8.希望【ビオラ】
もはや瓦礫の山と化した闘技場を、ビオラはじっと見つめていた。
今まで遭遇した中で、最も統率のとれた魔物たちだった。
中でもあの剣を持ったガーゴイル――名前を持つガーゴイルの存在は、見過ごすことはできない。
「死んだかと思っただろ、ばかー!」
クライスの声に、ビオラは振り返る。
少年は目に涙をいっぱい溜めながら、仰向けになって僧侶に傷を癒されているイバンに食ってかかっていた。
「なんだよ、強いくせに、のらくらしてるからだぜ!」
「クライスだってのらくらしてるじゃないですか」
「ニコに言われたかねーよ!」
ビオラは注目を引かぬうちに、自らクライスたちの輪の中に戻る。
「ワタシは、イバンくんが死ぬワケないって思ってたよ」
「本当に無事でよかったわ」
ミアとビオラからも声を掛けられ、イバンは嬉しそうに笑って手を上げた。
「はっはっ……いたた。いや、こうも愛されると愛し返したいな。全員ぎゅってしてやるから覚悟しろ」
「黙ってて」
仏頂面のまま杖をかざしているルキが鋭い語調で命じる。
身体を貫く程の大きな傷は、聖なる力を持ってしてもそう簡単には完治しない。
イバンは素直にうなずいたが従うつもりはないらしく、ルキにも声を掛けた。
「ルキが来てくれなきゃ、いまごろアバッキオになっていたよ」
「……本当は、かわせたんじゃないの」
僧侶が小さく呟いた。
イバンはそれを聞いて、微笑みながらも真面目な表情になる。
「俺をスーパーマンだと思ってるのか? うまくいかないときだってあるさ。――まあ、でも」
イバンは周りの面々を見渡した。
一人一人と視線を合わせる。
ビオラはまっすぐ、その深い青の目を覗き返す。
彼の頭の中まで見通せたら、どれほど簡単だろう。
「お前たちがいれば、俺は死なないよ」
イバンはそう言った。
言葉通りの意味ではないだろう。
だが彼はまるでそれを、心の底から言っているようであった。
そうしてイバンは、ビオラたちのさらに後方に目を向けた。
横たわっていた赤いマントの男が、むくりと半身を起こしている。
何者か、ビオラは知らない。
だが人間であることは違いなかった。
彼が腰の剣に手をやるのに、ミアが真っ先に反応して身構える。
だが彼は剣を抜くことはなく、ただ顔の前に掲げるように持ち上げた。
青と銀で飾られた鞘の周りに、かすかな白い光が粉雪のように舞い始める。
聖なる剣。
どうやら彼もまた聖職者――癒やしの力を持つようだ。
闘技場で魔物たちの負傷を癒やしていたのが彼であった。
しばらく目を閉じていた彼は、やがて剣を下ろし、深く深く息を吐いた。
「――クロードは」
大の字になっているイバンがぽつりと口を開いた。
男がイバンに顔を向ける。
髪と同じ銀色のまつげに縁取られた眼は、悲しそうに揺れている。
「わらおうとしていたよ」
ビオラには、イバンの言葉の意味が分からなかった。
分からなかったのは、初めてだった。
男は眼を伏せた。
滴が落ちたのが見えた。




