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洋館の少女

 ッカーン――

 無機質な音が屋敷に響く。

 それは何の音だろうか。考えるだけで背筋に冷や汗が伝う。


 今度は俺の番か?

 だが俺はちゃんと全てのルールを守ったはずだ。

 守らなかったのはいなくなったあいつらの方だ。俺は何も悪くない。だから無事に帰してくれと、誰かに懇願する。けれどその後にケタケタと複数の声が耳をくすぐる。



 ――ゲームはまだ続いているのだ。



「なんでだよ、ルールは守ってるじゃねえか!!」

 思わず口から出た言葉に、俺は涙がこぼれた。だって俺はルールを破ってしまったのだから。きっと俺にもお迎えが来てしまうだろう。いや、この音が聞こえている時点で気付かないうちにすでに俺はルールを違反していたのかもしれない。それでも少女が見えてこないのは、俺が最後の一人だからだろうか。ああ、なんでこんなゲームに参加してしまったのかと後悔してももう遅い。


 涙で徐々に視界は歪んでいく。

 俺もあんな風になるのかと想像してついにその場にへたりこんでしまう。


 俺は幸せになる予定だったんだ。

 借金取りのおっさんから真っ黒い封筒を渡されたのは今から一週間ほど前のことだ。これに参加すれば、親父の残した莫大な借金が返せるってそう聞いて、一も二もなく飛びついた。


 だってその内容はあまりにも簡単だったんだ。

 3日間、指定された洋館で生活してもらう。

 そこには体の弱い女の子が住んでいて外では遊べないのだという。それを不憫に思った両親が何人かの人間を遊び相手として雇っているのだということだった。だったら俺みたいな大学生よりももっと小さな子の方がいいんじゃないかと疑問に思ったが、たった三日で生涯付きまとわれるかもと恐れていた借金とおさらば出来るのだ。

 便せんの最後には赤字で『そこで生活するにあたって、いくつかのルールを用意している。詳しくは当日発表するので必ず守るように。これを承諾することが参加条件である』と記載されていたのは少し引っかかった。だが誰かと生活するのなら多少のルールがあるのは当然だろう、と深く考えることはしなかった。


 ――それが一度目の間違いだとも知らずに。


 そして俺はその封筒を手に取った。

 今考えれば、どういうことかと封筒を持ってきてくれたおっさんに尋ねることくらい出来たのに、浮かれていた俺はありがとうございますとお礼を告げることしかしなかったのだ。


 数日後、家にやって来た黒服の男性に連れられてやって来たのは山奥の洋館だった。そこにはすでに俺の他に5人の男女がいた。見た感じだと一番若いのは俺だった。一体何を基準で選んでいるのかと思わず首を傾げてしまった。だが真ん中の階段から「ようこそいらっしゃいました!」と歓迎ムードで降りてくる身なりのいい男性に、これ以上考えることを止めた。


 どんな理由であれ、俺はただ役目をこなすだけだ――と。


「あなた方には早速あの子と遊んでいただきたいのです。もちろん達成報酬はご用意いたしますので、ゲームか何かだと思っていただけるといいと思います。そしてそれをスタートする前に……この館のルールをお伝えしようと思います。絶対に、破らないでくださいね」


 笑みを崩さずに説明を開始する男性に俺を含めた6人の男女が頷いた。理由は様々だが、この仕事を全うしようという気持ちは皆一緒らしい。

 その態度に安心したらしい男性は「いいですね! 今回は期待できそうです!!」と軽い拍手を俺達へと送る。


『今回は』とは一体どういうことだろうか? そんなに難しいルールなのか?

 それにゲームって、俺達は女の子と遊ぶために呼ばれたにしては言い方がおかしくないだろうか?

