終末の家族
一部、関係がドロドロしています。
『_愛する我娘へ_』
幼いときから、両親とロボット達、それから沢山の本に囲まれていた。
「今日助、おはよう」
穏やかなお父さんと、
「朝ごはん出来てるわよ、今日助」
優しいお母さん。
「おはよう。お父さん、お母さん!」
とてもとても、幸せな生活を僕は送っていた。
僕達家族は世界に残った三人の人間らしい。
「あなたは最後の人間です」
「何度も聞いたよ」
ロボット達は僕をとても大切にしてくれている。お陰さまで、することがない。世界に三人だけと言うが、世界にはロボット達が沢山いる。
つまり、人間の仕事はほとんど無い。
ある時、暇すぎてお母さんに
「暇なんだけど、何したらいい?」
と聞いた。すると、
「本を読むといいわよ」
と返答が返ってきた。僕は早速お父さんに文字を教えてもらいながら本を読んだ。
色んな本を読むうちに智識と智識がかっちりはまって『面白い!』と初めて思った。それから僕は本にのめり込んだのだ。
ある時、僕は気が付いた。いや、気が付いてしまった。
「…僕は、お父さんとお母さんの子どもではないかもしれない」
本によると、僕の両親は『高齢者』らしい。年齢を聞くと二人共、九十歳を越えていた。人間の構造的に十歳の僕を産むのは無理だ。
「ねえ、僕は誰の子どもなの?」
「間違いなく私達の子どもよ」
「そうじゃなくて、僕の産みの親は誰?」
「…そうね。聞かれるとは思ってなかったわ」
「今日助、よく勉強したな」
お父さんはそう言って僕の頭をグシャっと撫でた。ぬくもりと共に、言葉の優しさが頭の上の手から伝わってくる。
僕はふとした疑問を口にした。
「何で聞かれないと思ってたの?」
「昔なら、他人と自分を見比べてその事に疑問を持つこともあるけれど、今日助は比べる為の他人がいないでしょう?」
「うん」
「だから、その事に一生気付かない可能性が高かったの」
白い髪のお母さんは、少し哀しそうに話す。
「あなたが無知のまま一生を終えなくて良かった」
お母さんは、お父さんごと僕を抱きしめた。
「…私達を含めて、世界に人間が五人居たときの話よ」
「五人?」
「そう。女が三人、男が二人。私とお父さん、それともう一組の夫婦がいたの」
「その人達が僕の産みの親?」
お父さんは頭を振って「違うんだ」と答えた。
「ある時、もう一組の夫婦の奥さんではない方の女が行方を眩ました。そうして、一年くらい経過してから戻ってきたんだ」
「…その人が僕の産みの親?」
「そうだ。あの女は戻ってきた時、お前を手に抱いていた…。幸せそうだったよ。母親も、お前もな」
「でも、戻ってきたからこそ悲劇が起きたの」
「悲劇?」
「不倫…。あなたが悪いわけではないわ。あの奥さんは嫉妬深かったの。でも、夫が浮気した事が分かって正気ではいられなかった…」
「そうなの?」
「そうっだったの。だから、あなたの母親を殺してしまったの。その弾みで愛するはずの夫も…」
……それは、とても悲しい真実だった。
「それで、その奥さんはどうなったの?」
「我に返ったとき、人を殺してしまったショックで身も心も衰退して死んでしまったよ…」
「だから、残ったあなたを私達で引き受けたの。まだ何も知らずに、純粋に笑っていたあなたを」
それが最後の家族の真実……。
それでも、お母さんとお父さんに注いで貰った愛情は変わらない。正直、覚えていない人の事を引きずる理由もない。だから、僕の生活は真実を知っても何も変わらなかった。
いや、一つだけ変わった事がある。昔以上に本にのめり込むようになったのだ。読むだけではなく、智識を求める為に。
無知のままでは居たくない…。
それから数年。お父さんとお母さんは他界した。大往生。死因は寿命による老衰だ。
