幼女の事情
覗いて下さった方ありがとうございます。
エルバーラ視点です。
「このっ、泥棒猫がっ!勘違いするでないわっ!」
真っ赤な顔になったお義母さまは、衝動的にわたしを突き飛ばした。あっさり地面に転がったわたしを、お義母さまが憎々しげに見下ろす。
「私の言うとおりにしない事を、せいぜい後悔するがいいわっ」
踵を返すお義母さまのドレスの裾を、わたしは無言で見送った。
突き飛ばされただけなんて珍しい。王妃さまとの挨拶前のせいね。でも帰ったらきっと何時間も折檻されるのだろう。
嫌だけど、お義母さまに罵られるのも蔑まれるのも折檻されるのも、もう慣れた。
どんなに嫌われても、わたしは第二王子の婚約者になる。それが絶対の要件だから。婚約者になったまま十六で貴族学院に通いーーそしてヒロインと会うのだ。もう一度〈彼女〉に会うためなら、どんないじめも折檻も耐えてみせる。絶対に、フランチャスカ侯爵夫人の言いなりにならない。王子さまとの婚約者を辞退なんかしないわ。まぁもちろん、婚約辞退をお父様が許すわけがないんだけどね。
でもちょっとだけ憂鬱になった。転んだまま俯いていたら、突然声をかけられたのだ。
「大丈夫かい」
見上げたわたしは息をのむ。
心配げに手を差し出す少年は、驚くほど美しい少年だった。輝く銀髪に金の瞳。女性でもいないきめ細やかな白い肌、整った顔立ち。だが少年の美貌以上に驚いたのが、少年を取り囲むように多くの妖精が従っていたから。
ーー妖精の王子さまだわ。
人間の中に時々いたずらで生まれ出る妖精王ーーああ、この人攻略対象だわ。隠れキャラよ。
前世の記憶がよみがえる。
確か名前は、ギーヴィスト=フィン=モーグ。
隣国の王族の血を引く国務大臣の直系で、唯一の男孫。父親の侯爵は法務部の長官だったはず。先祖に妖精の血を引く辺境伯の令嬢を母親に持ち、知能も魔力も剣術も血筋も、完璧万能キャラ。ゲームの中では、人気ナンバーワンの隠しキャラだった。
ただ前世の〈私〉はチートキャラ過ぎて彼のことは好きじゃなかった。何でもすぐにクリアしてしまうんだもの、面白味がない。なのでギーヴィストルートはあまりやり込んでない。ただギーヴィストとヒロインが結ばれると、この国は隣国に滅ぼされ、ヒロインはギーヴィストと共に妖精国で王妃になる。
そんで悪役令嬢であるエルバーラはギーヴィストの力で消滅されちゃうのよね。ぷしゅっと。
うちゃぁ、とんでもないわ。でもヒロインが王子ルートだとーーあれ?ただの幼馴染設定だったわね・・・。
「大丈夫ですわ」
わたしは彼の手を取らずに立ち上がった。ドレスについた砂を簡単に払う。良かった、ドレスは皺になってない。
王子の王道ルート以外には関わらないようにしなくちゃ、そう思ってのお断りの言葉だったんだけど、さすがに素っ気なさすぎたわね。彼の金の瞳が悲しそうに揺れた。
優しい子なのかも、そう罪悪感を抱いた隙に擦りむいた手を取られた。
「血がーー出てる」
彼が呟くやいなや、身体中を優しい温風が駆け抜ける。手の甲の傷だけでなく、膝裏の折檻の痛みまでも消え去っていた。
「もうまほうが、つかえるの?」
さすがチート妖精王の卵。身長は私より低いのに、もう魔法が使えるって驚きだ。
「ヒミツだよ?学園に入る前にバレると、王女さまと婚約させられるんだ」
そうだった。学院での彼は王族の婚約者がいたはず。
「わかったわ」
どうせヒミツにならないけどね、とわたしは頷いておいた。そうしたらびっくりされて、こっちの方がびっくりよ。
「わかったの!?」
「目立つとめんどうなことになるからでしょ?」
「そうだけどーー君、いくつ?」
なんだかその言い方にムッとした。前世アラサーにとって年齢の話題は脊髄反射で地雷なのよっ。
「じょせいに、としをきくのは、マナーいはんなのよ」
チートだからっていい気になんないでよっ、と教育的指導をすれば、妖精くんはあっさり謝ってくる。
「ごめん、こんなに会話ができるとは思ってなくて」
意外に素直かもと思ったのも一瞬で、観察するように見上げられて余計気に触った。
「じぶんだけ大人だっておもってる?」
「そういう訳じゃあないんだけど」
ふいっと表情を消して困ったような、黒い薄笑いを作る子供にちょっとだけ反省した。
「・・・ごめんなさい。あなたがハラグロでも、親切にしてくれたことは、かんしゃしなくちゃいけないのに、やつあたりしてしまったの」
うん、乙女ゲームの開始はまだ先のことなのに悪かったよ。だから素直に謝ろう。
「それは・・・僕もマナー違反だったし」
「手、ありがとう」
折檻の痛みから解放されたのは本当にありがたい。たとえ、また今晩、お馴染みの痛みとコンニチハするのだとしても。
「えっと・・・うん」
「さきにもどっていい?」
キケンな妖精チートとの関わりは最小限に。
さぁてわたしの戦開始だ。君のおかげで最高のコンディションでのぞめるよ。ありがとう、妖精くん!
