少女の事情4〈契約のペンダント〉
圧倒的な力ーーそれはどこか滑稽で、皮肉が効いている。
簡単に四肢を踊らせ、血まみれになっていくバフコさんとスーシャさん。
わたしは何もできなかったーー何も思いつかなかった。逃げることも、助けるために飛びかかることも、できなかった。
日本人の女で、今は貴族の幼女でしかない〈私〉は、その様子をAIのフェイク映像のように感じる。
起こったことが早すぎてーーありえなすぎて、現実感を失っていた。
あっという間に倒れ伏す二人を、見ているだけ。
〈私〉は呆然とそこに立っていた。
「どこぞえ、、、妾の『困っちゃん』」
「〈我が君〉、お待ちくださいーー」
白髪の女性が虚空を睨んで無邪気に首を傾げると、黒髪の男が倒れたままのビーツくんの方へ、ゆっくり向かう。出で立ちは黒服の護衛騎士のよう。
そして剣を抜き放つと、おもむろにビーツくんの腹に振り下ろし、無慈悲に引き抜いた。
「がっ、はぁっーーっ!」
大きく呼吸音を荒げて、目を開くビーツくん。
〈私〉は、勝手に震えだす手足を自覚した。
声が喉に詰まり出てこない。
目の前の空間に、突然ドサドサと音を立てて落ちる荷物は、見覚えのあるものばかりだーー昨夜バフコさんに貸してもらった外套や、水を飲ませてもらった木の筒、飯ごうのような容器に縛った干し肉やーー〈私〉が摘んで渡したリース草だ。
ビーツくんの『収納』に入れてもらったはず、のモノ。
そしてその中から探し出されたのは、わたしを襲い、バフコさんが討伐した魔獣だった。
「死んでおります」
淡々とした報告にゾッとした。
「少し甘い『ツクリ』であったかのぉ」
「どういたしましょう」
「ナイナイ。動かないモノに〈我が君〉は興味ナーイ」
妖精のような女性が、甲高い声で言う。白髪の女性は首を傾げたままだ。
「ふむ」
黒髪の男が、魔獣の死骸をふと一瞥した。途端、その身体が飛び散り、塵のように光って消えた。
そして次に、その視線がビーツくんやバフコさん、スーシャさんに向かう。
「や、めてぇーーーーーーーーーーーっ」
叫べたのは奇跡だった。
この世界を知らないこの時の〈私〉だったからできたこと。
優しいバフコさんたちに死んで欲しくないと、それだけを強く思ったから。
助けなきゃという正義感で叫んだ〈私〉の行動は、後から考えたら、強者を頂点としたこの異世界ではありえないことだった。
「随分と面白き存在じゃ」
「え・・・」
また周囲の景色が変わる。
腰を抜かして座り込んだわたしの、すぐ目の前にいくつもの段差が続きーーその中央に敷かれた赤いカーペットの先には、玉座のような、金の椅子に座る白髪の女性と、側に立つ黒髪の騎士のような男が立っている。そして階段の途中に、妖精のような女性が、笑いながら見下ろして飛んでいた。
「『神の戯れ』を始末する・・・わけにはゆくまい」
わたしは急いで周りを見回す。
「みんなはっ!?」
ポツンと浮かぶ玉座とレッカーペットが敷かれた階段以外、パソコン画面の中のような、真っ白い空間が無限に広がっている。
「こやつらかえ?」
白髪の女性が手を前に差し出すと、薄墨色の球体が3つ浮かび上がった。
「バフコさんっ、スーシャさんっ、ビーツくんっ!!」
胎児のように丸まる3人が、球体の中に閉じ込められていた。
生きているのかどうかは、下からは分からない。立ち上がろうとして、だが後ろにひっくり返る。
甲高い笑い声が響いた。虹色の透けた羽根をキラキラさせて、飛んできた妖精のような女性が、わたしの周りをクルクル回る。
「アハハハハ。まだイきてるよぉ。ナニを差し出すの?」
「え・・・」
「コイツラは〈我が君〉の大事な愛玩魔獣をコワシタ。オワビに命以外のナニを差しダスのぉ?」
