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君のうた

アンサンブル

作者: 川野りこ
掲載日:2019/08/31



  hanaハナの音をはじめて聴いた時…………これが、miyaミヤの探し求めていた歌姫だと思った。

 僕だけじゃない。

  akiアキhiroヒロも、高校生になったばかりの十五歳の少女の歌声に震えたんだ。

 大きなステージで五人でライブをする。

 そんな未来が見えた気がした。


 これは、water(s)になる前の話。

 僕がまだhanaと同じ十五歳で、クラシックの世界にいた頃の話だ。






 僕の父は有名なヴァイオリニスト、ソリストだ。

 演奏旅行とやらで、年間の半数以上を海外で過ごしている。

 だから、親が家にいる方が稀だったけど、淋しくはなかった。

 音楽好きの祖父母が側にいてくれたから。


 ーーーーただ……父と比べられる度……何度、ヴァイオリンを辞めようと思ったか分からない。


 「圭介けいすけくん、またコンクールで優勝だったね!」

 「青山あおやまって凄いよなー」

 「ヴァイオリンのテストも一位だったよね」

 「さすが修人しゅうと先生の息子だな!」

 「青山先生、またオケと共演するんでしょ?!」


 うるさい。

 うるさい。

 うるさい…………耳障りな音ばかりで嫌になる。


 「……ありがとう」


 思いとは裏腹に、和やかに微笑んで人当たり良く応えた。

 圭介は練習室に入るなり、楽譜を思いきり床に叩きつけていた。


 「はぁーーーー……」


 思わず深い溜息を吐くと、楽譜に八つ当たりをした事に後悔があるのか、すぐに譜面台に楽譜を整えて置いた。


 こんな時は……譜面に囚われる事なく弾きたい。


 楽譜を開く事なく、即興で弾いていく。

 その音色は彼の外見とは異なり、力強さが印象に残る曲だった。


 集中して弾いていたのだろう。気づくと日が暮れる時間となっていた。


 帰ったら、また練習しないとな…………


 圭介の手はヴァイオリンを弾く指先をしていた。長年弾いている為、弾く度に出来ていたタコは、すっかりと硬くなっている。


 軽く背伸びをすると、ヴァイオリンをケースにしまい自宅に帰るつもりだったが、携帯電話の着信に気づき、電話を折り返した。


 『ケイ、やっと出たー! これからアキと飯行くんだけど、ケイも来れるか?』

 「……行く」

 『じゃあ、この間の喫茶店で待ってるからな』

 「うん、分かった」


 先程までとは違い、晴れやかな気分で友人の待つ喫茶店へ向かった。


 「ケイ、お疲れ」 「お疲れー」

 「アキ、ヒロ、お疲れさま」


