8.ドワーフ村の守るもの【クライス】
どうやらルキは機嫌が悪い。
いや、機嫌がよさそうなところなど見たことないのだが。
クライスは見た。
遠くで遠隔魔法とやらを放ってきていたウィスプの背後に現れた金髪の僧侶が、手にした杖で蛇のモンスターを殴り倒したのを。
物陰になってそこから先は見えなかったが、その後ドワーフたちと一緒に村にやってきたルキの表情はけろりとしたものだった。
確か「戦うのは僧侶の役目じゃない」と自分で言ってなかったっけ、と怪しむが、ルキに指摘する勇気はなかった。
「ミアねえちゃん!」
戻ってきたドワーフたちの中から真っ先に駆け寄ってきたのは、クライスたちが山で最初に出会った一団の中にいた少年だ。
「ねえちゃん、だいじょぶだった? この人間たち、山で遇ったんだ。うさんくさかったけど、一応それっぽかったから」
「うん、大丈夫。コルが呼んでくれたんだね。うさんくさい人たちだけど、助かったよ」
「……ニコのせいでうさんくさいって言われちゃってら」
「ええ、ニコ何もしてませんよう」
とぼける妖精に、ミアねえちゃんがあははと笑った。
「そうだった。妖精ちゃんがなんか悪役っぽいこと言うから、てっきり敵だと……あ、そうだ!」
彼女は何か思い出したように、小走りにどこかへ行ってしまった。
残った少年がきょろきょろとまわりを見回し、唇を曲げる。
「つうか、全然だいじょうぶじゃなくね? 半壊ってか全壊じゃん」
「いやあ、派手に全壊ですなあ」
「全壊全開じゃのう」
似たような声があちこちで聞こえる。
確かに、村の建物はほとんどが黒く焦げてしまっている。
かろうじて燃え残った家や井戸も、鋭い雹の襲撃によって崩れかけていた。
オレたちのせいじゃないよな、とは思いつつもなんとなくきまりが悪くて、イバンとルキの方へさりげなく近づく。
「ルキ、悪かったな、お留守番させて。さみしかったろう。お父さんの胸にとびこんでおいで」
「……殴るわよ」
イバンはなぜ殺気を出している相手に、火に油をそそぐような真似をするのか。
さりげなく再び離れようとすると、背後から駆け寄ってきたビオラが僧侶に声をかけたのが聞こえた。
「ね、ルキ」
「……」
呼ばれたルキはなぜか一瞬身体を引いたが、返事はせずに手に持ったものを差し出した。
空色の表紙の本である。
ビオラはそれを受け取り、ありがとうと笑った。
ルキは眉をひそめ、つんとそっぽをむいて離れて行く。
クライスも、イバンとニコと同じようにその本を覗き込んだ。
そういえば、ビオラが戦闘するときに持っている臙脂色の本と似ているように思われる。
「なにそれ?」
「天候を操る魔法書ですね! 古代人間対妖怪大戦の折にかの名将フランソワが記したという伝説の兵法書、しかしそれを呼んだものは大戦で根絶やしにされたガーゴイルの呪いに侵され体から徐々に水分が失われて死に至るという……!」
「口から出まかせはやめる約束じゃなかった?」
ビオラが微笑みながら、しかし冷たい口調で突っ込む。
「こ、このニコに死ねと……!?」
「正直に生きられねーのかよ」
「いいですよね、クライスは何も考えず正直に生きてりゃいいんですから」
「……な、なんだよっ」
「あのサーペントは雹を降らしていたけど、雨を降らせたり、逆に晴れさせたりすることもできると思うわ。もう少し早くこれが手に入っていたら、村も焼けずに済んだのにね」
ビオラは切なげに笑った。
なるほど、魔法を使うためにはこのような本が必要なのだ。
天気を変えるなんて、魔法使いというのはすごいことができるものである。
「そういえば、ニコも妖精なら魔法の一つや二つ使えるんじゃないかしら? 読んでみる?」
