魔術
僕は〈この部屋〉を作った病める初代の日記を重点的に、朝も昼も夜も読みすすめた。
『追い詰めるためには、まず不幸にさせなければならない。不幸にさせるためには、まず予想外の凶兆を起こさなければならない。凶兆は、漠然としたものから始まって、実態としてそうなったという必然を与えなければならない。幸福や万能感をまず味あわせ勘違いさせることは、前提としてとても大きな意味を持つ。
忘れてはならない。復讐を完遂し思い知らせるためには、主観を徹底的に排除し、客観的に相手に苦痛や恐怖や絶望を感じさせることなのだから。けっして自己満足に溺れてはならない』
モーグ家の初代の日記は読みすすめていくほどに、恐ろしいものだった。
王が「目障りになった」と呟いたことで、隣国と縁続きであり肥沃な領土を持つ由緒正しき公爵家が、冤罪を着せられ爵位を公爵から侯爵に落とされた。両親と跡継ぎの兄は弁解する前に暗殺され、領地の大半を王家に奪われてしまう。しかも妖精姫と呼ばれる程美しく、まだ幼い妹が当時の王に奪われてしまうのだ。
当時の王はいわゆる公認ロリコンで、被害にあった貴族の子女は多かったらしい。側室として地位が守られるならまだしも、妹は奴隷のような扱いで後宮にとどめ置かれたらしい。
女性ながら当主になった初代は王家に従属しつつ、奪われた妹を取り戻すために必死に暗躍する。だが結局、妹は命を落としてしまう。その際の初代の無力感と絶望、そして怨嗟の声は文章にならないほどの狂いようだった。
そして初代は狂ったまま行動する。だがその様子は理性的で論理的で一見どこもおかしくないように感じられるのに、見事に道徳観や倫理観が欠落していた。
十数年かけ初代は己の力と知略だけで最高権力者である当時の王様を不幸にして追い詰めに追い詰め、暗殺し復讐を遂げる。
その記述は壮絶すぎて、お子様の情操教育には向かない。とにかくヤバイ。
うへぇ、破滅させるにはこんなやり方があるんだ〜とか、こおぉんなエグい追い詰め方があるのかよ〜と、知らなきゃ良かったという残酷な類のものばかりだ。
「読んでるだけで僕も気狂いに飲み込まれそうーー初代って、やっぱ狂ってたんだよな。狂ってるのに、なんでこんなに理性的なんだ?整然と淡々と余すことなく行動しても、普通どこかで破綻しないか?なんで完璧な復讐してるわけ?バケモんだよ。
でも、破綻してたらモーグ家は今も続いてないわけで・・・罪にも問われず、誰にも知られずとか、まじオソロシイ」
僕は薄ら寒くなって、腕に出た鳥肌を手でなだめる。前世の倫理観が気持ち悪いとウゴウゴうめいていた。
平和で幸せだったんだなぁ〈俺〉。浪人生みたいなもんで鬱々としてたけどさ、と思う。
階級社会と王政の凄惨さにドン引きするが、今の僕はそれが当たり前の社会で息をしている。気をつけないといけないな、と〈俺〉の記憶と共に改めて思うがーーにしても重い。重い重い、ほんとに重いモーグ家。
『あの子だけは殺せない。あいつを不幸にするためでもわたくしにはあの子を殺せないのーーだってあの子はわたくしのルール外だから。復讐のルールは守るの。
でもだからこそ、後世のモーグ一族に告げるわ。あいつの血筋は残ってしまったけれど、決してあいつに連なる血筋に忠誠を誓わないで。殺されてしまった両親や兄や妹、そして火の海に飲み込まれた領民一族の怨念を決して忘れないで』
この言葉と、暗躍に使うために生み出した数々の魔導具を残すために、初代はこの部屋を別空間に作り、守るべきルールと共に魔法を残した。
「後世の人間は、この日記を読んだ上でさらにえげつない事をしてるわけだろ?読むだけでも精神をゲシゲシ削られて病みそうなのに、って他も病んでるから、平気で自分のために活用できるのか。僕も病み認定されちゃってるし、なんとなくテドさんのイメージが怖いのが分かった気がする。遺伝?血の呪い?やだなぁ・・・」
僕は普通に一目惚れしただけなのに、さ。
「おおごとになってるよ・・・」
まさか最終的に王女様を始末しろなんて状況にならないよね?なんでもいいから婚約、さっさと破棄しなくっちゃ。
でもすぐには思いつかなくて、僕は重いため息を飲み込んだ。
気分転換に立ち上がり、隣の作業部屋に向かう。壁に埋め込まれた光玉に魔力を注入してから、床面の放射状の溝が集約する中心に立つ。
目を閉じてエルバーラの姿だけを強く思い浮かべると、地面が競りあがる感じがする。目を開ければ光る床一面に、夜の中庭で空を見上げるエルバーラの姿が映し出された。
「ようやく使えた・・・」
初代が王族の動きを探るために創り出した遠見の魔導具だ。先ほど読み終えた日記の最後の部分に、改良した内容が解説されていた。
使用する魔力量が半端なく多くて、身体はだるくなり照準を定めるのも難しい魔導具だが使えればとんでもなく便利だ。
それに。
「エルバーラ・・・」
結ってない髪を無造作に垂らし、薄着でポツンと空を見上げる寂しげな彼女。見つめるだけで胸が熱くなる。
ーーなんで僕はこんなに彼女を好きになったんだろう。
ーーなんで僕はこんなに彼女を手に入れたいんだろう。
ぼんやりとそんなことを考えながら床に映るエルバーラに手を伸ばした。
触りたいと確かに思ったけど。
「・・・っ!」
手が沈んだと思った瞬間、強く引っ張られ、倒れ込んだ僕の身体は池に沈みこむように眩い光に包まれた。
◆◆
バシャンと水音が全身を打つ。
息苦しくて全力でバタバタと手足を動かすと、二本の腕が上から伸びてきて、僕を引き上げてくれる。
『ごほごほっげっ』
気管に入った水をえづいて吐き出す。
「落ちるなんて間抜けね」
『え・・・』
驚きすぎてフリーズする僕。見上げた先には、夜空とエルバーラの笑った顔があった。
「噴水に落ちるなんてーーあなたトカゲ?にしては変に醜いし大きいし、魔獣じゃあないわよねぇ。実態があるから妖精でもないでしょうし」
なぜか饒舌に話す彼女は、僕の身体を噴水の縁に置く。
置く?狭い縁石に全身がのっかる小さな僕の身体はーーブラック!?
半分しか水が溜まっていない噴水の水面に映る姿は、間違いなく〈独占欲〉で、針山の黒蜥蜴もどきだった。