心の中でもう一度お礼を言って、わたしは王妃やお義母さまが待ち構えているだろう中庭に向かった。
◆◆
エルバーラ=ラズロ=フランチャスカはフランチャスカ侯爵の庶子だった。好色なフランチャスカ侯爵が、自領の南へ視察に訪れた際、男爵家ーー地主の娘を手篭めにしてできた子供だった。
フランチャスカ領地内では侯爵に手を付けられた農民や商人、下級貴族の庶子が何人もいる。
その中でエルバーラが侯爵家に引き取られた理由は、3歳になった第二王子の存在が公表されたからだ。
フランチャスカ侯爵夫人は2人の男子を産んだがその後、子がのぞめなくなったという。
そこで庶子の中で王子と歳が釣り合い、母親の身分が下級貴族で、かつ美しい容姿を持つ娘を侯爵家に引き取ったわけだ。
だがそれが夫人は気に入らない。もしも王族に嫁げば、エルバーラの方が身分が上になる。かといって侯爵の野心を諌めることもできず、王子に嫌われるように振る舞えと、エルバーラに陰で折檻や罵倒を繰り返していた。
残念ながら、乙女ゲームではエルバーラが王子さまの婚約者で決定だ。
「それでも性格、歪むよね〜ほんと」
侯爵家は本当にクソの集まりだと〈私〉はしみじみ思う。感情的な侯爵夫人、使用人まで寝所に引きずり込む腐った侯爵、魔獣を捕まえて虐め殺す長男に、悪戯を仕掛けてエルバーラや使用人が罰せられるのを見て喜ぶ二男。使用人達は怯えて、見えず聞かず喋らずを決め込んでいる。
こんな環境で育ったエルバーラは、貴族学院で立派な悪役令嬢に成長するのだ。
だが、そのエルバーラに〈私〉がなってしまった。
前世の〈私〉の名前は思い出せない。ただ、日本という島国のアラサーで衣料品会社に努めていた。
プライベートでは乙女ゲームが好きで、他部署の同僚と乙女ゲームの二次創作物を作ってはネットでキャッキャウフフしていた。
悪役令嬢エルバーラが出てくる乙女ゲームももちろんやり込み、みんなで色々想像しながら、もしもの世界を二次創作物として作りこんでいた。その乙女ゲームの悪役令嬢に生まれ変わってしまった。二次創作物の中なら、バッドエンドを回避することに全力を注ぐのが王道だ。だけど現実に生まれたわたしには、やらなければならないことができていた。しかも成長と共に前世の記憶は薄らいでいく。
それでもヒロインはイジメない、悪役令嬢にはならないーーでも、エルバーラとして乙女ゲームには王道参加する。
それだけを胸に刻んで過ごすフランチャスカ侯爵家で、父親である侯爵、こいつがクソだった。
わたしの母親がフランチャスカ侯爵に手篭めにされ子供を生んだ歳は15歳だ。母親自身もまだ成人を迎えていない子供だったのだ。
今日もまた、クソ侯爵が難癖をつけて寝室に引きずり込もうとした侍女は、10日前に雇われたばかりの16歳の少女だった。
たまたまその現場に居合わせたわたしはクソ侯爵を止めようとして、突き飛ばされたり腹を蹴られたりした。
それでも力が足りずに引きずり込まれる侍女を守ってあげられないと、絶望しかけたとき、またあのキラキラした妖精チートが現れた。
挨拶と称してお父様をいなし、追い払ってくれたのだ。
びっくりすると同時に手を握られていることに気づいて焦った。
いつの間にか体中の痛みが消え、妖精チートにまた助けてもらったのだとわかった。
「君だけ。ヒミツだよ?」
耳元で甘くささやくーー何者!?おのれ5歳児!
前世との経験を合わせても未体験の所業に、防御が間に合わず顔が赤くなる。その上右耳上が濡れて、柔らかな唇で食まれる感触。
「・・・っ!あなたっ、なななな、なにを!」
「ギーヴ」
「?」
「ギーヴって呼んでくれたら、手を離してあげるよ、エヴァ」
ぬぬぬぬぬ〜美形の周りを飛び回る小さな羽虫ーーキラキラ妖精たちが大騒ぎしてる。
何がしたい、何が狙いだこの妖精チート!?なんで隠れていないこの隠しキャラ!?
追い詰めるだけ追い詰めて、ジェムニールが現れるとさっさと退場した謎の存在。
だがこの妖精チートはその後も出没するようになりーー次第に本領を発揮し始めた。
妖精は気まぐれで無慈悲。わたしが探す〈彼ら〉よりもずっとずっとたちが悪い。
だから近づいてほしくないのに。