妖精は、てっきり武器がもらえると喜ぶのかと思ったが、「けっこうです」と即座に断った。
「なんだよ。無能のままでいいのかよ?」
嫌味を言ってやる。
「ニコはこの高い機動力が売りなんですから! 重い本なんか持ってたらほら、素早く逃げ……飛べないでしょ!」
「逃げる気まんまんなんじゃねーかっ」
「みなさーん」
と、明るい声に呼ばれて振り返る。
ミアねえちゃんを筆頭に、村のドワーフたちがこちらに向かって来ていた。
「みなさん、どうも、ありがとうございました。まだ自己紹介もしてなかったよね。ワタシは、ミア! この子はコル。コルのお母さんのメイさん。村長のチャグさん。長老のレトさん。まじない師の――」
ミアはずらりと並んだ村人たちを次々と紹介していった。
たぶん、オズモとビオラはちゃんと聞いているだろう。
それにしても、ドワーフと言ってもこうして勢揃いするといろんな格好をしている。
ほとんどクライスより頭一つほど背が低く、筋肉のついたがっしりとした体つきをしている。肌の色は濃く、髪の色は様々で、大人の男性は口の周りに長いひげをたくわえている者が多かった。
中でもミアは比較的背が高く細身で、人間の少女と変わらない体つきをしているように思われた。豊かな胸の膨らみが気にならないでもないが、クライスはじろじろ見ないように努める。
「――悪い魔物たちを追い払ってくれて、改めて、ありがとうございました」
どうやら紹介が終わったらしいので、クライスも再びミアの方を向く。
「えーと、それでね。一つ確認したいんだケド……」
ミアはクライスたち一人一人をみながら、首をかしげた。
「えーと……。みなさんって、魔王を倒しに来たの?」
ビーフとチキン、どっちが好き? とでも尋ねるような口調の気軽さに、クライスはぎょっとする。
「あれっ、なんで知ってんの?」
ぎょっとするとつい口がすべる。
「それはワシからお話いたそう」
進み出たのは……確か、さっき長老さんと紹介された年配のドワーフだ。
地面まで付きそうな長いあごひげを三つ編みにしている。
「そもそも、人間が魔のものと別離して幾世紀、何を隠そうこの村は両世界を隔てる関所でございました」
ちら、と脇を見る。
たぶん、オズモとビオラはちゃんと理解しているだろう。
「二つの山の間隙、すなわちこの村を抱く谷こそが此岸と彼岸との境界を為し……」
「長老、何言ってるかわかんねーよ」
コルと呼ばれていた少年の突っ込みに、クライスは内心感謝する。
「つまりさ、ぼくたちの村って、悪いまものが人間の世界に出ていかないようにするための門なわけ。昔、えらい坊さんがそういう封印をしたらしいんだ。それで……」
「こら! 子どもが口を挟むんじゃあない。ワシがしゃべっとるだろうが!」
「うっせージジイ! だいたい意味わかんねーよ。こむずかしい方が長老っぽいとかなんとか、練習するくらいなら普通にしゃべれって……むぐぐっ」
「こらこら、コル、余計なこと言わないの。どうぞ、長老、続けて。みなさんも気になさらないでね」
コルはお母さんに口をふさがれて後ろのほうへ引きずられていってしまった。
クライスとしては、彼にしゃべってもらった方がありがたいのに。
長老はゴホンと咳払いし、仰々しく話を再開した。
「えー……どこまで話したかな? そうそう、えらい坊さんが……ではなく、シンという高名な修道士が、魔物の世界の侵入を抑える封印をこの山麓に施した。彼はその地に集落を作り、封印の閂を子孫に託したのである」
「クライス、クライス、ねえねえ」
今までおとなしく肩に腰かけていた妖精が、クライスの耳をくいくいと引っ張った。
「ん? なんだよ」
「しりとりしましょーよ」
「なんで! 今長老さんがなんかしゃべってるだろ」
