
にしても、乱暴な口調なので慇懃無礼に対応する。
それが気に入らなかったのか、ドリィギアはフンと鼻を鳴らす。
「おれのおじいさまは、アロワナこうしゃくだぞ」
初対面でいきなり七光かよ、と呆れつつ、「スゴイデスネェ」というほしい言葉は言ってやらない。
「ぞんじ上げていますよ。50年前のボナペ王国の戦のお話は家庭教師から何度もならいました。そのときの水攻めの方法について1つふしぎなのですが、ドリィギアさまはお爺様の公爵からお話聞かれておりますよねぇ?僕にもおしえてくださいますか?」
「お、オマエ」
「はい?」
「おもしろくないっ!」
目を白黒させていた幼獣は、慌てて椅子を飛び降り、別の集団に逃げて行った。
ひとり撃退、と勝敗を噛みしめる間もなく、次に女の子二人が横に立っていた。
「ねぇねぇ、ギーヴィストさまは、こうしゃくさまになるんでしょ?なかよくひましょ!わたちたちツィードはくしゃくけ、ちょうじょ、ラインスじぇす」
「じじょ、マランスじぇす」
赤とピンクを着た二人は双子なのだろう。髪も瞳の色もそっくりだ。
訛ってますよ~狙って来ないでくださいよ~と思いつつ、当たり障りなく笑顔で返す。
「あのねっ、おかかさまが仲良くしておきなさいってゆってたの。でもね、マランスはおうじさまのほうがいいの」
「ラインスはビードくんがいいのぉ」
「びーど?」
「おととさまがくれたにんぎょうぉ!みる?」
見るかと言われても、人形には全く興味がない。
しかも侯爵家目当てで仲良くしようと言われても、今は結構ですとお断りしたいのが本音だ。
どうせ7歳になれば貴族学園で駆け引きが始まる。
今日のような気を抜いた(抜いていいと言われている)集まりで、扱いやすそうな友人候補を見つける以外の労力は、極力ご遠慮願おう。
「すみません、ごれいじょうたち。僕はおかあさまにご用事ができたので、席をはずします。あ、王子も移動されそうですよ?ほら早く行った方がいいです」
椅子から立ち上がり、二人を促す。
強く言われた二人は、興味を移して「おうじひゃまっ」と素直に走って行った。
やれやれである。
立ちあがったついでに、ぐるりと見回す。幼獣の半分は王子様に群がっていた。親によっぽど言い含められていたのだろう、半分以上が女の子だ。
一方、男の子のうち、やんちゃでじっとしてられない幼獣が、さっきのドリィギアを筆頭に駆け回ったりイタズラもどきをしようと集団で動いていた。
僕のようにひとり座っているのは、かえって目立っていたと気づく。
少し動いた方がいいか、と王宮の建物の方へ歩く。
途中で侍従が声をかけてきた。
「手洗いです」
場所は分かりますので、とお利口なふりをすれば、あっさり許してくれる。
回廊の右手側、目と鼻の先に見えているので安全だと判断されたのだろう。
ひとりぶらぶら時間をかけてご不浄をすませ、回廊を戻る。
友達になれそうな男子がひとりふたりいたので、この後はさり気なく話しかけてみようと決める。
回廊は、庭園に面した側は壁がなく柱のみで、バラ園を見渡せるようになっていた。
そこでふと、庭園の端で女の子が母親に突き飛ばされて、地面に転がったところを見てしまう。
建物寄りの、ちょうど樹木と薔薇の茂みの影になっている場所のため、護衛の騎士や王宮の使用人、茶会の参加者の誰もが気づいていなかった。
母親はなにか苛立った様子で女の子に言い捨て、そのまま茶会へ戻ってしまった。残された女の子は転がったまま、じっと地面を見つめている。
「大丈夫かい」
気がつけば、僕は父親の真似をして女の子に手を差し伸べていた。
じっと見上げてくる女の子はとても綺麗な顔をしていた。黒く濡れた瞳が強く光ってどきりとする。
「ーー大丈夫ですわ」
僕の手を無視して立ち上がった女の子は、僕よりも少しだけ身長が高かった。
バサリと背中に払った紫がかった黒髪は、真っ直ぐでさらさらといつでも音を立てそうだ。
ずっと噛み締めていたのか唇が赤くなっていた。その様子が白い肌に映えて、僕の脳裏に焼き付く。
「血がーー出てる」
ぼんやり見ていると、青いドレスに付いた砂を払う、女の子の手の甲に気づいた。
気がついたらその手を取って、勝手に回復魔法をかけていた。綺麗な顔が驚いて、年相応にあどけなく見える。
「もうまほうが、つかえるの?」
「ヒミツだよ?学園に入る前にバレると、王女さまと婚約させられるんだ」
「わかったわ」
「わかったの!?」
「目立つとめんどうなことになるからでしょ?」
「そうだけどーー君、いくつ?」
「じょせいに、としをきくのは、マナーいはんなのよ」
「ごめん、こんなに会話ができるとは思ってなくて」
「じぶんだけ大人だっておもってる?」
「そういう訳じゃあないんだけど」
トゲトゲする女の子に僕は困ってしまう。
「・・・ごめんなさい。あなたがハラグロでも、親切にしてくれたことは、かんしゃしなくちゃいけないのに、やつあたりしてしまったの」
「それは・・・僕もマナー違反だったし」
「手、ありがとう」
「えっと・・・うん」
素直な言葉に僕はなぜかザワザワしてしまう。
でもそれがどういう理由でかはわからない。
「さきにもどっていい?」
綺麗な表情に戻った女の子が、そう言う。
短い間でも人目のない場所で男女が二人っきりでいたというのは、外聞が良くない。たとえ調教中の幼獣と呼ばれる年齢であっても、貴族である限り、気をつけろと教えこまれたルールは守るべきだ。
「うん。僕は少し後から戻ることにするよ」
少し離れがたい気がして、できればもっと話したいという興味を僕は押し隠す。
女の子は僕の言葉にほっとした雰囲気をもらして、「じゃあ」とあっさり立ち去った。
その後、僕は女の子の姿を探して茶会に戻りーー気がつけば、友人候補も婚約者候補も見つけられず、満足に交流さえできなかった。
ただ、その時に出会った女の子が、フランチャスカ侯爵の長女で、エルバーラという名前であることだけを、知った。