ニコニコ尋ねられて、背中に汗がわいた。
「ち、ちがうのっ。みんなはエルをたすけてくれただけなのっ」
「シぃ〜ラナイ〜ぃ」
「悪くないの!死んで欲しくないのっ、襲われたから倒しただけなのっ」
「シラナイぃ〜差し出すのっ、イノチ差し出すのっ!アハハハハ」
「やだっ、だめっ」
混乱するわたしにわざと聞かせるよう、笑い声が周りを駆ける。
「サシュ、お止め」
「ハイッ、《我が君》」
ピタリと笑い声が止まる。
「ーー良かろう。『神の戯れ』が終わるまで待ってやろうぞえ」
「〈我が君〉・・・」
「仕方なかろう。郎師も良かったではないのかえ?今回は『勇者』ではないのじゃ」
上の方でされる話に、わたしは耳をそばだてる。顔を精一杯上げて、様子を伺おうとするが、内容が端的すぎて理解できない。
「『神の戯れ』ってなに・・・」
小さな呟きに答えるように、いきなり目の前に画面が現れた。
名前/エルバーラ=ラズロ= /杏
所属/人族転生科(元日本人、転生者)
年齢/3歳(34歳)
HP:78(64)
MP:4000(25)制限中
スキル:土、緑、光魔法(制限中)
特殊スキル:異世界知識
役目:『悪役令嬢』
運命の轍:
乙女ゲーム
『真実の愛なんて信じません。
成り上がりの私がすべて決めます』
通称:『ワタ決め』
ーーどう見てもステータスボードだ。ゲームなんかで見るアノ・・・。
「其方は『悪役令嬢』じゃ。神が望む役割を果たしたその後に、其方とこやつらの命をもらおうぞ」
「『悪役令嬢』!?『乙女ゲーム』!?なんてテンプレ・・・って、どうしてっ!」
「どうしてじゃと?」
「あなたのペットを死なせちゃったのは悪かったと思う。でも襲われたんだから、正当防衛よっ!ゲームがどうこう関係ない。なんで、ゲームの役割を果たした後に、命を取るってはなしになるのよぉっ!!」
だんだん腹が立ってきて、〈私〉は全力で叫ぶ。
役割って何よっ、『乙女ゲーム』の『悪役令嬢』ってフザケてる!神様が何よ、なんであんな狼を倒しただけで、みんなや私が命を差し出さなきゃいけないのよっ。
「私たちは悪くないわっ」
恐れが怒りを瞬間的に超えた。
怖いもの知らずの弱者は、本来なら絶対的な強者に簡単に摘み取られるだけ。それだけで終わった話だった。だけど。
「ナニを言ってル?〈我が君〉の命令はゼッタイ」
「そもそも〈我が君〉って誰よーーっ」
その途端、髪を引っ張られ、激しく下に叩きつけられる。
痛みが顔面を襲い、後頭部を押さえつけられた。
かすんだ視線を動かせば、男の靴が〈私〉の頭を踏みつけていた。
「郎師、もう良い。突き抜けた無知は面白くもある。ソレは異世界の生きものじゃ」
「はっ。ーー尊き〈君〉に礼を尽くせ」
「・・・」
向けられた声が、忘れかけた恐怖を呼び起こす。
踏みつけられた圧が、消え、わたしは呼吸をつく。全身が細かく震えた。
「〈私〉のせいでっーーみんな、わたしを助けてくれただけなのに・・・」
涙の代わりに、思いがこぼれた。
ーーそれが超越者の何を動かしたのだろうか。
「良かろう・・・『神の戯れ』に関わるのも一興じゃ。弱すぎるそなたに〈救い〉を授けようぞ」
「ーー」
「オモシロっ!じゃあ妖精のワタシから妖精族の〈祝福〉と〈呪い〉を」
「魔王たる私から〈闇〉をーー」
その言葉とともに、エルバーラの首にペンダントがぶら下がった。まるで自由を奪う手錠のように。
黒い魔力をまとう、妖魔との契約のペンダントだった。
言い方をキャラごとで統一修正してます。
細かいですが物語の重要アイテムだったので。
ギーヴから見た場合、ネックレス
エルバーラから見た場合、ペンダント
ギーヴくんは男の子なのでざっくり分類ですが、同じアイテムのことです。