お父さんは最後に
「刻那、今日助。ありがとう」
と言い残した。
お母さんは最後に
「今日助、私達はね、子どもを作らないつもりで、実際に私達の間に子どもは出来なかったの。でもね、子どもが欲しくない訳じゃなかったわ。だから、私の心残りが息子だなんて、私は幸せ者ね。今日助、幸せをくれてありがとう」
と言い残した。
終末の家族はとても優しい。
そして僕は、最後の人間になった。
……人間は、独りでは生きていけない。僕は身勝手ながらも、限界を感じてロボットを造った。
僕が欲しいものは、友人や恋人ではない。それよりももっと身近で見てきたもの。
家族だ。僕は子どもを育てたかった。お母さんとお父さんのように、沢山の愛情を注いで受け継ぎたい。だから、本から得た智識で、ロボットを造った。
それも、今までの人間の智識と努力を詰め込んだロボット。しかし、そのプログラムは穴だらけで、限りなく人間の子どもに近い。人類が求めた『完璧なロボット』とは限りなく遠い、僕にとっての『完璧なロボット』だ。
「この世が『起承転結』ならば、お前は『起承転結』の『結』にあたるのだろうな…」
ロボットの名前は、僕の一人娘の名前は結。
沢山の愛情を君へ……。
結はなかなかお転婆で、高いところに登っては飛び降り、走り回ってはころんで…見ていて飽きない。僕が本を読んでいると、背中に張り付いて絵本を読んでくれとせがむ。
人魚姫では人魚姫が可哀想だと涙をぽろぽろ流し、赤ずきんでは狼が可哀想だとむすっと怒った。
「どうして、狼が可哀想だと思ってたの?」
「狼はお腹が空いていただけでしょう? でも、ご飯を食べただけで殺されちゃうのよ」
面白い考えに驚いた。
きっと、型は多少違えども、お母さんとお父さんは僕をこんな風に見ていたのだろう。そして、こんな幸せを感じていたのだ。
そんな幸せにも終わりは来る。でも、その前に結に日記を残そう。最後の人間が書いた、最後の本。タイトルは、
『_愛する我娘へ_』
それを沢山の本の中にそっと置くと、埋もれて分からなくなった。本好きの我が娘の事だ。きっといつか見つけて読んでくれるに違いない。
そうして、終わりはやって来た。
お父さんやお母さんのように、何かを言い残そうとも思ったけれど、いざその立場になると何も思い浮かばない。お母さんの言った通り心残りが娘なのはとても幸せだ。でも、涙をぽろぽろ流す娘を見て思わず漏れた。
「娘を残すのが、こんなにも辛いなんて…」
「大好きだよ。造ってくれてありがとう…」
身勝手に結を造った罪悪感が薄れる。
最後くらいは、愛する者の名を…
「しあわせだったよ。結。結、結結結結…」
……白い鳩が迎えに来た_。
「今日助? おとうさんの名前だ…」
私は沢山の本の中に、飾り気の無い茶色い日記手帳を見つけた。タイトルは、
『_愛する我娘へ_』
手書きのその本には、私に対する罪悪感と、それを越えて有り余る程の愛情が詰まっていた。それは、ロボットでありながらも、人に近いという私の複雑な気持ちを吹き飛ばす。
まだ知らない、未来の話_
私は終末のロボット結。訳あって歴史博物館の管理者をしている。
そして何かを伝えるために、タイムトラベルマシーンで過去の人間を呼んでいます。タイトルトラベルマシーンの改良と、読書、たまのお話が私の日課。
今日は、誰を呼ぼうか…。
まだ誰も知らない、未来の話_
今日の空です。
お付き合いして下さり、ありがとうございます!
歪ながらも、あたたかい終末の家族でした。
最後まで手を繋げるような夫婦に憧れますね。
まあ、『恋人いない歴=年齢』ですが!
あらすじにも記載しましたが、この話は
短編小説『終末のロボット』シリーズと関連しています。
よろしければ、そちらも是非のぞいて下さい。
精進します。