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悪役令嬢は執着されてハメられる  作者: ちょしゃなげ
第1章
11/58

侯爵と侯爵3

 

◆◆


「死ななくて良かったぁ~でも背中がイタイよ」

 狂猪バーサークボアに押し倒された僕は、必死に手足をバタバタさせている内に、ご先祖様の短剣が狂猪の急所を刺してくれていた。

 その結果僕は、狂猪の下で魔物の血を浴び背中に打ち身を負った。

 今はフランチャスカ侯爵家の客間で湯を借りているところだ。


『気持ちわるいなぁ。血の匂いってこんなにキツイのか』

 そう考えるのは〈俺〉だ。さっき思い出した僕の前世。


 前世の僕は、この世界と違う日本という国に住む26歳の成人男性だった。普通大学を卒業して、弁護士になる為のロースクールに再入学が決まったばかりだった。浪人もしていたので、日々のアルバイトと六法全書しか頭にない、平和なインドア男だった。友人も少なく喧嘩すらしたことがないという、おとなしい男。

 そんな〈俺〉は戦うことそのものを嫌悪していて、浴びた魔獣の血がとにかく気持ち悪いと強く感じている。


 ちなみに〈僕〉が感じるのは、初めて魔獣を倒したことの安堵と、ちょっぴりの興奮だ。


「だけど、どっちも〈僕〉だよね・・・」

 〈俺〉も〈僕〉も、同じ僕であることに変わりない。二重人格ではなく、時々考えることや思い出すことが、僕の経験に基づかないものだというだけだ。

 それに前世の全部を思い出したわけではない。名前や顔など細かいことは思い出せない。


「ずっと子供っぽくないって言われていたのは、知らないうちに〈俺〉の影響を受けていたからかな?」

 だからって何かが変わる気もしない。

 前世を思い出したあの瞬間は、衝撃を受けて混乱したが今は大丈夫そうだ。


 僕は頭を振って、水気を払うと浴室を出た。

 外ではフランチャスカ侯爵家の侍女さんが待っていてくれて、新しい服をくれたのだが、着替えの手伝いは断った。

 だって恥ずかしいだろ?って感じるのは5歳プラス26歳の弊害だろうか。きっと自宅に戻っても、もうアンナに身体は拭いてもらえないと思う。


「よぉ!スッキリしたか?」

 客室に出ると、ジェムニールがソファで寛いでいた。


「どうだよ、魔獣の肉を斬った感じは。気持ちよかっただろ、なぁ?しかも魔獣の熱い血を浴びるなんて、お前勇者だぜ」

「残念ながらほとんど記憶にないよ。ツノに当たらないように腕を突っ張ったから、腕も背中も痛い」

「あーあ。襲いかかられて、踏みつけられた昆虫みたいにバタバタしてたなぁ。あれは面白かった、ひひひっ」

「笑うなよ!剣を握ったのさえ初めてだったんだ。必死だったんだぞっ」


「怒るなって。間抜けでも魔獣を殺したのはお前だろ。心臓をグサッとひと突きにして、それでも暴れた狂猪バーサークボアから短剣引き抜いて、ブワッと吹き出した魔血に染まったお前は、本気で最高だった!

 今までの奴ら、誰にもできなかったんだぜ。誇っていい。お前は面白い奴だよっ」

 ジェムニールはうっとりとした表情で、僕が狂猪を斃した様子を語り誉める。でもその言葉に僕は色々引っかかる。


「・・・今までの奴ら?」

「学園にいる俺の下僕な」

「・・・」

「安心しろよ、お前は別だ。俺と同じ侯爵家の嫡男で、年下のくせに立派に魔獣を倒した勇者だ。怯えて服を濡らしただけのあいつらと違う」

 じわりじわりと、ジェムニールの性格の悪さがにじみ出てくる。


 今までも、招いた友人に無理やり武器を持たせて、魔獣退治をさせようとあの鉄箱の中に連れ込んだのだろう。

 やっぱりやり慣れていたのか。俺は迷った末、あからさまに顔をしかめた。

「ーーいい経験だったと思い込むことにする。でも不意打ちは好きじゃないんだ」


「悪かったよっ、もうしねぇから。

 それよりお前、ちゃんと剣を習え。剣の練習しろよ、そんで俺と狩りにいこうぜ」

「まさか魔獣狩りっとか言わないよね?」

「それ以外にあるのか。強い敵ほど倒したときが最高に気持ちいいんだ、お前にも分かるだろぉ!?」

 キラキラした純粋な瞳に、ただの脳筋バカにはない残虐さが見える。


 同意を欲しがる相手を拒絶した結果、逆上する異常者の怖さを〈俺〉は法廷見学で何度も見たことがあった(らしい)。僕は慎重に返事を返す。


「すぐは無理だよ。足手まといになる」

「じゃあ俺が教えてやるっ」

 ジェムニールがまた突拍子のないことを言い出す。


「一緒に練習したほうが上達が早いぞ!よっし、ブンドルに聞いてくる」

「ブンドル?」

「護衛騎士で剣の家庭教師だ」

 鉄箱の中にいた2人のうちのひとりだろうか。


「俺、聞いてくるからっ!」

「えっ!?決定?じゃあなくて、テドさんに許可もらわないとーー」

 俺の言葉さえ聞かずにジェムニールは飛び出して行った。

 勢いで客室のドアが半分空いたままになっている。自然にため息が出てきた。


「・・・これも目標達成の一部かな?」

 僕は引き止めるのを諦める。

 考え方を変えれば、これでこの館に来る口実ができたわけだ。


 剣は好きでも嫌いでもないが(〈俺〉は嫌いだが)習っておくにこしたことはない。成長するにつれて、エルバーラの命は狙われるはずだから、魔法に頼るだけの力の付け方はしたくない。護るためには色々な力がいる。


 それにかなりヤバイ奴だが、利用しがいのあるジェムニールという友人ができた。きっと先々いろんな役に立つはず。

 結果的にいい事ばかりじゃないかと、僕は笑いがこみ上げた。


「『ぼくはしなせずに、てにいれる』」

 自分に刻むように、何度か小さく呟いた。


 その時、開いたドアの向こうから女性の鋭い叫び声が聞こえた。



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