家族
僕がエルバーラをはじめて見つけたのは、王妃主催の茶会だった。
目的は5歳になった第二王子の側近候補や婚約者候補を見つけるためだったのだと思う。
「シェリーもさっさと決めればいいのに。なんで色々物色しようとするのかしら。面倒が増えるだけだし、今の国内勢力図を見れば、婚約者も側近も限定されるでしょうに」
茶会に行く馬車の中で、着飾った母親がいつものように口を尖らす。
出不精の母親はいつも社交の場に出る前に盛大に愚痴をこぼす。一旦社交場に出てしまえば、誰よりも目立って誰よりも楽しそうに人の輪に入り込んでしまうというのに、この人こそ面倒な性格である。
「ハナさん、それでいくとウチのギーヴ君が真っ先に側近に選ばれてしまいますよ」
母親に比べ、父親はいつも穏やかで小さく沈んでーーいや、落ち着いている。
母親いわく、気弱な岩熊に似ているらしい。狭くて暗い穴の中にこもって年中冬眠中みたいな表情を浮かべている、という意味だそうだ。なにげにひどい言いぐさだ。父親はクマの敷物よりは顔が整っているし、身長も高くてクマほど太っていないと思うのだが。
「ギーヴ君を側近?ないわ~王子の幼稚な精神年齢ではギーヴ君と遊んでも楽しめないと思うもの。側近どころか友人でも手に余るわ。シェリーだって、そこのところは分かってるはずよ」
さらりと王子を批難する母親は、杏のような大きな瞳をキラキラさせて華やかに笑う。ちなみにシェリーとは王妃様の愛称で、母親と王妃様は貴族学院の同級生で幼馴染らしい。その親しい関係ゆえに、不敬罪一歩手前のこの愚痴が許されるのだが。
「確かに、側近は相性がありますからねぇ・・・」
「でしょ。だからギーヴ君、いい?今日はテキトーでいいからね。適当よ。どうせ5歳児なんて調教中の幼獣なんだから、まともに相手なんかしなくていいわ。社交はハナさんに任せて気楽にお菓子でも食べて、のんびり人間観察でもしていなさいな」
僕も一応5歳児の幼獣なのだが、と言いたいところ、ここは薄笑いを浮かべて柔軟に受け止めておく。
「はい、ハナさん。テドさんを見習って、テーブルの端で黙ってお茶を頂いておきます」
「ぼ、僕を見習うのかい?それは上手くないですよ。う、うーん。ギーヴ君にだって友人や婚約者候補と出会ってもらわなくてはいけないし・・・」
眉を下げて小声で言う父親は、これでも法務部の長官だ。外では威厳のある侯爵家当主で、忠実な法の番人と言われるほど厳しい人だというが、僕はそんな様子をまだ見たことがない。というのも、家ではとんでもなく存在感の薄い、控えめな雰囲気で、時間があればいつでもクリス母さまの側にそっと寄り添っている印象だからだ。一輪挿しのような男性だと思う。
「そうねぇ~ギーヴ君にも私達のような一生の友人やクリスのような愛する人を見つけて欲しいとは思うわ」
「ぅ・・ん」
そこで詰まったように返事をためらう父親の様子に、おや?と思った。表情が一瞬翳ったからだ。
母親もそれに気づいたらしく、父親の手を取りがっしり握りしめる。
「もう、テドさんたらっ。大丈夫よ!私達の子供だものギーヴ君は!でしょ?」
でしょ?と強く同意を求められても、僕には意味がさっぱりわからない。
とりあえず、良い子のふりで頷いておく。
つまりは婚約者や友人ができるか心配している、ということだろうか?
父親が心配するほど、僕自身社交性がなくはない、と思う。少しばかり斜めに見る癖があるので、意識して子供っぽく無邪気に振る舞い、相手の要望に合わせておけば、何とかなるのではないかと思う。
母親の希望通り王子にはかかわらず、父親の心配も解消するために、友人っぽい子供のひとりでも適当に確保できれば二人も満足するのではなかろうか。僕は、今日の立ち位置をそう決めておく。
「分かりました。クリス母さまに楽しいお話ができるようにお茶会頑張ります」
明るく言えば、とたんに父親も母親も笑顔を溢れさせる。
我が家の魔法の言葉「クリス母さま」だ。
「そうよ!テドさんはお仕事で、私はシェリーのお茶会を頑張って、ギーヴ君は面白いことを探すの!きっとクリスも楽しんで聞いてくれるわ」
「そうですね。僕もクリスのために」
父親が小さく言う。
午後出勤する父親と茶会に行く母親と僕。
そして家の花園で待つクリス母さま。
僕たち家族は少し変わっていたが、それでも他の貴族の家よりも、幸せな関係であることは肌で感じていた。でも少し違うのだと自覚したのは、その日エルバーラに出会ってしまったからだった。
前話を予約掲載設定したつもりが!
何度も更新になっていたのならすみません。
絶賛、初心者マークです。。。