嫉妬
「やあ、婚約者殿。ごきげんいかがか?」
侍従と護衛騎士を複数従えて、第二王子は突然姿を現した。
「よ、ようこそお越しくださいました、シャルモン殿下」
エルバーラが見事なカテーラシーで頭を下げる。その背後で、僕とジェムニールも慌ててお辞儀をした。
「この様な姿で・・・この様な場所までお越しいただき申し訳ございませんっ。すぐにお茶の用意をーー」
「いや、急に来たのだ。気にしなくて良い、楽にしてくれ。それよりここはずいぶん血生ぐさいところだな。何をしていたのだ?」
第二王子は鉄箱を珍しそうに見る。
フランチャスカ侯爵家の護衛騎士が「恐れながら」と口を開く。
「ここは魔獣退治の訓練場でございます。最近発見されました鉱山の近くに魔獣が多く出現しておりまして、侯爵家ご嫡男ジェムニールさまのご希望で、領地領民を守る為に力を付けたいと御自ら訓練をなさっている次第です」
「ランカウイ鉱山ですね・・・魔鉱石が産出したのでございましたな。それは確かに魔獣も多いことでございましょう」
侍従が補足するように第二王子に語りかける。魔鉱石は魔獣の好物だという。もちろん魔導具には欠かせない核でもあるが。
「そうなのかーー訓練とはよい心掛けだ。ジェムニール、王太子にも報告しておこう」
「はっ」
ジェムニールが深く腰を折ると、第二王子の視線が僕の方に飛んでくる。
できれば気付かないフリをしたかったのだが、ばっちり目線が合ってしまった。
「モーグ家のギーヴィストか?ーー母上の茶会で会ったな」
一度しか顔を合わせていないというのに、さすがは王家というべきか。
「ご無沙汰しております、殿下」
仕方なく薄笑いを浮かべて僕も挨拶を返すと、右手に持ったままの短剣に気づかれた。
「そなたも剣術をするのか?」
「はい。まだまだ未熟でございますが、ジェムニール殿と共に修練させて頂いております」
「だが、そなたも学園入学前であろう?しかも〈法〉をあつかうモーグ家で、フランチャスカ侯爵家と親しくしているのか?」
不思議そうに言われて、政治的なことは放っといてくれ、と僕は心の中で毒づく。
「ジェムニール殿とは性格が合いますので」
「そうなのか」
羨ましそうな表情を隠せない第二王子は、侍従に急かされてエルバーラを見る。
「実は視察のとちゅうなのだ。先ほどよった神殿で珍しいものを受け取った。王宮で渡すよりここのほうが近いと聞いたのでな」
侍従が差し出す木箱から、第二王子は透明なきらきら光るネックレスを取り出す。
「聖花の花弁をじゅえきで固めたものらしい。きれいであろう?」
第二王子がエルバーラの首にネックレスをかける姿を見た途端、ガツン!と殴られたような衝撃が僕の中で巻き起こる。しかも第二王子は首を傾げて突然エルバーラの頬に触れた。
「ん?泣いたのか?」
「こ、これはーー」
第二王子が、うろたえるエルバーラの涙の跡を指でなぞっている。その場面が、僕には真っ赤に染まって見えた。脳裏に黒蜥蜴の姿が浮かび上がる。体中の血管が膨れ上がる気がした。
「だ、大丈夫です」
「だが、目もはれているようだが?目がはれたときは、すぐに冷した方が良いのだ」
第二王子は同意を求めるように侍従を見る。
「なにかツライことがあったのか?」
「ーーいいえ。お優しいお心遣いありがとうございます・・・このネックレス、とても嬉しいです」
エルバーラが自然に微笑んだのを見て、僕はどうにかなりそうな気がした。
婚約を公表してまだ数ヶ月だというのに、なんでこんなに仲がいいんだ、とか。エルバーラに触るな、エルバーラに笑いかけるな、とか。将来エルバーラを傷つけるだけのくせに、なんでエルバーラが嬉しそうなんだ、とかとかとかーー気持ちがどんどん黒く淀んでいく。
第二王子が許せなくて目障りでとにかく邪魔で。エルバーラは僕のモノ、今すぐ消し去ってやりたいっーーだが、その気持ちを、魔力を、僕は必死に抑える。
「殿下、そろそろお時間でございます・・・」
幸いなことに侍従に促され、第二王子はようやくエルバーラから離れた。
エルバーラは見送るために第二王子の後ろをついていく。その背中を、僕は息を詰めてじっと見つめ続けるしかできなかった。
「なぁ、ギーヴ」
肩を強く叩かれて横を向けば、ジェムニールがニヤッと質の悪い笑顔を向けていた。
「お前、好きなんだろ」
誰をなんてことを、ジェムニールはわざわざ口にしなかった。