 圭介は二人の待つ、店内奥の六人掛けの席に腰を下ろした。テーブルには飲み物が二つ並んでいる。


 「待ってくれたのか? 悪いな」

 「いいって、俺らのがここ近いし。とりあえず頼もう」

 「だなー。ケイは何にする? ナポリタン?」


 三人はこの喫茶店でよく集まっているのだろう。メニュー表を見る事なく、注文を決めていく。


 「うん、ナポリタンにする。アキはオムライス?」

 「あぁー、そんでハンバーグトッピングで」


 マスターに注文を済ませると、コンクールで使う楽譜を広げた。三人とも楽器が違う為、それぞれ違う楽譜が並んでいる。


 料理がテーブルに並ぶと、楽譜をそれぞれ鞄に入れ、学校生活の話となった。

 明宏あきひろ大翔ひろとは同じ高校の為、主に圭介の話を聞きたかったというのが本音だろう。


 彼の通う帝東藝術大学ていとうげいじゅつだいがく音楽学部附属音楽高等学校は、一学年に一クラスしかない。

 各教室にグランドピアノがあり、隣接した付属大学と講堂や体育館等は共有している。

 音楽を続けていくには適した学校だが、一学年の定員は四十名と狭き門の為、明宏と大翔の二人は受験したものの不合格だった。

 コンクールで入賞した事のある二人でさえも入学するのが厳しい高校に通う圭介は、まさにエリートだ。

 青山家は音楽一家であり、彼自身も物心着く頃からヴァイオリンを習っていた。


 ーーーー音楽は好きだし、別にどうってわけじゃないけど……学校は耳障りな音ばかり聴こえてきて、嫌になる時がある。

 だから……アキとヒロに声をかけられた時、嬉しかったんだ…………純粋に、音を褒めてくれた事に。


 圭介は居心地の良い空間に気が緩んでいたのだろう。学校とは違い、嘘のない笑みを浮かべていた。


 「ヒロは吹奏楽部どうなんだ? 金賞常連校って、聞いたけど」

 「まぁーな。練習は厳しい時もあるけど、オケ自体は好きだからいいんだけどさー……」

 「ん、けど?」

 「ケイのヴァイオリンとアキのチェロが在れば、もう少しやる気が出るんだけどな」

 「チェロだけ入部しても微妙だろ? 吹奏楽部はその名の通り管楽器だけが多いし。それに、俺はレッスンつけて貰ってるからいいんだよ」


 きっぱりと告げるアキに、ヒロが抗議したくなるのも分かる気がする……

 二人と知り合うまでは、他の楽器のコンクールを見た事なくて……自分の無知を思い知った感じだ。


 明宏のチェロ、大翔のサクソフォンは、彼にそう思わせるほど、惹かれるものがあった。

 コンクールにおいては、楽譜通り弾くことは絶対条件であり、順位がすべてだが、それに関係なく惹かれるものがあるとすれば、それがプロの演奏家に必要な個性なのかもしれない。


