愛猫1
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「おう、ギーヴ。いいとこ来たな」
ジェムニールと剣の手合わせをするようになって数カ月がたった。
フランチャスカ侯爵家での手合わせは週に数度だったが、家でも剣術を習い始めたおかげで、最近になってやっとジェムニールの無茶振りに対応できるようになった。
魔力制御と剣術、貴族としての知識全般に加え、モーグ家特有の法律の基礎知識を学び始めるなど、僕の日々は恐ろしいほど忙しくなった。前世の〈俺〉の方が余程のんきな幼少期を過ごしていたんじゃないか。本気でうらやましい。
とはいえ、今日も今日とて忙しくてもフランチャスカ邸にはやってきた。
もちろん、言葉を交わせるようになったエルバーラに少しでも遭遇したいからだ。
「いいとこ、ってなに?またろくでもない事じゃないよね?」
「魔毒大鼠が手に入ったんだ。面白い見世物考えたから来いよ」
ジェムニールは裏ではなく館の奥に進んでいく。僕も後に続いた。
見慣れた廊下を過ぎ、幾つか角を曲がり中庭も横切る。古い渡り廊下を渡れば小さな古い別館が現れた。
「ここに何があるんだ?」
「あれだ」
別館に入らずに、手入れのされていない庭園の方へついて行くと、使われていない噴水がありその縁にエルバーラが座っていた。その膝上には斑模様の猫が丸くなって寝ていた。のどかで平和な空間をジェムニールがふみにじる。
「ジェムニール兄さま?」
いぶかしむエルバーラに近づき、ジェムニールはその膝から猫の頭をガッと掴みあげた。猫がギャッと鋭い鳴き声をもらす。
「やめてっ兄様っ!」
エルバーラが腕を伸ばして猫を取り戻そうとした。それを無視して、ジェムニールが俺に言う。
「行こうぜ、ギーヴ」
「ーー殺したのか?」
猫の身体はだらりと伸び、ぶらぶら揺れている。
背後で息をのむ音が大きく響く。横目で見れば、エルバーラが口元を押さえて真っ青になって追いかけて来ていた。
「まだだぜ。餌として元気に逃げ回らないと面白くないだろ」
「魔毒大鼠に追い掛けさせるわけか」
「逃げ足が速いんだよ。でも魔導具で拘束すると魔毒大鼠を倒す意味がねぇだろ。で、猫を追い回す魔毒大鼠を俺達で倒すんだ」
「猫じゃなく俺達に襲いかかって来るんじゃないか?」
「自分より小さい物を追いかける性なんだってよ」
「ふ〜んーーで、エヴァも見に来るの?」
僕が声を掛ければ、彼女は目に涙をためて立ち止まる。
「ヤメて・・・マールをっ・・・」
「うるせぇ」
「魔獣の餌なんてヒドいっ、兄さま返してくださいっ」
言葉を振り絞るエルバーラを、ジェムニールは嘲笑う。
「返す?勝手に住み着いた野良猫を始末して何が悪い。むしろ俺達の訓練に役立ててやるんだ。感謝しろよ」
「野良猫なんかじゃありませんっ!マールはっ、マールはっわたしのーー・・・っ」
「侯爵家にお前の物はなに1つないんだよっ!ーーそうだ、お前も見物しろよ。ギーヴ連れて来い」
ニヤリと凶悪に笑うジェムニール。こいつは言い出したことを絶対に曲げない。
エルバーラに嫌われるのはツライけど、たとえ僕がとりなしたって、何かが改善するわけじゃない。むしろ僕の見えないところでジェムニールが行動して、結果大事になる方が困る。
「大事な物を作らない方がいいよ?」
僕はにっこり忠告してエルバーラの腕を掴む。
「ギーヴ・・・」
「行こっか」
絶望してふるえるエルバーラが可哀相で、すごく可愛かった。