「だいじょうぶ。ニコほどの大妖精ともなれば聞かなくとも分かるのです」
「ウソつけ! 飽きただけだろ!」
「しかしシンはいずれ魔物の妖力がこの扉を破壊し人間界への侵略を謀ることを予知しておりました。そこで彼は自らの手記に予言の文言を……ぐすっ、飽きるよーなつまらん話でごめん……」
聞こえていたらしい。
「あーあ、クライス、泣かした」
「おめーもだろ! すいません、オレ、落ち着きなくて……」
「その予言に、今日のことが記されていたのですね」
知的な声が助け船を出した。
やはり、ビオラはちゃんと話を聞いていたようだ。
「とても興味深く聞かせていただきましたわ、長老さん。それで、どんな予言だったのですか?」
きらきらと輝くような笑顔。
クライスは少し奇妙な感覚を覚えた。
ビオラの笑顔に促されて、長老は照れたように再び咳払いをした。
大人なのか子どもなのか良く分からない性格らしい。
「うむ、どうも、お嬢さん。――えー、そう、その予言が表すのが今朝の襲撃とあなたがたの来訪のことだ、とわれわれは察したのです。曰く、『永き黄昏の終わりし時、偽りの暁が門を破らん』と」
クライスは、疑問符が頭の上にぽわっと浮かぶように感じた。
なぜだか、ドワーフたちの多くも似たように思っている雰囲気である。
ちらっとビオラの方に顔を向けると、心得たような微笑みとともに親切な解説が返ってきた。
「魔王が現れたときに、悪い魔物がこの村を襲って人間の世界へ侵略しようとする、っていうことかしらね」
「……それならそう書けばよくない?」
「昔の人ってそーいうもんです。抽象的かつ難解にしておけばあとでいくらでも解釈の余地がありますからね! ずるい政治家の手口です。あと漫画家とか、小説家とか……」
妖精が珍しく真理らしきことを口にした。
「このニコ、でたらめ言うときでも、明確、かつつじつまの合うようにしますとも」
「胸張って言うことかよ」
「――それで」
ビオラが続けた。
「闇を払う真の暁――それが、わたしたちのことだと、そうお思いなのですね」
「そう!」
嬉しそうに返事をしたのは、ミアである。
「すごい! とっても頭いいんだね! 実はワタシもよく分かってなかったのに」
クライスはまだよく分からない。
ドワーフは魔物とは違うのだろうか?
クライスからすれば、人間やリスなどの動物と異なるものとして、ドワーフも妖精もスライムも“魔物”と呼ぶのがしっくりくる。
それで口を挟んで尋ねてみた。
「なあ、ちょっと待ってよ。ドワーフさんたちは、あのオークやスライムとは違うってこと? 悪い魔物と良い魔物がいるの?」
「そうね、言葉の使い方が複雑かもしれないわ。本来わたしたち人間が『魔物』と呼んでいるのは、ニコみたいな妖精や、ここに棲むドワーフさんたちのようなもの。それに対して、わたしたちを襲ってきたオークやスライムたちは、“魔王”が差し向けていると思われる、人間を攻撃する意志のある生き物。それぞれが本質的に異なるのかどうかは分からないけど、まあとにかく、そうね。良い魔物と悪い魔物がいるってことよ」
「なるほど」
なんだかよく分からない情報もついてきたが、とにかく良い魔物と悪い魔物がいて、この村のドワーフたち良い魔物は、悪い魔物と戦う意志があるということだ。
人間にだって悪い人間と良い人間がいる。それと同じこと。
「説明ありがとね。――で、悪いんだけど」
ミアはこめかみをぽりぽりと掻きながら、クライスの後ろの方を指差した。
「あの二人、起こしてくれない?」
ビオラとニコと一緒に振り返る。
眉根を寄せてたたずむオズモの傍らで、ルキは座ったまま、イバンに至っては仁王立ちのまま、鼻ちょうちんを出していた。
「寝んな!」