 お皿を空にすると、再び楽譜を広げた。

 今度はコンクール用ではなく、彼らで合作したものだ。

 喫茶店内にはアップライトピアノがあり、時折演奏させて貰っていた為、借りるのも手慣れたものだ。


 「マスター、ピアノ借ります」

 「どうぞー、今日はケイくんがピアノかい?」

 「はい」


 習っている楽器は違うが、三人ともピアノは人並みに弾ける為、日により伴奏者を変えていた。

 無論、ピアノを弾かない日もあった。


 圭介がピアノの前に腰掛けると、その側の椅子にチェロを持った明宏が腰掛け、二人と視線の合う位置に立つ大翔は、サクソフォンを首から下げて構えた。

 圭介の合図で三人のハーモニーが店内に響く。その音色は鮮やかで、夏の暑さも忘れそうな爽やかな演奏だった。


 マスターは、今年の新緑の季節から通い始めた高校生の演奏家を静かに見守っていた。

 元調律師でもあるマスターの耳が聴いても、彼らの放つ音はまだ若くも心地よい、青い春の香りを感じさせるような音色だったのだ。


 店内では音楽好きの常連客が拍手をしていた。

 壮大な拍手喝采ではないが、彼らにとっては人前で演奏出来る良い機会であり、音を発信出来る数少ない場所でもあった。

 圭介は、彼らの放つ音色の輝きに包まれていた。


 「マスターの店で弾いてる時が楽しいなー」

 「確かにな。オケも良いんだけど、好きな曲を毎回弾けないしな」


 明宏に大翔が頷いて応えると、圭介も二人に同意していた。


 「ーーーーもっと……三人で弾きたいな……」


 思わず溢れた圭介の本音に、二人は顔を見合わせると、彼の肩に腕を乗せていた。


 「ケイー!」

 「週一くらいでアンサンブル、本格的に続けていかないか?」

 「ヒロ、それいいじゃん!」


 圭介に断る理由はない。溢れた言葉は彼の本心だったからだ。


 「勿論!」


 彼らは自宅に帰ると、それぞれの場所で練習をすぐに始めた。

 その音色は、ジャズの要素が散りばめられた三人で作った曲だった。




 「はぁーーーー……」

 「ケイ、ため息多くないか?」

 「そう? ちょっとね……」

 「この間も優勝してたのに、何があったんだよ?」

 「いや……」


 僕の弾くヴァイオリンは自己主張が激しい人が多い。

 専攻楽器で占いが出来そうなくらいだ。

 僕もそれに含まれるんだけど……正直、面倒くさい。

 他人ひとに言ったって、半分も伝わらないからクラスメイトにも、親にすら言った事ないけど……


 「…………親が演奏旅行について来ないかって……」

 「ケイの親って、ヴァイオリニストの青山あおやま修人しゅうとだろ?」

 「そう……久々に日本に帰って来たと思ったら、勝手な人達だよ」


 圭介が口にする言葉には、時折憤りが混じっている。

 自分の好きな事を仕事にする親を尊敬はしているが、干渉はされたくないのだ。


 「夏休みの一週間くらい、付き合ってやったら?」

 「うーーん……考えとく」

 「あっ、これ行く気ないやつだなー」

 「ケイ、分かりやすいな」

 「ヒロには言われたくないよ!」

 「えーーっ」


 顔を見合わせ、笑みが溢れる。圭介も自然と笑えていた。


 ーーーー行きたくない理由は分かってる。

 今までなら、聴くのも勉強になるから、何でも手当たり次第、触れるようにしていたけど……質の悪いモノをいくら聴き込んでも、そこからは何も生まれないって学んだ。

 父さんの共演者は、一流と呼ばれる人達ばかりだ。

 聴いて損はない。

 分かってる…………僕は、二人と音楽をりたいんだ。

 だから、昨夜の父さんの言葉が許せなかったんだ。


 圭介は親とのやり取りを思い返していた。


 『ケイ、お父さんの演奏旅行について来ない?』

 『なんで?』

 『なんでって……去年までは、夏休みの度について来てたでしょ?』

 『僕は残るから、母さんだけついて行ってよ』

 『圭介……予定があるのか?』

 『……うん、アンサンブル演ってて』

 『……どこかに所属したのか?』

 『えっ? 違うよ……友達と演ってるんだ』

 『へぇー、ケイの友達ねー。今度、連れて来てよ』


 母は何やら嬉しそうに、ご飯を食べている。

 穏やかな雰囲気で、家族団欒の夕食を終えるはずだった。父の言葉を聞くまでは。


 『ーーーー本気なのか?』

 『えっ?』

 『アンサンブルって、誰と組んでるんだ?』

 『同い年の子だよ』

 『……クラスの子か?』

