開始前
そしてもどかしい日々を過ごし、王女様との婚約を解消できないまま、明日僕は7歳になる。
テドさんやハナさんが、誕生日会を兼ねた侯爵家主催のパーティーを開いてくれることになり、もちろんそこには幼馴染となったジェムニールやエルバーラも招待した。
これまでも子供向けのパーティーに参加したことはあったが、主催側としては初めての経験で、成人前とはいえ、社交界に正式な嫡男として表明することになるらしい。
しかも一月後には貴族学園(小学校みたいなものかな)に入学が決まっていた。
やる事いっぱい、やりたい事もいっぱいで、僕は今まで以上に忙しい日々を過ごしていた。
そんな前日の、衣装の確認をして、エルバーラ用の仕掛けもチェックし終えて、やっとクリス母様と午後のティータイムを過ごしていた時だった。
静かな『花園』に、見習いギッシュの慌ただしい声が響く。
「静かにっ」
「坊っちゃん坊ちゃん、大変っす。魔王の奥様降臨です」
「えっ、パーティーには早すぎない?」
「災害なんてそんなもんすっ。ちょー早く、出迎えを」
「わかった」
短い返事と同時に立ち上がると、僕はクリス母様に会釈する。
少し顔色の悪くなったクリス母様が心配だけど、すぐにテドさんの気配が近づいて来るのがわかった。
「大丈夫。早く行って」
クリス母様がゆったりと促す。
「はい・・・またあとで」
「うん。皆様によろしく」
僕は頷いて、静かにクリス母様の『花園』を出ると、ギッシュに促されるように早足になる。
「馬車は何台なの?」
「1台っす。公爵様用じゃないっす」
「じゃあ・・・お一人じゃないよね」
「マジっすか」
「お祖父様がお一人で馬車に乗せるはずがないよ」
「うわぁ~じゃあ、ちょー魔剣士様も一緒っすか」
「多分ね」
予測しながらも、ため息が出そうになる。
厄介な二人がパーティー前日にやってくるーーそのめんどくささにギッシュの無礼も無視したくなる。
「・・・ギッシュはさっ、一回ボコボコにされたら良いと思うんだよね」
「突然なんすか、イジメっすか」
「違うよ、今度僕の代わりにお祖母様の訓練受けてよ。僕の代わりだから立派なお役目じゃん。その口の悪さは適任だと思うんだよね」
「拒否っす。あいにくと、このギッシュめは無口なイケメンと評判でございます」
「どこの界隈で?」
「この広い王国中っす」
聞いたことねぇよ!っと馬鹿な会話をしつつも、大急ぎで本館のエントランスにやってきた。
ずらりと両脇に並ぶメイドや侍女の花道を抜けて、落ち着いた足取りで外に出ると、前庭に入った黒塗りの金縁大型馬車の姿が見えた。
侯爵家の外門からここまでゆったり速度で10分少々だ。間に合ったと背筋を伸ばして外面を強化する間に、前庭の噴水を半周した馬車がゆったりと止まる。
背後からハナさんが出てきて並んだところで、御者台から降りた従僕の一人が扉を開けた。
するとスラリと背の高い青年ーーではなく男装の黒髪麗人が降り立ち、その後から赤金の髪を長くなびかせて、傭兵姿の美魔女が降りてきた。
「トリッシュお義母様、リンダお母様、ようこそお越しくださいました」
「お久しぶりです。お祖母様方」
正式な挨拶を決めると、無言でじっと見下ろしていた黒髪の麗人ーーテドさんの母親である公爵夫人の黒い瞳を見返す。
すべてを見透かす威圧的な視線を受け止めるこの時間が、僕は苦手である。
だが逃げるわけにもいかないので、ぐっとこらえる。
「ーー少しは〈モーグ〉らしくなったか」
「ありがとうございます、トリッシュお祖母様」
「にしても、相変わらず小さいわねぇ、しっかり食べてるの」
「もちろんです、リンダお祖母様」
赤金の美魔女はハナさんの母親で、東の辺境伯夫人になる。
辺境随一の剣の使い手で豪快で明るい人柄だが、意外に謀にもたけた、癖ツヨ人物その2の祖母である。ちなみにその1はトリッシュお祖母様以外にありえない。
「お母様ったら、ギーヴ君を辺境巨人の常識に当てはめないで。もう立派に7歳になるんですのよ。剣術も魔術も将来楽しみなのですわ」
「テオドールから報告をもらっている」
「そうそう、お祝いに来たのだものね。小さくてもちゃんと成長しているなんて嬉しいことだわ」
僕の場合、伸びない身長よりも、能力重視の成長具合をアピールしたい。お祖母様達に是非とも認めてもらわなくちゃ。
「明日の準備は滞りないかね?」
「はい。大丈夫です」
「モーグとして名を背負うのだ。抜かりなく」
生真面目なトリッシュお祖母様に良い子で頷けば、横からリンダお祖母様が、僕の頭を激しくなでてくる。
「あらあら、何事も楽しまなくっちゃだめよ?大丈夫、失敗してモーグが嫌になったらいつでも辺境においでなさいな」
「リンダ、君はすぐにそういうことを本気で言う」
「だってギーヴ君と魔獣討伐に行きたいんだもの。孫と一緒にって自慢でしょう」
「そう思うなら、早くお兄様たちを結婚させて下さい」
ハナさんが口を尖らせて言う。
ハナさんの兄たちーー辺境伯の嫡男である伯父は、樹海に住み着き、用がなければ樹海から出てこない。何をしているかといえば、魔獣退治だ。そのために独身で、見合いの顔合わせも成立しない。
ちなみに次男は商人になり隣国周遊という情報収集に出ており、こちらも独身である。そして三男はなぜか南の地で船乗りになっているらしい。らしいというのは、家出後に絶縁されたらしく、お怒りの様子のリンダお祖母様はちらりと話が出るのも嫌がる。多分こちらも独身だ。
大丈夫か辺境伯家、、、といつもひっそりと僕は思うだけ。
そこへヒーロー登場じゃないが、テドさんが現れる。
「テオドール」
「ーー母上単独ですか」
声は小さいが、冷たい様子で迷惑そうに言うテドさんに、トリッシュお祖母様の眉間に縦じわが入る。
「ロドリゴがいないと不都合か。なるほど、お披露目できない秘中の珠は随分と、くもっているであろうな」
「・・・」
テドさんがスンっと無表情になる。
〈秘中の珠〉とはクリス母様のことである。
最近知ったことだが、トリッシュお祖母様はクリス母様のことを目障りな存在だと思っているらしいのだ。だがモーグ当主であるロドリゴお祖父様が認めたため、お祖父様がいるところでは、お祖母様はクリス母様のことはなにも言わない。
だから、お祖母様単独で会うとなると、テドさんは地味に不機嫌になるのだ。
やばいのでは、と思うより早く、リンダお祖母様が笑いながら割り込んだ。
「あらあら、テドくんもあいかわずねぇ。今日は私が無理を言って早めに連れてきて頂いたのよ。パーティーの準備が大変な時に悪いかなと思ったんだけど、パーティー前に是非確認しなくちゃいけないことができたの。ーーねぇ、ギーヴ君」
「えっ、僕ですか?」
不意打ちに驚く僕に向かって、トリッシュお祖母様は獰猛な笑みを浮かべる。
すぐにビビる僕。
「ギーヴ君、あなたがフランチャスカ候爵家と懇意にしてると聞いたのだけれど、それはどういうことかしら」