 次々に頭に浮かび上がる疑問に思わず眉間に深いしわを寄せてしまう。


「緊張しなくてもいいんですよ。ルールはいたって簡単ですから」

 そんな俺の姿を見て、男性は苦笑いを浮かべる。



「ルールは全部で5つです」

 男性は右手をパッと開いて『5』という数字を作る。そしてそれに続けて5つのルールを説明してくれた。まとめるとこうだ。


 1.彼女が飽きるまで遊びに付き合うこと。

 2.その遊びはピンク色の便せんに書かれたものを行うこと。

 3.どんなことがあっても彼女を怒ってはいけない。

 4.彼女に刃物などの凶器を向けてはいけない。

 5.迎えが来るまで絶対に洋館から出ないこと。


 ――とのことだった。

 1~3はともかくとして4と5はどういうことなのだろうか。


「あの~、もしも急用が出来た場合はどうすれば……外に出たい場合は誰に告げればいいのでしょう? それに凶器を向けないことって相手は女の子ですよね?」

 同じことを疑問に思ったらしい、気が小さそうな男はそろりと手を挙げた。

 それに笑みを崩すことのない男性はなんてことないように答える。


「ここは見ての通り、山奥ですので電波はありません。そのため、田中さんが心配しているような急用が入るということはないでしょう。また、4つ目のルールですが……以前、彼女に乱暴しようとした者がおりまして、それから作ったルールなのです」

「なるほど……。ありがとうございます」

 田中と呼ばれた男性はそれで納得したように、ペコリと頭を下げた。

 けれど俺は少し引っかかりを覚えた。4つ目のルールはともかく、5つ目のルールは煙に巻かれた気がするのだ。確かに男の質問は『急用が入ったらどうすればいいか』であり、その答えとして『急用が入ることはないので安心してくれ』は間違いではない。だが後半の『外に出る場合』の質問は一切スルーである。


 それは意図的なことなのか、それとも……。


「質問がなければ、私は帰ります。最後に、皆さまのお部屋は二階にございます。お好きな部屋をお使いください。またお食事は7時、12時、18時に食堂の方にご用意いたします。それでは3日後にお迎えに上がりますのでそれまであの子をよろしくお願いいたします」


 心に引っかかりを覚えながらも、時間を気にするように何度も腕時計に視線を向ける男性もとい雇用主にそれ以上は聞き出せなかった。



 ――それが二度目の間違いだった。

 その時、誰かがその女の子について尋ねるべきだったのだ。そうすればきっと何かが変わっていただろう。


「こんにちはみなさん」

 なにせ男性が去ってからすぐに二階からやって来た女の子は『人』ではなかったのだから。

 身体が弱いとの前情報があったその少女の腰からは毛むくじゃらの足が何本も生えていた。人の形をしたものではない。例えるなら昆虫のような足である。


「く、蜘蛛女ですって? こんな気持ち悪いものの相手なんて聞いてないわよ! あっち行って!!」

 あまりの衝撃にぼうっとしてしまった俺の頭にヒステリックな女性の声が響く。そしてその直後、ヒステリックに叫んでいた女性の身体はどこからか飛んできた剣によって真っ二つにされた。ほんの一瞬の出来事だった。誰もが恐怖を覚えるよりも早く、虚空からは何者かの声が聞こえてくる。


「アリア様への無礼は私たちが許しませんわ」

 一体、誰の声だろうか。

 躊躇なく人を殺せる誰かを探して、俺達は視線を走らせる。けれどこの場所に俺達6人 (内一人は息をしていない) と蜘蛛女の少女しか見当たらない。


 隠れているのか?

 この屋敷には花瓶や絵画という、隠れるにはピッタリの物がたくさん飾られている。けれどそうではないことはすぐに判明した。


「リリス、また殺しちゃった。もう、怖がっちゃうでしょ! 片づけておいてね!!」

 少女が頬を膨らましながら虚空に向かってプリプリと怒ると次の瞬間、女性の死体が1mほど浮かび上がり、そしてどこかへ消えたのである。そこに残るのは切られたことで流れ出した血だけ。彼女のハンドバックすら残っていない。本当に彼女ごと消えてしまったのである。


 まるで幽霊の仕業かのように――。


「ねぇアリアと遊びましょう?」

 カタカタと震える他の奴らは放って、俺は少女の手を取った。

 相手が蜘蛛女だろうと幽霊だろうとやることは変わらない。3日後に迎えが来るならそれまでこの子と遊ぶだけだ、と。



 ――それが三度目の間違いだった。


 きっとこの時の俺は自分が思う以上に気が動転していたのだ。だからこそ気付かなかった。



 男性がこれを『ゲーム』だと称していたことを。

 その意味を知るのは、少し先のことである。


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