 『ううん、武蔵野の子』


 次々と質問をしてくる父に、視線を逸らしたまま圭介は応えた。


 『圭介……遊びなら、やめておきなさい』

 『なっ!』

 『クラシックの世界でやっていくつもりなら、遊んでる場合じゃないだろ?』

 『ーーっ、ごちそうさまでした!』


 圭介は勢いよくテーブルを立つと、自室の扉を思いきり叩きつけるように閉めていた。


 二度と父さんの顔なんて見たくない! って、家に帰らない訳にはいかないけど…………どうせ六日後には、演奏旅行に行くんだから、それまで無視して過ごすしかない。

 あの後、母さんがフォローしてたけど、正直よく覚えてないんだよな……


 「ケイ、次は作った曲、演らないか?」

 「うん!」


 圭介は二人と視線を合わせると、迷う事なく触れた。自分たちで作った曲に自信があったのだ。


 彼は、しなやかな柔らかさのある温かな音色を響かせている。その音に、明宏と大翔は微かに笑みを浮かべていた。

 圭介はコンクールで優勝する程の実力があり、音楽と真摯に向き合っていた。彼の音は、聴く者を魅了させる力を秘めていたのだ。


 ーーーーーーーー楽しい……遊びなんかじゃない。

 このアンサンブルは、僕が初めて続けたいと思った場所なんだ…………


 三人での演奏は、絶妙なハーモニーを生み出していた。譜面通り弾き終わると、ハイタッチを交わしているのだった。




 圭介は自室にこもって練習をしていた。

 一日たりともヴァイオリンに触れない日はないが、父と言い合いをした為、リビングに居たくないのだ。

 とはいえ、修人は有名なヴァイオリン奏者だ。

 音楽を、特にヴァイオリニストを志す者なら、知らない者はいない。

 その為、日本に戻ってからも忙しく活動していた。今日も朝から何処かに出かけたようだ。


 「ーーーー……よし……」


 先程までクラシックを弾いていた手元には、手書きの楽譜が置かれている。

 時折、指で弦をはじきながら弾いていた。滑らかに指先が動いていく。

 彼は手元も譜面も殆ど見ていない。体が動きを覚えているようだ。

 目を閉じると、二人の音を想い浮かべながら奏でていた。




 「ケイ、いつもと違ってたな」

 「あぁー……親の事で、また色々言われたのかもなー」

 「確かに。青山修人は、クラシック界で有名だからな」

 「そうだな。でも、俺はケイの音が好きだけどな」

 「それは俺もだよ! 悔しいくらい、いい音を出すからな」

 「あぁー……」


 明宏と大翔は、喫茶店に集まっていた。今日は土曜日の為、大翔の部活が休みなのだ。


 「ケイと早く演りたいなー」

 「だなー」


 二人は、圭介に声をかけた日の事を想い出していた。


 入学早々意気投合した彼らは、同年代の奏者を見に様々なコンクールに出場し、また見学もしていた。

 彼ら自身もコンクール入賞を果たす事は、今までに何度もあったが、物足りなさを感じていたのだ。

 譜面通りに並ぶ音の羅列に。


 「この間の、ケイの音……よかったな……」

 「あぁー」


 二人は同じ音色を想い浮かべていた。

 彼の弦の音だけは、他とは違って聴こえていたのだ。

 繊細な中にある力強さ。

 しなやかな柔らかさに、温かみのある音色。

 同世代は、まるで相手にならないのだろう。

 青山修人の『天才の息子』と、呼ばれるだけあった。

 本人はそう呼ばれる事を嫌っている為、圭介自身に告げた事はないが、実力が抜きん出ていたのだ。


 「それにしても、面白い奴だよな。見た目は王子っぽいのに、中身は熱い奴だし」

 「ん? アキに言われたくないと思うぞ?」

 「ヒロにだけは言われなくないなー」

 「おい!」


 音楽に対しての熱量は三人とも強いのだ。


 「おっ、来た!」

 「悪い……遅くなった」


 待ちかねた圭介を笑顔で迎えていた。


 「お疲れー」

 「お疲れさま」


 三人が揃うと、いつもの喫茶店をアンサンブルの音色で包んでいく。

 この数ヶ月で常連となった若き音楽家に、マスターも常連客も温かな拍手を送っていた。


 「次、どこで練習する?」

 「せっかくみんな夏休みだから、明日は一日練習したいよなー」

 「そうだな……僕の家で演る?」

 「ケイ、いいのか?!」

 「う、うん……二人がよければ」

 『行く!』


 圭介の提案に喜ぶ、二人がいるのだった。




 ーーーー何で……今日に限って、父さんがいるんだよ?!


