魔術2
「蜘蛛の脚みたいな針ね。何本あるの?魔力がほんのりあるから、魔獣じゃなくて魔蟲なのかしら。でも顔は間抜けな蜥蜴だし」
針山をツンツンとされて僕はゾクゾクザワザワする。手足が勝手にバタバタしてしまった。
「あはは、ごめんごめん。弱いのねぇ〜でも針が弱点だなんて、生物的にヤバイわよ?」
というと?
「上から襲っても横から襲っても弱点を突かれるでしょ?あなたよくそれで弱肉強食の世界を生き残れたわねぇ〜」
呆れたように言いながらも、エルバーラの表情は柔らかい。
魔蟲でもないし弱肉強食の世界は世界でも今のところ人間世界に生きている僕だけど・・・考えが伝わってるわけじゃあないよね?
僕は首を持ち上げて勝手にコテンと傾く。
「やだぁ〜カワイイっ」
その途端、エルバーラがキャッキャキャッキャする。
えっと、エルバーラがなんか軽い?どっちかというと、もっと女王様のような凛としたイメージがあってさ。泣いたり怒ったりしてその表情が崩れるところにキュンキュンしてたのになんか違いすぎるよ。
でもエルバーラは、アンナやギッシュさえ気味が悪くて避ける醜い黒蜥蜴を、なんのためらいもなく持ち上げた。
彼女の目線まで持ち上げられて、正面からにらめっこする羽目になる。
「ふふふっ、目がクリクリ。口も手もちっちゃいっ!」
カワイイカワイイと笑う彼女は、それはそれでやっぱりキュンキュンする。僕ってヤツはどうしようもない。
えっとーー普段と違いすぎませんか、エルバーラ嬢。デレデレッ。
顔色が変わるなら僕の顔はとっくに赤くなっていただろう。真っ黒な黒蜥蜴でほんと良かった。
ひとしきり、手や足をツンツン、下からお腹をもみもみされ、尻尾を上げ秘密の場所までしっかり確認されてあわあわする僕。
好きな女の子にまさぐられまくるってなんのプレイーーいや、羞恥と喜び?にぐったりだ。
危険動物だったらどうすんだーっ!無防備すぎるよ、エルバーラ。
ようやく離してもらって噴水の縁石に下ろしてもらった時には、不覚にもヨロヨロして再び水の中に落ちそうになった。
「もぉ、本当に間抜けねぇ」
そう言ってエルバーラは優しく黒蜥蜴の僕を地面におろしてくれる。座るエルバーラの膝下しか見えなくなる。これはこれでこの角度はヤバイ。
僕はススッと少し距離を開けた。
「そうそう早く逃げるのよ。お前みたいな間抜け、お兄様に見つかったらきっとすぐに殺されちゃうわ。それとも面白がって針を1本1本抜くかしら?ううん。そんな面倒なことはせずにきっと瞬殺ね。いい?さっさと逃げてお家に帰るの。もう二度とここに来ちゃ駄目よ」
そう言うとエルバーラは立ち上がり建物の方に去っていく。
その姿を遠目にぼんやり見つめる僕に、くるりとエルバーラが振り返った。
「もうっ!」
突然僕の方に走り寄ると、僕を両手ですくい上げ、中庭の茂みの奥に置く。
えっえっえっ?と驚いているあっという間の事だった。
「ここはキケンなのっ!分かった?」
エルバーラはすごく真剣な表情だった。承諾にもならない短い首をかすかに揺らせると、エルバーラはニッコリ笑う。
その近さと破壊力。ううっ心臓がもたないよ。僕は逃れようと視線をそらし、エルバーラの首元から下がるペンダントトップに気づく。黒い宝石を留金でとめただけのシンプルな作りだ。そのネックレスになぜか見覚えがある気がした。でもエルバーラの全開笑顔にヤラれて、脳みそが動かない。
それでもどこで?と悩んでいると、その黒い宝石から禍々しい魔力が漏れ出ていた。
なんだ、これはーー!?
「じゃあね。さよなら、トカゲさん!」
エルバーラはそう言うと、今度こそ振り返らずに建物の中に戻っていた。
あの禍々しいネックレスは黒蜥蜴が日記に描いたネックレスだと思い出したのはその後だった。
ーーどうにかしないといけない。けど。
ポツンと残った僕は、黒蜥蜴の姿になってしまってどうしたもんか、と夜空をぼんやり見上げている内に、〈あの部屋〉に戻って尻もちをついていた。
座り込んで呆然としていた僕のところへカサカサと音を立ててやって来た黒蜥蜴とその黒蜥蜴に飛びかかろうと尻尾を膨らませて構えているエルバーラの猫がいた。
「夢ーーのわけないよね?」
人間の指に見える自分の手と、何も映さない木目の床と、猫に飛びかかられている黒蜥蜴。
「ご先祖様の魔導具ーーまじ心臓に悪すぎる」
僕は膝に顔をうずめて深く息を吐き出した。
でも。
ーーエルバーラの全開笑顔は、最高!
我慢できずに、ヘヘへっとひとり笑いがもれた。




