3.魔王の城へ何をしに【オズモ】
オズモは黙って皆の話を聞いていた。
「まおーのしろ?」
眉根を寄せて訊き返したクライスに、僧侶のルキがふんと鼻を鳴らす。
「本当に頭からっぽなのね」
「なぁんだとっ」
クライスは反駁しかけたが、視線に気迫負けしてしぼみかえり、何気ない様子のイバンに顔を向ける。
「それってどこにあんの?」
それって何なの、とは訊かないらしい。
イバンは肩をすくめて、どっかにあるだろうと答えた。
本当に知らないというより、たぶん、はぐらかすつもりなのだ。
だがクライスはふうん、と素直にうなずいて、さらに訊き返す。
「何しに行くのさ?」
「ああ、それはな……」
「さっき、言ったでしょ」
答えかけたイバンを遮るように、ビオラが言った。
「スライムとかの魔物が、どこか自然じゃないって」
クライスは考えるように視線を上に向け、ああと思いだした風な声を上げた。
「そうだった。普通、あんなふうに攻撃してこないっつったっけ?」
「ちゃんと覚えてるじゃない」
ビオラは教師が生徒を褒めるように笑った。
「そう。それで、ここの生き物に影響を与えて攻撃的な魔物にしているのが、“魔王”なの。――人間を脅かすために、魔物を操っている」
そいつはそう名乗っている。
兵士だったオズモは、まことしやかに囁かれていた噂を耳にしていた。
いわく、“魔王”が人間の世界を支配するために、魔物を差し向けていると。
どこからの情報なのかは分からない。
公的には荒唐無稽なでたらめとして無視されていたが、不思議な説得力を持って兵士たちの間に広まっていた。
「なるほど」
クライスは気まじめな顔になった。
「つまり、世界平和のためにそのやみのまおーを……ちょ、ちょっとおおごとだな。正義の味方かあ。えぇ、ほんとに?」
困ったように頭を掻いて、ひょいと意外そうに僧侶を見た。
「ルキも?」
「どういう意味かしら?」
低い声で返されて、すいませんと再び委縮する。
「でも、オレ……」
クライスはしゅんと背を丸めてイバンをうかがう。
「あんまり血なまぐさいのはやだな」
オズモは内心で同意した。
血を浴びることほど嫌なことはない。自分の手によるならなおさらだ。
しかし――
魔物とたたかおうとする限り、人は人とたたおうとはしないのではないか、と思う。
オズモは、怪物に対する警備兵として配備される者をうらやましく思っていた。
人を相手にするより、得体の知れない魔物を相手にしたほうがどれほど気が楽か。
今にしてみれば素直にそう考えられるが、兵士だったころにはこんな考えは桎梏以外の何物でもなかった。
人を守りたい、という願いは本物だ。
だが、同時に人を傷つけたくないとも願っていたのだ。
兵士としては、全くの役立たずである。
そんなことをまたぐずぐずと考えていたら、イバンの声が聞こえた。
「俺もやだよ」
彼は飄々と、そう言ってのけた。
そうしてクライスの背中を激しく(バンとひどい音がした)叩くと、出発だと宣言し、何事もなかったかのように足取り軽く前へ進んで行った。
能天気に歌いながら歩くその広い背中に、オズモたちは呆れながらも付いて行ったのだった。