 彼からまた深い溜め息が漏れそうだ。


 「……父さん、ピアノの部屋使うから、入って来ないでね」

 「あ、あぁー……」


 何とも気まずい空気が親子の間に流れている。

 あの日以来まともな会話をしていない為、話しかけられた修人も戸惑っているようだ。

 話したくないと思っていた圭介は、珍しく家にいる父を無視し続ける事は出来ず、話しかけていたのだ。


 そんな気まずい空気の流れていた午後、待ちかねた二人が青山家にやって来た。


 「お邪魔します」

 「ケイの家、広いなー」

 「二人とも、いらっしゃい」


 いつもと変わらずしっかり者の明宏と興味津々な様子の大翔、二人の変わらない様子に、圭介から自然と笑みが溢れる。


 「あっ、ケイ。これ、差し入れ」

 「ありがとう。奥の部屋、先に行ってて?」

 「はーい」 「了解」


 リビングにいた修人のオーラに気圧されそうになりながらも、二人は会釈をし揃って挨拶をした。


 『こんにちは』

 「……こんにちは」


 まだ四十代の修人は見た目よりも若い。息子の友人に微笑んでいる表情は、圭介に似ていたのだろう。

 明宏と大翔は顔を見合わせると、友人に向ける笑顔を見せていた。


 「ケイのお父さん、やっぱり若いな」

 「そう? 若作りなだけだよ。ヒロはお姉さんがいるんだっけ?」

 「うん、三個上だから大学生だな。アキは弟だよな?」

 「あぁー。今、小五だな」


 彼らは話しながらも、演奏の準備をしていく。

 広い防音設備の整った部屋の中央奥には、グランドピアノが置かれていた。

 三人は、ピアノの前に椅子を並べると、それぞれ持参した楽器をケースから取り出した。譜面台に手書きの楽譜を置くと、準備は整ったようだ。


 「とりあえず、通しでやるか?」

 「そうだな」

 「あぁー」


 半円状に並べた椅子に座った彼らは、中央に座る明宏のチェロに合わせ、弾き始めた。

 普段、クラシックを演奏する彼らのアンサンブルは、描いた楽譜に忠実だが、時折態と早弾きをしたり、音を弾ませたりと、弾き方を変えていた。

 まるで、ジャズの独特のリズムを刻んでいるようだった。


 ーーーー楽しい…………今までクラシックしか弾きてこなかったのを後悔した事もあるけど……知らないなら、これから知っていけばいい。


 二人と合わせている時の圭介は、いつも楽しそうにヴァイオリンと向き合っていた。


 「集中したなー」

 「お茶にするか?」

 「賛成!」


 三時間程、続けて演奏していたようだ。

 彼らが部屋を出ると、修人は出かけたのだろう。リビングには誰もいなかった。


 「座ってて。プリン、持ってくるから」

 「サンキュー」

 「ありがとう」


 大翔と明宏がキッチンからダイニングテーブルに視線を移すと、白い封筒が置いてあった。


 「ケイ、テーブルに封筒あるぞ?」

 「封筒?」


 圭介は二人の差し入れたプリンと紅茶をテーブルに置くと、白い封筒を開けた。圭介宛と父の字で書かれていた。

 中には、今日の夜に行われるコンサートのチケットが三枚入っていた。


 ーーーーそういえば……クラスメイトがオケと共演とか言ってたっけ……


 「ケイ、どうかしたのか?」

 「急用?」

 「いや……二人とも、これから時間あるか?」


 楽器ケースを持ったまま、彼らはコンサートホールを訪れていた。

 大々的にオーケストラと青山修人の写真が載ったポスターが、ホール前の柱に貼られている。

 封筒には今夜のチケットが入っていたのだ。


 ーーーー僕だけだったら、行かなかったけど……明宏と大翔が素直に喜んでくれたから、ここに来れたんだ…………


 修人は息子の性格を分かっていたのだろう。

 ただ三枚のチケットを用意したのは、それだけではなく、聴いてほしいと思ったからだ。音楽と真摯に向き合う彼らに。


 すぐに開演のブザー音がなり、オーケストラの壮大な音色が響いていく。

 圭介は久しぶりに聴く生の音に、瞳を輝かせていた。それは彼だけではなく、明宏も大翔も同じ反応だ。

 時折、強さも感じさせるような温かな音色が、観客を魅了している。

 彼の弦の音が、会場を包み込んでいた。


 「ーーーーすご……」


 久しぶりに間近で聴く父の音色に、彼は素直にこぼした。


 ーーーーすごい……オケにも負けてない…………何て言えばいいんだろう……違う景色を見たみたいだ……


 スタンディングオベーションが起こり、最大限の賛辞が舞台へ注がれる中、彼は動かずにいた。


 「……ケイ?」


 拍手をする明宏と大翔が、座ったままの圭介に視線を移すと、彼の瞳は微かに濡れていた。


 「ケイ! 俺たちの夢だな!」


 恥ずかし気もなく告げる大翔に、圭介と明宏は顔を見合わせると、迷いなく応えた。


 「あぁー」

 「いつか……」


 いつか……こんな広い舞台で、演奏出来るような自分で在りたい。

 ただ漠然とした奏者としてだけでなく、彼のような一流と呼ばれる人達と演奏したい。


 彼らの目標が定まった日となった。


 修人と視線が合うと、彼は大人気なく自慢気な表情を浮かべている。それは、『俺のいる世界はここだ』と、圭介に告げているようだった。




 一人で父の楽屋を訪れていた圭介は、彼の目をまっすぐに見つめていた。


 「ーーーー父さん……かっこよかった……」

 「……ありがとう」


 声が小さくなりながらも素直に告げる息子の姿に、修人は頬を緩ませ、頭を撫でていた。


 「ーーーー演奏旅行には行かない……明宏と大翔と音楽をやりたいから」


 はっきりとした口調で応えた彼に、修人は自身の学生時代を想い出しているようだった。


 「あぁー、好きにしなさい」

 「うん」


 ーーーーーーーー敵わない……幼い頃から、目標だった父さん…………今なら分かる……

 『……遊びなら、やめておきなさい』

 あれは、僕に向けた言葉だったんだ。


 コンクールで優勝しても、俺じゃなく……周囲は青山修人の息子とだけ見ていた。

 本当は分かってたんだ…………父さんの真似をしていた僕は、そう言われても仕方なかったんだって……

 『自分の音とよく向き合ってみて?』

 母さんが、フォローするように言っていた意味が分かった気がした。

 ……これから……どうするかは、自分次第。




 僕の父は有名なヴァイオリニストだ。

 それは変わらない。

 いつか……青山圭介の父って、言わせてみせる。

 迷っても捨てられなかったのは、音楽が、ヴァイオリンが、好きだったからだ。


 彼の気持ちの捉え方次第で、見れる景色は変わるのだ。

 十五歳の彼らにとって、舞台に立つ奏者は憧れの存在だった。

 拍手喝采を浴びる彼らは、スポットライトの光だけではなく、その人自身が光りを放ち、輝いているように映っていた。


 この日から、手探りだけど色んな事に挑戦するようになった。

 躊躇する要素は何処にもなかったんだ。

 これは十五歳の僕が、クラシックの世界から駆け出した話だ。






 「kei、お疲れー」

 「お疲れ」

 「……お疲れさま」


 圭介の側には、あの頃と変わらずに明宏と大翔がいた。これから大学内の練習室で、音合わせを行うのだ。


 「二人が来るの楽しみだな」

 「あぁー」

 「早く演りたいな」


 そう言った彼らは、あの日に誓った夢を現実にする為に、今も音楽と真摯に向き合っていた。


 重い扉が開くと、待ちかねていた少年と少女が姿を見せた。


 「和也かずやかなでちゃん、いらっしゃい」


 hanaの音をはじめて聴いた時…………これが、miyaの探し求めていた歌姫だと思った。

 僕だけじゃない。

  akiもhiroも、高校生になったばかりの十五歳の少女の歌声に震えたんだ。

 大きなステージで五人でライブをする。


 ーーーーーーーーそれは遠くない未来、十五歳の僕らの夢が叶う話だ。

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